第293話 …なんてことだ、晶君は天才だよ。私のことを苛立たせること限定でね

 恭介にたっぷり甘やかされた後、麗華はアルスマグナが装備するデュアルアートとブリッツトンファーを合成した。


 合成によってできたのは、フォビドゥンアサルトと呼ばれるトンファーにもなる二丁の銃だ。


 発射したビームがエフェクトを操作して威力や撃ったビームの方向を誤魔化すトリッキーな仕様であり、これはデュアルアートから性質を引き継いでいる。


 合成作業を終えて麗華がコックピットから出て来た時、ラミアスが格納庫にやって来た。


「恭介さん、麗華さん、大変です! パンゲアにナイアルラトホテップが侵入しました!」


「「えっ?」」


 聞き間違えたのではないかと思い、恭介も麗華も反応が鈍かった。


 聞こえてない訳ではないだろうが、正しく伝わっていないと不味いのでラミアスは冷静に報告事項を繰り返す。


「パンゲアにナイアルラトホテップが侵入しました」


「そんなことできんの?」


「ノアが破壊される間際の映像を飛ばして来ましたが、確かにできるようです。暗黒のファラオと呼ぶべき見た目で侵入しております」


『…ナイアルラトホテップを強制転移させたよ。ついでに、各国のパイロットとゴーレムを出身国に転移させた。パンゲアも私が異空間に回収したから、今のところパンゲアクルーはR国のライドンカイザーが即死した以外は多分無事。4期パイロットは発狂してるけど、意識を断つことで強制的に静かにさせた』


 ラミアスだけではなく、ルーナも緊張感のある表情をしていることから、ナイアルラトホテップがパンゲアに侵入したのは事実なのだろう。


 ノアが破壊されてしまったことは痛手だが、各国のパイロットとそのゴーレムは地球の出身国に戻され、パンゲアも異空間に回収したことでナイアルラトホテップの影響下から脱したから、ひとまずの危機は回避されたようだ。


「戦艦の中にナイアルラトホテップが侵入ってどうなったらそうなるんだ?」


『昨日の第3回新人戦のせいで、パンゲア内の空気が悪くなってたんだ。お互いに同胞を殺し殺された関係だから、心の隙を突かれたみたい。R国のライドンカイザーがナイアルラトホテップを招いてしまい、ライドンカイザーは用済みになった瞬間に心停止させられて死んじゃった』


「パンゲア内がギスギスするぐらいなら、新人戦なんてやらない方が良かったのに」


『無能な政府はそこまで考えられてないよ。目先の資源のことしか考えてないんだ。とりあえず、これで日本以外は宇宙に戦力がなくなってしまった。まあ、あってないようなものだけどさ』


 パンゲアは多国籍集団だから、新人戦なんてすれば艦内の空気が悪くなるのは火を見るよりも明らかだ。


 それなのにルーナに新人戦を復活させてほしいと言ったのだから、パンゲアクルーの所属国の首脳は頭が悪いとしか言いようがない。


 ルーナも彼等には一度痛い目に遭ってもらおうと思っていたが、ルーナの想定以上の事態が起きてしまって困惑している。


「ちなみに、ナイアルラトホテップは侵入して何か喋ったのか?」


『喋ってたけど、まともな意味を持つ言葉を発する前に私が排除したから、何をしに来たのかまではわからないね。パンゲアが目障りだったのか、瑞穂に対するメッセンジャーにしようとしたのかわからないね』


「パンゲアが目障りだったなら、侵入せずに破壊すれば良いはずだ。そう考えると、俺達に対して何かしらのメッセージを伝えたかったと考えるべきだろ。いや、それ以外にも可能性があるなら…。ルーナ、地球の結界の状況を確かめてくれ」


『結界? …しまった!』


 恭介に言われてルーナが地球に展開した結界を調べたところ、国境を遮断する結界が破壊されていた。


 ルーナが慌てている理由がわからなくて麗華は首を傾げる。


「恭介さん、どういうこと?」


「自分がパンゲアに現れれば、育てた戦力を無駄にしたくないルーナがパンゲアクルーを強制転移させると読み、ナイアルラトホテップは彼等を経由して国境を遮断する結界を破壊したんだ」


「それって結構不味い状況じゃない?」


「不味いね。今まで地球内部で戦争が起きなかったのは、国境が結界によって遮断されてたからだ。でも、それがなくなった今、資源が尽きかけている国は少しでも資源のある国から奪おうとする。そうなれば地球は世界大戦が始まって自滅するってことだ」


 補足するならば、パンゲアクルーにはゴーレムもある。


 ゴーレムがいれば戦車や戦艦、航空戦闘機なんて目ではない。


 今まで不満を抑え込んでいたところに大きな戦力が現れれば、それを使って力づくで必要な物を奪うのが人間の業である。


『…たった今、結界を展開し直して日本以外の国を全て凍結した。日本しか戦えなくなったけど、パンゲアクルー出身国が戦争を起こしたら地球がナイアルラトホテップの玩具にされるからそれだけは避けたよ』


「そうするしかないだろうな。ルーナ、各国に割り当てられたゴーレムに問題ないことがわかったら、瑞穂に転送できるか? 2期と3期パイロットに3機目のゴーレムを手配してほしい。余ったたゴーレムは日本に送ってほしい。ゴーレム開発プロジェクトが有効活用してくれるはずだ」


『ごめん、パンゲアクルーの3期パイロットのゴーレムなら送れるけど、4期パイロットのゴーレムは駄目みたい。発狂した4期パイロットのせいで私の力が一時的に浸透しないや。一旦不純物を取り除いてからリソースとして回収して私の力に変換して良いかな? さっきの応急処置で力を多く使っちゃってね』


「できないものをやれだなんて言わないさ。それなら、2機だけ沙耶と晶にゴーレムを送ってくれ。残りの2機もルーナの力に転換してくれ。3期パイロットの半分だけ3機目のゴーレムがあるのも争いの火種になりそうだから」


 ルーナは恭介の言葉に頷き、ベースゴーレム2機を格納庫に転移させた。


 それと同時にルーナから感じられる力が少し強まり、格納庫のモニターには横須賀の軍港に瑞穂ともパンゲアとも違う戦艦が突如現れた様子が映っていた。


 瑞穂は白と赤をベースにした戦艦だが、この戦艦は青と黒をベースにしている。


「ルーナ、あの戦艦はなんだ?」


『久遠だよ。パンゲアを改修したんだ。現状、ナイアルラトホテップが攻撃を仕掛けて来るとしたら、高天原か日本のどちらかだからね。ゴーレム開発プロジェクトが日本の防衛に使う戦艦はあるべきでしょ? だから久遠を与えたんだ』


「ノアは破壊されたって言ってたけど、久遠にはラミアスみたいなキャプテンプログラムはいるのか?」


『そこに抜かりはないよ。グラディスって女性のAIプログラムを付けといた』


 久遠という戦艦があることはゴーレム開発プロジェクトにとって間違いなくプラスだが、動かせない戦艦はただの的になりかねない。


 それゆえ、恭介は久遠にキャプテンプログラムが搭載されているのか訊ねた訳だ。


 戦艦があれば、恭介達のように各種コンテンツで鍛えることもできるから、日本の4期パイロット達はこれで戦力を強化できるだろう。


 そこに沙耶と晶が戻って来た。


「兄さんと麗華さんはまたベースゴーレムを手に入れたんですか?」


「報酬で手に入れたんじゃない。パンゲアから瑞穂に貰って来た。この2機は沙耶と晶の3機目のゴーレムだ」


「どういうことでしょう?」


「もしかして、パンゲアで争いが勃発して遺品が流れて来たとかじゃないよね?」


 晶の予想通りだと曰く付きなので、恭介は苦笑して首を横に振る。


 それから恭介が経緯を説明したところ、沙耶と晶は眉間に皺を寄せた。


「つまり、ナイアルラトホテップが侵入してパンゲアが解散し、パンゲアクルーは出身国に返されて日本以外が凍結したから、使わないベースゴーレムを問題がないか確認してから私達の3機目にしたってことですね?」


「その通りだ」


「珍しいね。ルーナがここまで後手に回るなんて。あぁ、ルルイエ侵攻作戦の時も後手に回ってたっけ」


『…なんてことだ、晶君は天才だよ。私のことを苛立たせること限定でね』


 ルーナが額に青筋を浮かべるが、先程の晶の発言には悪意が含まれていなかった。


 意識せずにルーナをイラつかせてしまったため、晶はそれについて謝る。


「ごめんね。悪気があって言った訳じゃないんだ。つい、本当のことを言っちゃっただけで」


『恭介君、晶君が酷いんだ! 慰めて!』


「ルーナはしょっちゅう麗華に余計なことを言うんだから、晶の言葉ぐらいちゃんと受け止めて反省しろ」


『そんなぁ…』


 肩を落とすルーナだったが、日頃の行いのせいでルーナは誰からもフォローしてもらえなかった。

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