第298話 トゥモロー様ごめんなさい。私は駄目なファンです

 恭介と麗華が戻って来た時、格納庫は物々しい雰囲気になっていた。


 状況を把握するため、恭介は全てを把握しているであろうルーナに訊ねる。


「ルーナ、一体何があった?」


『実はね、高天原にクトゥルフ神話の単一個体が2体攻め込んで来たんだ。そいつらは小手調べで送って来たみたいで、3期パイロット4人が倒したところにナイアルラトホテップが現れて4人全員を瑞穂に強制送還させたんだ』


「穏やかじゃないな。バトルメモリーに挑戦してる間、それを伝えなかったのは俺達に無理をさせないためか?」


 仮にバトルメモリー挑戦中にナイアルラトホテップの話をすれば、恭介や麗華が焦って取り返しのつかないミスをする可能性がある。


 瑞穂の最高戦力にそんなところで負傷されては困るから、ルーナは恭介達が瑞穂の格納庫に戻って来るまでこの件について黙っていた。


『うん。4人共スケープゴートチケットを持ってたからね。幸い、ナイアルラトホテップの力を少しだけ引き出せたから次はもう少しマシに戦えるはず』


「そうかもしれないけど、その割り切り方は好きじゃないな。俺達がやってるのはGBOじゃなくて本物の戦争なんだ。スケープゴートチケットがあるとはいえ、強制的に戻された時に精神的なショックは残るんだ。沙耶だって復帰するまでメンタルが不安定だっただろうが。人間を辞めてその辺りの配慮する気持ちを失ったのか?」


『…ごめん、失言だったよ』


『恭介さん、とりあえず3期パイロットの状態を確認しないと』


 麗華もネクサスのコックピットで話を聞いていたため、恭介にこの場でルーナを詰めるよりも先に3期パイロットの状態を確認すべきだと告げた。


 その通りだから、恭介と麗華は定位置に自身のゴーレムを置いたらコックピットを飛び出し、沙耶と晶に開放されている仁志と遥、潤から様子を確認し始める。


「遅くなってすみません。大丈夫ですか?」


「情けないところを見せてしまってすみません。スケープゴートチケットのおかげで助かりましたが、良い気分じゃないですね」


「仁志がやられて冷静さを欠いてしまいました。申し訳ありません」


「何もできずにやられてしまいました。すみません」


「謝らなくて良いんです。とにかく、まずはゆっくり休んで下さい。反省するのはそれからです。沙耶と晶、ここを任せる。俺と麗華は等々力さんの方を見て来る」


 仁志達はぐったりしているものの、パニックになるような精神的ダメージを負っていないとわかり、恭介は少しだけ安堵した。


 沙耶と晶に仁志達のことを任せ、恭介は麗華と共にコメットゲイザーのコックピットから出て来ない明日奈の様子を見に行った。


 コックピットを外側から開けると、明日奈が泣いてひたすら謝っているところだった。


「トゥモロー様ごめんなさい。トゥモロー様ごめんなさい。トゥモロー様ごめんなさい。トゥモロー様ごめんなさい。トゥモロー様ごめんなさい。トゥモロー様ごめんなさい。トゥモロー様ごめんなさい。トゥモロー様ごめんなさい。トゥモロー様ごめんなさい。トゥモロー様ごめんなさい」


「等々力さん、落ち着け。しっかりしろ」


 恭介が明日奈の肩を揺らすと、憔悴し切った明日奈が目に涙を浮かべながら謝り続ける。


「トゥモロー様ごめんなさい。私は駄目なファンです。私が足を引っ張ったせいでトゥモロー様がナイアルラトホテップを倒せたはずなのに負けてしまいました。トゥモロー様の無敗の戦歴に傷を付けた私に価値なんてありません。舌を噛んで死にます」


「ふざけないで!」


 とんでもないことを言い出した明日奈に対し、麗華が明日奈の頬を引っ叩いた。


 まさかの対応に恭介は目を丸くするが、麗華は痛む頬に触れる明日奈に思いの丈を語る。


「恭介さんの足を引っ張った!? 勘違いしないで! あんたのギフトは恭介さんの操縦するゴーレムを呼び出すものであって本物じゃないわ! 恭介さんが負けたんじゃなくて負けたのはあんた! そもそもそれを気に病んであんたが死んだら恭介さんに迷惑よ! 死んで楽になろうとするな! 最後まで抗い続けろ!」


 麗華は激怒していた。


 明日奈の偶像崇拝アイドルファンに対して元々思うところはあったが、ナイアルラトホテップと戦って自分のせいで恭介の無敗記録を破ってしまったと言い出せば麗華は我慢できなくなった。


 自分の夫の乗るゴーレムを想像の産物とはいえ使われるのだから、麗華が良い感情を抱いていないのは不思議ではない。


 それに加えて、偽物を本物のように言って自分の負けに恭介を巻き込んだことも麗華にとって許せない問題だった。


 更に言えば、いつも自分に突っかかって来たくせに一度の失敗で折れるような明日奈を見てイライラしたのだ。


 その一方で、明日奈も殴られて言われっ放しにはならなかった。


「あんたに私の何がわかるの!? 憧れの存在と結婚して、肩を並べて戦って欲しいもの全て手に入れたあんたが私の希望まで否定するの!? あんたはどこまで私をコケにすれば良いのよ!」


 明日奈の怒りは魂の叫びとも言えた。


 非公認のファンクラブとはいえ、明日奈は人一倍恭介のファンなのだ。


 自分の推しと同じ場所で戦えることに喜び、もしかしたら自分が推しのパートナーになれるかもしれないと思っていた。


 ところが、現実はそうならず恭介は麗華と結婚した。


 その点について、恭介と麗華に後ろめたいことなんて1つもない。


 敢えて厳しく表現するならば、これは明日奈が独り善がりな行動をした結果である。


 恭介に理想を押し付け、自分の方が麗華よりも恭介に相応しいと思って動き続けた結果、一対一の模擬戦で負けて明日奈は恭介と麗華の関係に口出しできなくなった。


 それでも恭介を諦めきれなくて、明日奈は未遂で終わったが恭介の屋敷に忍び込んで人工授精によって恭介の子供を身籠ろうとした。


 ルーナにお仕置きされて真っ暗な異空間に閉じ込められ、トゥモローファンクラブの会則を唱え続けて恭介の騎士を自称するようになった後、ナイアルラトホテップに偶像崇拝アイドルファンを使って敗れてこの有様だ。


 これで明日奈が逆ギレするのは傍目から見ればおかしいけれど、明日奈は自分でもどうしようもない所まで来ていた。


 このままでは麗華と明日奈が取り返しのつかないところまで行ってしまうと判断し、恭介は気を引き締めて声を発する。


「2人とも落ち着いてくれ」


「「でも!」」


「落ち着いてくれ!」


 恭介が大きい声を出せば、ヒートアップしていた麗華と明日奈も冷静になった。


 慣れないことをした自覚はあったので、恭介はすぐに謝る。


「大きな声を出して悪かった。だが、ここで言い争いをするのは違うだろ? 言い争いをして得をするのはナイアルラトホテップだけだ」


 恭介の言っていることはもっともだったから、麗華と明日奈は黙って恭介の話に頷いた。


 頭では理解できても感情が止まらないこともあるから、反論されたらどうしようかと思ったが、そうならなかったことで恭介は少しだけホッとして話すのを続ける。


「負けて自信を失ったのなら、等々力さんは自信を取り戻せるまで強くなれ。等々力さんのギフトが俺の使うゴーレムを呼び出し、ナイアルラトホテップに対して有効だったならそれに並び立てるぐらい強くなるんだ。辛いかもしれないけど、死んで詫びるって考え方が俺は好きじゃない。どうか強く生きてほしい。自分のために生きられないなら、まずは俺のために生きてくれ」


「…わかりました」


 明日奈は恭介のために生きてくれと言われ、自分が口にしたことがいかに愚かなことか理解して反省し、恭介の言葉に頷いた。


 それを見てから恭介は麗華の方を向く。


「俺がはっきり言えなかったから、麗華に悪者を演じさせてしまった。本当にごめん」


「ううん、これは私が我慢できなくて言っちゃったのが悪かったの。恭介さんは何も悪くないわ」


 まだ明日奈に思うところがあるようで、麗華は仲直りしようとはしなかった。


 ここで無理に仲直りさせようとするのは悪手だから、今は明日奈の自殺を止めてメンタルを持ち直しただけで良しとした。


 恭介が明日奈に手を貸してコックピットから引きずり出したところで、ラミアスのアナウンスが聞こえる。


『総員、緊急事態です。日本の領海にクトゥルフ神話の侵略者が現れました』


 どうやら恭介達はまだ休むことができないらしい。

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