第312話 焦らないで。まずは膝枕で休憩タイムだよ

 動けるようになったら時空神の権能を使っては休むのを繰り返し、昼食を終えてから私室に戻った恭介はシミュレーターを使ってみることにした。


「次はシミュレーターでゴーレムを操縦しながら時間停止を使う練習だ」


「シミュレーターで慣らしてからゴーレムに乗って使うんだね。良かった」


「俺ってそんな無茶するように見える?」


「基本的にはそう見えないけど、アザトースを倒すために無茶をしちゃうんじゃないかなって心配してる」


 麗華から見て、恭介が感じる時空神の権能を使った後の疲労は軽いものではなかった。


 アザトースを倒すという目的は理解できるけれど、夫の体調を心配するのは妻として自然なことだから麗華は素直に答えた。


「ダメージこそ負わなかったけど、ナイアルラトホテップを倒すのにギフトも武装もほとんど使っただろ? アザトースはナイアルラトホテップよりも強いって聞いたから、時空神の権能を使いこなせれば保険になると思ったんだ」


「確かにすごい力だけど、恭介さんに何かあったら私は嫌だな」


「一応、ルーナから慣れればここまで疲労することもなくなるって聞いたから、やれることを順番にやって強くなる。そうすれば、麗華が危険な目に遭うことも減るだろ?」


「うん。でも、1つだけ覚えといて。私は私だけが無事であることなんて望んでない。私は恭介さんと何処までも一緒にいたいの」


 自分のことを守りたいと思ってくれることは嬉しいが、自分を守るために恭介が大怪我をするなんてことになれば耐えられないから、麗華は恭介を抱き締めながら偽りのない気持ちを告げた。


 恭介だって麗華の気持ちを理解できないレベルで鈍感ではないから、麗華の不安を払拭するべく口を開く。


「わかってる。俺も自分を犠牲にすることを前提にしてない。麗華が無事でも俺が無事じゃなかったら、麗華が悲しむのはわかり切ってるからな。とりあえず、俺が無茶しそうだったら麗華が止めてくれ。シミュレーターならマルチプレイもできるし」


「任せて」


 シミュレーターで恭介と麗華が模擬戦をすることもできるが、恭介と麗華は模擬戦だとしてもお互いに戦いたくないと思っていたからマルチプレイで協力する形式でシミュレーターを使うつもりだ。


 お互いに自分のシミュレーターに入って起動し、マルチプレイの模擬戦で相手を選択する。


 最初の相手として選んだのは、コロシアムのマルチプレイの初戦の相手であるキマイラだった。


 キマイラが相手ならば、恭介が万が一動けなくなっても麗華が素早く倒せるから選ばれた。


 操縦するゴーレムは恭介がアンチノミー、麗華がシグルドリーヴァでいつも通りのコンビである。


 模擬戦が始まって早々にキマイラが火を吐き出したため、恭介はそれを躱しながら時空神の権能を使ってみる。


「時よ止まれ」


 恭介が触れている物以外全てが灰色に染まり、時間が止まったことがわかった。


 (さて、攻撃したらどうなるか確かめてみよう)


 ビヨンドロマンをパイルバンカーに変形させ、キマイラの真上から発射した。


 時間が止まっているから、キマイラの胴体に風穴が開いたものの光の粒子になって消えたりすることはない。


「時よ動き出せ」


 色が世界に戻った瞬間、キマイラが粒子になって消えた。


『恭介さん、今のって時間を止めたままキマイラに攻撃したんだよね?』


「試しにやってみた。これ、めっちゃ強いわ」


『使いこなせたら確かにすごいね。疲労は大丈夫?』


「問題ない。次はヒュドラトレントかな」


『飛ばし過ぎじゃない? ヒュドラトレントって28戦目のモンスターだよね?』


 恭介が自分の予想よりもずっと先に出現するモンスターの名前を言うものだから、麗華はもう少し段階を踏んだ方が良いのではないかと思って考えさないかやんわり提案した。


 それに対して恭介は首を横に振る。


「大丈夫だ。元々、動きを避けるぐらいなら時空神の権能に関係なくできるんだし」


『それもそっか。じゃあ、準備するね』


 麗華は恭介の言い分に納得し、ヒュドラトレントを次の模擬戦の相手として呼び出した。


 ヒュドラトレントが現れ、ヒュドラの首によく似た枝が恭介と麗華に攻撃を始めたので、その瞬間に恭介は時空神の権能を使ってみる。


「時よ止まれ」


 世界が灰色になったことを確認し、恭介は麗華を狙ったヒュドラトレントの枝を斬馬刀形態のビヨンドロマンで斬り落とし、それ以外の枝もがっつり伐採した。


 この後も模擬戦をしながら権能を使うつもりだったため、恭介はすぐに権能を解除する。


「時よ動き出せ」


 止まっていた時間が動き出した瞬間、ヒュドラトレントは恭介と麗華を攻撃していたはずの自分の枝が全て切断されていることに驚いた。


『一旦終わらせちゃうね』


「頼む」


『うん』


 枝の生えていないヒュドラトレントなんてただの的だから、麗華が五対の翼の銃で撃ち抜いて倒した。


 ヒュドラトレントが光の粒子になって消えたのを確認しつつ、麗華は恭介に気になったことを訊ねる。


『恭介さん、時空神の権能って口に出さないと使えないの?』


「そこら辺は試してみないとなんとも言えない。中二病全開だから、できることなら口に出さないで使いたい」


 本当は中二病っぽいことはしたくないけれど、それを我慢して使っていたのは言葉にした方が現象をイメージしやすいからだ。


 とっくに中二病を卒業している年齢なので、可能なら無詠唱で時空神の権能を使いたいというのが恭介の本心である。


『そっか。恭介さんって詠唱したがらないと思ってたから不思議に思ってたんだよね』


「麗華が俺のことをちゃんと理解してくれてて良かった。実は隠れ中二病だったと思われてたら恥ずかしくて耐えられん」


『その辺は恭介さんの奥さんだもん。恭介さんに対する認識を間違えたりしないよ』


 声だけしか聞こえないけれど、恭介は麗華がドヤ顔を披露しているんだろうと容易に想像できた。


 それと同時に、自分はどれだけ麗華のことを理解してあげられているのだろうと考えた。


 麗華の性格や好き嫌いは把握しているが、それだけで麗華の全てを理解したとは言い難い。


 言葉には出さないものの、もっと麗華について知っていこうと恭介は改めて思った。


「そこまで理解してくれて嬉しいよ。さて、次はいよいよゴーレムとの戦いだ。ブランカイザーと戦おう」


『できるから言ってるんだと思うけど、次の模擬戦が終わったら一旦休憩にしようね?』


「勿論だ。麗華を心配させるのは申し訳ないからな。ブランカイザーと戦ったら休憩しよう」


『良かった。じゃあ、ブランカイザーを呼び出すよ』


 恭介に無茶をするつもりがないことを確認してから、麗華はブランカイザーを呼び出した。


 ブランカイザーはアンチノミーとシグルドリーヴァを見た瞬間、機体の色を青く変化させた。


 水属性ならばシグルドリーヴァに対して弱点属性でなくなる上、アンチノミーに対して有利な属性で戦えると判断したからだ。


 全身の武器を使って自分達を攻撃しようとしたのを見て、恭介は言葉に出さないで時空神の権能を使えないか試してみる。


 (止まれ!)


 口に出さない代わりに強く念じてみた結果、恭介にとってありがたいことに時間が止まった。


 しかし、口に出した時よりも権能を使った時にどっと疲れた。


 今回の権能の行使でわかったのは、詠唱することでイメージを補填して疲労を軽減させられるということだ。


 恥ずかしさと省エネを天秤にかけることが強いられる訳だが、恭介は一旦その選択をせずにアンチノミーの全武装でブランカイザーを攻撃してから権能を解除するよう念じた。


 時間が動き出した時にはブランカイザーが爆発し、麗華は恭介の実験が成功したことを知った。


 予定していた模擬戦を終えてから、恭介はシミュレーターから立ち上がろうとしてもふらついて立ち上がれなかった。


 シミュレーターから出て来ない恭介を心配し、麗華はシミュレーターの蓋を開けて恭介を助け起こす。


「お疲れ様。詠唱しないと疲労が増すみたいだね」


「どうやらそうらしい。中二病は嫌だから早く体にこの権能を慣らしたいな」


「焦らないで。まずは膝枕で休憩タイムだよ」


「…それも恥ずかしいかもしれない」


「問答無用!」


 今の恭介に抵抗する力はないから、麗華は恭介に軽いお仕置きをするついでに自分の欲望を叶えるべく、恭介をベッドに移して膝枕をした。


 最初は恥ずかしがっていた恭介だが、麗華に膝枕をされてから10秒もしない内に寝息を立てていた。


 それだけ無詠唱で時空神の権能を使うのは大変らしい。

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