第319話 無理を無理と言うことくらい誰にでもできるね。それでもやり遂げるのが優秀な人物じゃない?

 クトゥルフ=ルルイエアナザーが圧縮され、黒いトラペゾヘドロンになったのは一瞬の出来事だった。


『3期パイロットの皆さん、大変です。C207Gナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツがC203Gクトゥルフ=ルルイエアナザーを吸収しました』


「吸収って何よ。ネクロノミコンもルルイエ異本も本じゃないの?」


 明日奈の疑問はもっともだが、目の前で起きてしまったことは事実なのだから目を背けることはできない。


 その疑問に答えるのはグラディスではなくフォルフォルだった。


『ネクロノミコンパーツっていうのはネクロノミコン断章だね。ミスカトニックアーカイブに保管されてたネクロノミコン断章が、ルルイエ異本を少しでもオリジナルに近づくべく行動に移ったんだ』


「強くなるためなら平気で同族を喰らうのは、クトゥルフ神話の侵略者としてデフォルトだからそれはわかるけど、まさか書物同士でもそうなるのね」


『そりゃそうさ。所詮この世は弱肉強食だもの。特に、ネクロノミコンの一部しかないネクロノミコン断章は切り抜きみたいなものだから、弱ってるルルイエ異本が目の前にあれば取り込むに決まってるじゃないか』


 フォルフォルの言い分によれば、目の前のトラペゾヘドロン型のナイアルラトホテップ=ネクロノミコンコピーは自分達が弱らせたクトゥルフ=ルルイエアナザーを横取りしたことになる。


 更に言えば、ネクロノミコン断章が真似した姿はリベンジしたいと思っていたナイアルラトホテップだから、明日奈の戦闘意欲はかつてない程高まっていた。


「この時を待ってたわ」


 現在の明日奈は3期パイロットの中で唯一、ギフトレベルが40に到達している。


 それはつまり、2つ目の派生能力が解禁されているということだ。


 ナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツとの戦闘を行うにあたり、明日奈はその2つ目の派生能力である偶像纏皮アイドルスキンを発動した。


 偶像纏皮アイドルスキンは自身の乗るゴーレムに憧れのゴーレムのガワを纏う効果があり、憧れのゴーレムと自身の乗るゴーレムに開く差の分だけスペックが効果時間中だけ上がる。


 ただし、纏ったガワの装備はあくまで偽物だから、例えばアンチノミーの存在理砲レゾンテートルが使えるとかにはならない。


 武装は元々の物を使わなければならないから、戦闘中に完璧に模倣することはできないだろう。


 アンチノミーのガワを纏ったコメットゲイザーのスペックが上がり、トラペゾヘドロン形態のナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツに急接近する。


『近づけると思うなよ』


 ナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツは全方位ビームを放ち、明日奈を簡単には近づけさせない。


 それでも、通常のコメットゲイザーよりもスペックが上がった今ならその程度の攻撃を躱せない明日奈ではないので、すいすいと避けつつ着実に敵に接近する。


 そして、デュアルクリムゾンをナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツに突き立てる。


「あら? 近づけたわよ?」


『ぐぁぁぁぁぁ!?』


 デュアルクリムゾンのせいで増幅された痛みに声が出たナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツに対し、明日奈は追跡曲砲トレースキャノンで追撃する。


 前回は指パッチンされて追跡曲砲トレースキャノンを利用されたが、ダメージを受けてそんな余裕がない今なら利用されることなくナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツに攻撃が命中した。


 その時点で明日奈は確信するに至った。


「見た目だけナイアルラトホテップなだけよ。再現度は低いわ。本物には遠く及ばない」


『へぇ』


『そうなんだ』


『やられたらやり返しましょうか』


 仁志達だってナイアルラトホテップにあっさりとやられ、やり返したい気持ちを当然抱いていた。


 3期パイロットの中で最も善戦した明日奈がそう言うならば、仁志達も劣化ナイアルラトホテップにビビる理由はない。


『図に乗るんじゃない!』


 ナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツは自身を袋叩きにしようとする考えに怒り、指なんてないのに指をパチンと弾いた音を周囲に響かせた。


 それと同時に黒いファラオの分身が8体現れた。


『ギフト発動』


 8つの分身を見た瞬間、遥が押付重力グラビティを発動してそれらを地面に押し付けた。


 本物の分身だって本物には敵わないのだから、コピーの分身の実力はそれよりも低い。


 結果として、遥が押付重力グラビティを使うだけで全ての分身が押し潰されてしまい、ナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツは第一形態では勝てないと悟る。


『この姿が駄目ならば第二形態になるまでだ』


「させるか!」


『くたばれ!』


『ギフト発動』


 明日奈と仁志が攻撃し、潤は不幸招来バッドラックを発動してナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツが第一形態トラペゾヘドロンから第二形態悪魔型ゴーレムの姿に変えるのを邪魔した。


 その結果、第二形態にはなれたものの右手が利き手の人が左手で描いたようなぎこちないデザインの悪魔型ゴーレムがそこにあった。


 潤の不幸招来バッドラックが見事に機能し、明日奈と仁志の攻撃で不具合が生じたまま変身してこうなったのだ。


「あらあら? 変身に失敗してブサイクなデザインになったわね」


『ぶち殺してやるYO!』


「その外見でチャラい言葉は腹筋を攻めて来るね。ギフト発動」


 笑いを堪えている仁志が霧満邪路ミストダンジョンを発動し、ナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツを霧の迷路に閉じ込めた。


 今回の迷路は出入口が1つなので、無理矢理迷路を破壊しない限り外に出る道は限られている。


 ここまでお膳立てされれば、明日奈だって自分が次にやるべきことはわかっている。


「ギフト発動」


 偶像崇拝アイドルファンを発動し、アンチノミーが明日奈の前に現れる。


「トゥモロー様、迷路の中にいるナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツを倒して下さい」


 アンチノミーは明日奈の言葉を聞き、すぐに霧の迷路に突入した。


 しばらくして、霧の迷路ではアンチノミーがナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツと遭遇したようだ。


『墜ちRO! 蚊トンBO!』


 両腕を大砲に変形させ、ナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツが明日奈だと勘違いしているアンチノミーを攻撃するが、それはアンチノミーのガワを纏ったコメットゲイザーではなく、本当にアンチノミーなので先程よりも動きが良いから攻撃が当たらない。


 更に言えば、今まで明日奈が使わなかったような攻撃も加わり、ナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツは本格的に追い込まれていく。


『冗談じゃないZE! チェンジだYO!』


 その声が聞こえた直後、黒い球体になったナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツが全方位に太くて黒い柱を変則的なリズムで突き出し、霧の迷路を攻撃し始める。


『ぐっ、偽物のくせになんて力だ。壊れるぞ』


 仁志が悔しそうに言った直後に、霧の迷路が吹き飛んでその中心にはいくつもの太い柱を突き出した黒い球体とそれに攻撃するアンチノミーの姿があった。


「第三形態にさせては駄目! 全員攻撃して!」


 触手に寄生されたドライザーという見た目の第三形態に変身されると、いくらコピーとはいえ分が悪くなる恐れがあるから、明日奈は3期パイロット全員で袋叩きにするよう指示を出した。


 アンチノミーの攻撃を捌くので手一杯なようで、明日奈達の攻撃は変身中のナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツにしっかりと命中した。


 その際、遥の攻撃で不幸ゲージが溜まっていたからか、不安定になっていた変身に異常事態が発生したらしい。


『気を付けて下さい! C207ナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツに異常なエネルギー反応です! 10秒後に爆発します!』


「退避ぃぃぃぃぃ!」


 グラディスのアナウンスを聞き、すぐさま明日奈が3期パイロットに退避指示を出した。


 このまま巻き込まれればただでは済まないことは火を見るよりも明らかだったから、明日奈達は全力でその場から離れた。


『何処へ行こうというのかNE?』


 地味にスピードが上がっており、ナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツは明日奈達と付かず離れずの距離感を維持しながら追って来た。


『射線から外れて下さい! 魔混沌砲カオスキャノン照準、撃てぇぇぇ!』


「急に無茶な!?」


『無理を無理と言うことくらい誰にでもできるね。それでもやり遂げるのが優秀な人物じゃない?』


『『『「覚えてろフォルフォル!」』』』


 グラディスに発砲許可を出したであろうフォルフォルが煽るようにそう言えば、明日奈達は全力で久遠の特装砲である魔混沌砲カオスキャノンを躱した。


 魔混沌砲カオスキャノンは爆発寸前のナイアルラトホテップ=ネクロノミコンパーツに命中し、そのままミスカトニックアーカイブに押し返して爆破させた。


 どうにか爆発には巻き込まれなかったから良かったが、ミスカトニックアーカイブ侵攻作戦を終えた明日奈達は冷や汗をザーザーかいていたのは言うまでもない。

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