第32章 ミスカトニックアーカイブ侵攻作戦
第311話 そんな簡単なものか? 時よ止まれって言えばマジで止まるとでも?
恭介達が瑞穂に来て68日目、ハイパードライブ状態でできることが少ないから何をしようか悩んでいたところ、恭介はルーナに呼ばれて艦長室に移動した。
「ラミアスはどうした?」
「酷いや恭介君! 私という女がいるのに他の女の名前を口にするなんて! この浮気者!」
「ルーナは俺と結婚してないだろうが。艦長室にいるはずのラミアスがいなくて、代わりにルーナがここでふんぞり返ってるから気になっただけだ」
「まったくもう、冗談が通じないんだから。困った恭介君だね。恭介君と大事な話があるから、少しの間この部屋を貸し切らせてもらったんだ。ラミアスは麗華ちゃんと一緒にトレーニングルームで体を動かしてもらってるよ」
アンドロイドのラミアスに運動する理由があるのか疑問はあったが、わざわざ人払いをしてルーナがこの場に自分を呼ぶのだからちゃんとした理由があるのだろう。
そう思って恭介はツッコミを入れず、用件だけを口にする。
「俺に何をさせるつもりだ?」
「…恭介君、もうちょっと会話を楽しむぐらいの余裕を見せてよ。私といるのはそんなにつまらないかい?」
「つまらないとまでは言わないが、時間を浪費してる気分になることはある。時間は有限なんだから、用があるなら早く話せ」
「は〜い。用事ってのは恭介君に定着した時空神の権能の件だよ。使い方を学んでおけば、アザトースとの戦いでも使えるかもしれないだろ?」
「それは言えてる」
ナイアルラトホテップよりも強いアザトースと遠くない内に戦うことになるだろうから、恭介は使える力を全て使えるようにしておきたいと考えていた。
ルーナとしても唯一神でいることは既に諦めていたから、それなら恭介に神の権能をしっかりコントロールさせるために時間を割く必要があると感じていたのだ。
「まずは時空神の権能を恭介君が正しく認識するところから始めよう。基礎の基礎が大事だということを何度も言っておきます」
「まだ1回しか言ってないだろ。時空神の権能って言うと、時間停止と加速、減速、瞬間移動、強制転移とかか?」
「ツッコミも認識も良いところを突いてるね。時空神の権能に付け加えるなら、極めればタイムトラベルやパラレルワールドへの移動も可能だね」
「どっちも触れない方が良いな。タイムパラドックスとか未来の収束とか考えるのが面倒だし」
できることがあるからと言って、それを必ずやらなければならない道理はない。
世界に大きな影響を与えかねない力は、面倒事の種と言える。
仮に時空神の権能を極めたとしても、恭介はタイムトラベルやパラレルワールドへの移動を使う気にはなれなかった。
「そうだね。無理に使う必要はないよ。でも、いざという時に使えないのは不味いから、一度は使っといてね。自分に扱えない力があるのに放置しておくと、好奇心旺盛な実力者に目をつけられるから」
「ロキとかロキとかロキみたいな奴ことだな」
「わかってて言うだなんて恭介君もなかなか意地悪だよね。でも、その通りだね。まあ、最初は簡単なことから始めよう。体感時間の加速はできるみたいだし、今度は時間停止を試してみようよ」
「そんな簡単なものか? 時よ止まれって言えばマジで止まるとでも?」
軽い気持ちでそう言った後、恭介以外が灰色に染まった。
(えっ、マジかよ)
こんな簡単に時空神の権能を行使できるとは思っていなかったから、恭介の顔が引き攣った。
ルーナがふざけている可能性も考慮して、ルーナの両肩に触れたが反応はなかった。
(いや、ルーナの場合は動かないことで騙そうとするかもしれん。別の部屋に行ってみよう)
信用されていないルーナだが、からは日頃の行いがそうさせるので仕方あるまい。
館長室を出ても視界が灰色なのは変わらない。
トレーニングルームには麗華とラミアスがいることを思い出し、恭介はそこに向かった。
麗華達は確かにトレーニングルームの中におり、今は2人ともルームランナーで走っているところだった。
しかし、麗華とラミアスの両脚が地面から浮いており、ルームランナー自体も止まっていたから、いよいよ恭介は自分が時間を止めてしまったことを理解した。
(あれ? 俺よりも力のあるルーナの時間が止まるっておかしくね?)
世界の時間が止まったのは理解したが、恭介は新たに浮上した疑問を解決すべく館長室に戻った。
ところが、館長室に戻ってもルーナは出る前と同じポーズから少しも動いていなかった。
どうやって時間停止を解除するのかわからなかったため、恭介はとりあえず口にしてみる。
「時よ動き出せ」
その瞬間、恭介以外の全てに色が戻った。
それと同時にルーナが苦笑した。
「これは私の凡ミスだね。恭介君に一度だけ私の虚構と幻想の権能が使えるようにしたのを覚えてるかな?」
「覚えてる。まさか、俺はそっちを使っちゃったのか?」
「そっちも使ったというのが正しいね。恭介君のよちよち歩きの権能と私の権能が一度に使われたんだよ。そうじゃなきゃ私が後輩の権能で動きを止められるなんて恥ずかしいことにはならないからね」
「…時よ止まれ」
次に使うのは自分の力だけだと判断し、恭介はもう一度時間を止めてみることにした。
その結果、艦長室と同様にルーナも灰色に染まっていた。
(どゆこと? ルーナの権能を使えるのは一度だけのはずだが)
ルーナの説明通りならば、恭介が時間を止めてもルーナには通用しないはずだった。
それが通じてしまったのだから、恭介が戸惑うのも当然である。
念のため、ルーナの肩を叩いてみるが、先程と同じでピクリとも反応しない。
どういう事態なのか解説してもらうべく、恭介は時を動かすことにする。
「時よ動き出せ」
再び艦長室に色が戻った。
その時にはルーナが冷や汗をザーザーかいていた。
「説明してくれ。どうしてこうなった?」
「時間停止限定で恭介君の権能が私に通用するようになっちゃった。恭介君、最初に時よ止まれって言った時に私も含めて動かなくなるイメージをした?」
「そりゃするだろ。時間停止なのに一部だけ止まらないなんてイメージしにくいんだから」
「だよねー。それが原因だねー。まさか自分の権能に首を絞められることになるとはねー」
ルーナは半ば投げやりな口調でソファーをガタガタさせた。
虚構と幻想の権能はイメージが全てだ。
恭介が
唯一神ではいられなくても先輩風を吹かせたいルーナにとって、恭介に時間を止められてしまうことはショックだった。
「ルーナに通じるってことは、時間停止限定で大抵の相手には通じそうだな」
「そうだね。でも、力の強い者だと抵抗力がある。力と力の戦いで破られたら、当然だけど大きな隙が生じちゃう。アザトースに対して使うつもりなら、しっかりと鍛えてから使うことだね」
「なるほど。少しだけでも時間を止められればそれだけで隙ができるから、練習を欠かさないようにしないとな」
「恭介君のエッチ! そういう建前で時間を止めて、私の体にあんなことやこんなことをするつもりなんでしょ!? エロ同人誌みたいに!」
ルーナが自分の体を庇う仕草をするのに対し、恭介はルーナにジト目を向けるだけだった。
決して何も言わず、ただルーナを見るだけである。
その視線に耐えられなくなり、ルーナの顔が赤くなった。
「酷いや恭介君! 私の体には悪戯する価値がないって言うの!?」
「そのリアクションは求めてなかった」
てっきり恥ずかしくなって自分の発言を撤回すると思っていたのだが、あろうことかルーナは自分の体に自信しかなかったようだ。
「くっ、これだから愛妻家は」
「愛妻家で何が悪い。うっ…」
ムッとしてルーナに言い返した時、恭介の体が急にふらついた。
ルーナは椅子から急いで立ち上がり、恭介の体を支えた。
「ごめんね。無理をさせちゃったみたいだ」
「ルーナの動きを止めた反動か。ルーナ相手にこれじゃまだまだアザトースには使えないな」
「強がれるなら大事には至ってないようだね。でも、無理は禁物だよ。麗華ちゃんを連れて来るから椅子に座って待っててね」
恭介を椅子に座らせた後、ルーナはトレーニングルームにいる麗華を呼びに行った。
麗華が艦長室に駆け付けた時、顔が真っ赤になっていたことからルーナは麗華に余計なことを言ったのだろう。
恭介は麗華に肩を借り、私室に戻って動けるようになるまでゆっくりと休んだ。
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