第307話 こんなのレースに対する冒涜じゃないか

 沙耶と別れて荒れ狂う海に浮かぶ要塞に到着した恭介達は、予想外な光景を目にしていた。


「なんでサーキット?」


『これは恭介さん対策としか考えられないね』


『そうだね。これは恭介君対策と考えて良い。だって、恭介君が参戦する以外では結界の先に進めないようになってるんだもの』


 恭介達は要塞に到着した瞬間、光に包み込まれてサーキットに飛ばされていた。


 1~7位の位置には、既にシルエットしかわからない状態でレース参加者が待機している。


 サーキットの中央には、タワーにあるものとデザインこそ違えど昇降機があり、そこに繋がる通路には結界が張られて先に進めない。


 麗華とルーナが言うように、サーキットでレースを行って恭介の力を削ぐのが目的なんだろう。


「仕方ない。だったら俺はレースにして来る。麗華、悪いけど待っててくれ」


『うん。恭介さん、気を付けてね。ルーナよりもずっと意地の悪いレースだと思うから』


「だろうな。でも大丈夫だ」


 麗華を不安にさせないように、恭介は自信があるとアピールしてからアンチノミーを8位の位置まで移動させた。


 シグルドリーヴァが結界の前まで移動した時、1位~7位の姿に変化が生じる。


 1位の位置にはフード付きの黒ローブを纏った巨人。


 2位の位置には黒い牧師姿のエイリアン。


 3位の位置には時計モチーフのシルクハットとコートを着た紳士。


 4位の位置にはブクブク膨れ上がった黒いナーガ。


 5位の位置には角笛のような武器を持つ黒い巨人。


 6位の位置には黒いスフィンクス。


 7位の位置には黒いファラオ。


 どの存在も黒を基調としている点で共通している。


『恭介さん、どの個体もC207ナイアルラトホテップの力を感じます。おそらく分身でしょう』


「分身で俺の力を調べようって魂胆だろうな。だが、レースなら俺の土俵だ。負ける訳にはいかない」


 ラミアスの知らせにより、1~7位がいずれもナイアルラトホテップの分身であることがわかったが、レースならば恭介には自信がある。


『3,2,1,GO!』


 ルーナよりも陰のある声がレース開始の合図を告げ、恭介はスタートダッシュを決めた。


 その時、どのナイアルラトホテップの分身も全身がウニのように棘を伸ばして他のレース参加者を攻撃した。


 (こいつ等には敵も味方もないのか。だが遅い)


 恭介は敵の攻撃全てを掻い潜り、あっという間に1位に躍り出た。


 ギフトは使っていないけれど、周りの攻撃が遅く感じるぐらいには恭介の感覚が研ぎ澄まされていたのだ。


 サーキットはあくまで楕円形のシンプルなものだったが、ナイアルラトホテップが恭介を迎え撃つのにただのサーキットを用意するはずない。


 それは恭介も十分理解していたから、サーキットが急に闇に包み込まれても恭介は慌てなかった。


 2位以下のナイアルラトホテップの分身達は、闇に溶け込んで闇を這いながらアンチノミーの背中を追う。


『ふーん、このフィールドが恭介君以外に有利に働く仕様らしいね』


「敵が何処にいようと倒せば良いさ」


 ルーナが自分のお株を奪われてムッとしていると、恭介はビヨンドロマンをホーミングランチャーに変形させて連射する。


 ホーミングランチャーならば、どこに隠れていようとビームが敵に当たるまで追跡する。


 恭介の狙い通り、ビームが次々にナイアルラトホテップの分身に命中した。


 これにより、ナイアルラトホテップの分身達の体に穴が開いた。


 どうやら闇を這いながら進んでいると移動に特化するらしく、反撃や防御ができないらしい。


 7体の分身の体に風穴が開いた直後、サーキットを覆う闇が晴れた。


 それと同時に負傷した7体の分身が合体し、巨大な黒いファラオに変化した。


 (ここから先は1対1か)


 敵の数が絞られる分には苦労しないから、恭介は7体の分身が合体しようと文句を言わなかった。


 ナイアルラトホテップの分身は棺桶を召喚し、それに飛び乗ってサーフボードのように操り始めた。


 棺桶から無数の触手が飛び出し、それらがアンチノミーを拘束しようとする。


 (あの棺桶に何が入ってるんだか)


 不気味に思う一方で、掴まりたくないから恭介は悪魔の一対の翼で蛇腹剣を操って自分に近づく触手を斬り捨てた。


 1周目は闇に包まれる以外のトラブルがなく、後ろから合体したナイアルラトホテップの分身から攻撃を受けても無傷で終わった。


 2周目に突入した途端、ナイアルラトホテップの分身に変化が生じる。


 棺桶の中から黒い靄が噴き出し、それがナイアルラトホテップの分身を包み込んだ。


 靄が晴れた時にはナイアルラトホテップの分身の両腕がビームキャノンに変わっており、アンチノミーを攻撃する手段が増えた。


 棺桶から飛び出す触手も鋭くなって殺傷能力が増したけれど、恭介は悪魔の一対の翼で蛇腹剣で対処するのは変わらない。


 ホーミングランチャー形態のビヨンドロマンを連射すれば、ナイアルラトホテップの分身は両腕のビームキャノンで迎撃する。


 分身が7体合体した今でも、ビヨンドロマンの攻撃を相殺するのがやっとのようだ。


 1周目の時と同様に闇がサーキットを覆った瞬間、ナイアルラトホテップの分身が乗る棺桶の速度が上昇する。


 (闇は早々に突破したいところだな)


 闇の中はどう考えてもナイアルラトホテップの分身に有利だから、恭介は妨害の意味を込めてビヨンドロマンの連射速度を上げた。


 ナイアルラトホテップの分身がその対処に追われれば、それによって生じた隙で別の攻撃を仕掛けられる。


 恭介は天使の一対の翼を使い、ビームブーメランでナイアルラトホテップの分身を攻撃する。


 ホーミングランチャーと蛇腹剣の攻撃を防ぐのでいっぱいいっぱいだから、ナイアルラトホテップの分身の両腕はビームブーメランが当たって斬り落とされた。


 サーキットの闇が晴れた時、恭介が斬り落としたナイアルラトホテップの分身の両腕をルーナが回収した。


『敵が結託して戦うんだから、私がこれぐらい協力するのは敵わないよね?』


「そうだな。感謝する」


『フッ、私が有能であることをようやくわかったようだね』


「…そうだな」


『その間は何!?』


 ルーナには色々と面倒をかけられたからこそ、ナイアルラトホテップの分身が再生するのを阻害したことはファインプレーなのだが、恭介はルーナが自分を有能と言ったことに即答できなかった。


 恭介に即答してもらえないことは正直予想できていたから、ルーナも抗議しているもののモニターに映るルーナは笑みを浮かべていた。


 両腕を斬り落とされたナイアルラトホテップの分身をどうにかすべく、棺桶の中から靄が漏れ出て腕を再生しようとする。


 (隙だらけだな)


 恭介は一瞬だけ反転し、存在理砲レゾンテートルで棺桶を撃ち抜いた。


 その瞬間、棺桶が爆発してナイアルラトホテップの分身の再生作業が中断され、分身事態も空に放り出された。


 乗り物を失った分身の速度が落ちたため、恭介はこのタイミングで一気に差を付けた。


 2周目が終わる頃には半周差をつけており、3周目はレースに集中できるようになっていた。


『『『…『『くとぅるふ・ふたぐん ないあるらとほてっぷ・つがー』』…』』』


『『『…『『しゃめっしゅ しゃめっしゅ』』…』』』


『『『…『『ないあるらとほてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん』』…』』』


 ナイアルラトホテップを称える言葉がBGMのように聞こえて来たが、恭介はそれを無視する。


 闇がサーキットを覆った時、ナイアルラトホテップの分身が後ろから来なかったから、恭介は不審に思った。


 (闇はナイアルラトホテップの分身に有利に働くはずなのに、なんで追って来ないんだ?)


 その疑念に対する回答は、恭介の正面からやって来た。


「こんなのレースに対する冒涜じゃないか」


『言ってしまえばレースに拘りがあるのは恭介君だけだもんね』


 ナイアルラトホテップは両腕を鎌として再生し、アンチノミーを見つけた瞬間に横回転して扇風機の羽のようになりながら攻撃を仕掛けて来た。


 恭介はアンチノミーの腰にある4つのビットを使い、エネルギーバリアを展開した状態で立ち向かった。


 スペックはアンチノミーの方が上だったこともあり、エネルギーバリアと正面衝突したナイアルラトホテップの分身は吹き飛ばされた。


 このタイミングで闇が晴れ、敵もいなくなったことから恭介はそのままゴールした。


 当然のことながら、ルーナが用意したレースではないのでレーススコアは出ないが、恭介がレースで勝ったことによって結界が解除された。

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