第316話 お前が不愉快なのは私にとって愉快だわ

 4期パイロットが初戦で無事に勝ったのを見てから、格納庫にいる3期パイロット達も出発することになった。


『思ったよりもグリモアのコピーする個体が強い。仁志君と遥ちゃんには4期パイロットのフォローをしてあげてほしいな。4期パイロットが君達に追いつこうとするなら、個の力を強めるために二手に分かれて襲撃することになってるからさ。残る2人は久遠の護衛ね』


『『『「了解」』』』


 フォルフォルに返事をした後、仁志から順番に搭乗したゴーレムをカタパルトに移動させる。


 グラディスは仁志達の準備が整い次第、すぐに出撃の合図を出す。


『進路クリア。コメットゲイザー、発進して下さい!』


『山上仁志、ドミヌスコンダクター、発進する!』


 カタパルトから射出され、ドミヌスコンダクターが久遠の外に飛び出してから遥達が続く。


『笛吹遥、トリスタン、出るわよ!』


 トリスタンがドミヌスコンダクターの後に続いて宇宙空間に飛び出した後、明日奈と潤も出撃する。


「等々力明日奈、コメットゲイザー、出るわ!」


『田辺潤、ドレッドポープ、行きます』


 コメットゲイザーとドレッドポープは久遠の護衛だから、久遠の甲板に着地して敵の警戒を行う。


 少しして仁志と遥が4期パイロットに合流し、仁志が田中と万里香、遥が博己と茜を率いてミスカトニックアーカイブの侵攻を開始する。


 二手に分かれた彼等の間を縫うようにして、一筋の光が久遠に向かって向かって来た。


『明日奈さん、潤さん、前方よりC201Gヨグ=ソトース=グリモアが接近中です』


「上位単一個体のコピーが来たわね」


『しれっと大物が来ましたか。コピーですが』


「邪魔な蚊トンボを払うのは当然として、その大元を強い力で叩くのもまた当然じゃない? 私としては折角の遠征で大した戦果も挙げずに高天原に帰りたくないから丁度良いわ」


『そういう考え方もありますね』


 今のところ、3期パイロットは一度も上位単一個体と戦って勝ったことがない。


 それは彼等が強くなる上で通過しておきたいところだが、ナイアルラトホテップが倒された現状では敵わないはずだった。


 そんな状態を覆すチャンスが向こうからやって来たのだから、トゥモローに良い報告をしたい明日奈が喜ばないはずない。


 潤もやられっぱなしでは前に進めないと思っていたため、ヨグ=ソトース=グリモアとの戦闘を前向きに捉えた。


 ヨグ=ソトース=グリモアはオリジナルと同じで虹色に輝く球体であり、その球体から無数の触手を生やし、球体の中心と触手の全てにモノアイと口を持つ異形の存在だ。


『『『…『『足りぬ』』…』』』


 何が足りないのかわからないが、ヨグ=ソトース=グリモアは触手を自ら切った。


 その触手が集合し、13個の小さなヨグ=ソトース=グリモアに変形する一方で、切った触手は再生してヨグ=ソトース=グリモアは元通りになった。


 恭介と麗華がヨグ=ソトースと戦った時は、麗華が13の分身を一掃して本体との戦闘に集中した。


 明日奈は麗華に対抗する気らしく、フライトユニットのガトリングガンと小型ミサイルで撃ち落としてヨグ=ソトース=グリモアと向かい合う。


『『『…『『脅威』』…』』』


「私にとっては13いた分身なんて脅威じゃなかったけどね」


『『『…『『不敬』』…』』』


 明日奈の発言にヨグ=ソトース=グリモアが怒り、体にある無数の目からビームを放とうとしたけれど、潤の乗るドレッドポープの撒き散らした粉のせいで動きが鈍くなり、両肩のミサイルランチャーで潤が邪魔すれば半分以上のビームが撃てずに終わった。


 それでも、半分は発射されてしまった訳で、明日奈と潤はそれらを躱していく。


 久遠はヨグ=ソトース=グリモアが接近して来た段階で後ろに退いていたから、そのビームに当たらずに済んだ。


『『『…『『不愉快』』…』』』


「お前が不愉快なのは私にとって愉快だわ」


『他人の不幸は蜜の味ってことだよね、わかるよ』


「何言ってるのよフォルフォル。ヨグ=ソトース=グリモアは人じゃないでしょ?」


『あっはい』


 明日奈に冷静にツッコまれてしまい、フォルフォルは即座に冷静な返事をした。


 明日奈もフォルフォルにツッコミを入れつつ、追撃曲砲トレースキャノンを発射してヨグ=ソトース=グリモアにダメージを与えていた。


『『『…『『厄介』』…』』』


 傷ついた体を再生させるのではなく、ヨグ=ソトース=グリモアは体の形を変形させ始めた。


「それはさせないわ」


『やらせませんよ』


 潤が無数の目を順番に狙撃し、明日奈が潤の狙撃している方向とは反対からデュアルクリムゾンで刺していけば、ヨグ=ソトース=グリモアの体に異変が生じる。


 第一形態から第二形態に変形するにあたり、明日奈達の攻撃を受けたせいでエラーが発生したようだ。


 第一形態の無数の触手を生やした球体から、今のヨグ=ソトース=グリモアは触手の輪を首元から生やした八本脚の大山羊に変わった。


 第二形態で全身が虹色なのは変わらないが、そのサイズは第一形態の半分に縮んだ。


 エラーと考えられるのは、触手の輪が不安定なようでノイズが走ったようなエフェクトが生じていることであり、この状態は恭介と麗華が戦った時にも起きていたから、明日奈も潤もこうなっても特に焦ったりしない。


『反撃開始』


 その言葉が明日奈と潤の頭に直接届いた直後、ヨグ=ソトース=グリモアの触手の輪からいくつものミサイルが飛び出してコメットゲイザーとドレッドポープに向かって飛んで行く。


 しかし、潤がギフトを使わずともその体質のおかげでミサイルのいくつかに不具合を生じさせ、周囲のミサイルを巻き込んだ爆発が生じた。


『何故?』


「それは私の台詞よね。生物からミサイルが飛び出すってどういうことよ?」


 そう言い返しながら、明日奈が攻撃するのをヨグ=ソトース=グリモアは触手の輪から4つのビットを出現させて防ぐ。


『不可解』


「考え事のついでみたいに戦わないでほしいわね」


『同感です。ギアを上げますよ』


 潤がそう言って発動したのはギフトが派生して得られた不幸爆弾バッドボムだ。


 これは任意の対象を設定し、その対象が戦闘を始めてから不幸爆弾バッドボムが発動するまでに生じた不幸の数だけ、対象の周囲に不幸をばら撒く爆弾が出現する力である。


 出現した爆弾の数は5つだったということは、ヨグ=ソトース=グリモアが感じた不幸は5つあったということになる。


 1つ目は力を消費して造り出した13の分身をあっさり倒されてしまったこと。


 2つ目は逃げても当たる追撃曲砲トレースキャノンに当たってしまったこと。


 3つ目は第一形態から第二形態への変形を邪魔されたこと。


 4つ目は反撃のつもりで放ったミサイルが少しも役に立たなかったこと。


 5つ目はそもそも明日奈と潤と戦う羽目になったこと。


 以上がヨグ=ソトース=グリモアの感じる不幸であり、不幸をばら撒く爆弾がダメージを伴う形で爆発した。


 爆炎の中でヨグ=ソトース=グリモアは更なる変化を遂げており、大山羊の形態から第三形態へと変形している。


 二足歩行に変わり、バフォメットに似た姿になりつつあるヨグ=ソトース=グリモアの体に明日奈がデュアルクリムゾンを突き刺した。


『よくも…』


 ヨグ=ソトース=グリモアの言葉が途切れ、次の瞬間にはコメットゲイザーの真正面に現れた。


『やったな』


 第三形態はゴーレムと同程度まで小さくなっており、変形途中に明日奈の攻撃を受けたせいでサイボーグ化したバフォメットと表現するのが適切な外見である。


 ヨグ=ソトース=グリモアがコメットゲイザーの死角から接近し、口から圧縮したビームを放とうとしていたが、明日奈も無策で接近戦を続けていた訳ではない。


「そう来ると思ってたわ」


 明日奈はヨグ=ソトース=グリモアの攻撃に対し、偶像崇拝アイドルファンの派生能力を発動していた。


 それは憧憬召喚ロンギングサモンという力で、自身の憧れる武装を一時的に呼び出して操作することができる。


 このタイミングで明日奈はホーミングランチャー形態のビヨンドロマンを呼び出し、ヨグ=ソトース=グリモアのビームを打ち負かす勢いで連射して一気に勝負を決めた。


 燃料の消費を度外視で攻撃すれば、ヨグ=ソトース=グリモアは本の姿に戻ってそれが燃えて跡形もなく消えた。


「ふぅ。コピーとはいえギフトなしで倒せたのは良い傾向だわ」


『そうですね。もう少し強い相手を倒せれば、もっと自信がつくと思います』


「それはフラグを立てたんじゃないかしら?」


『成長のためには敢えてフラグを立てることも必要ですよ』


 潤の言い分を聞き、明日奈はそれを否定できなかったので沈黙で肯定した。

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