第276話 くっ、殺せ

 次にシミュレーターに入るのは遥らしく、待機室パイロットルームから私室に戻って行った。


 それから数分で遥は火属性のアリコーンで現れ、その少し後にオルタナティブβがアリコーンの正面に現れた。


 オルタナティブβはパワーによく似た姿であり、オルタナティブα同様に強化調整を終えている。


 遥がアリコーンを模擬戦で使用したのは、あまり使う機会がないサブのゴーレムだから錆落としも兼ねてのことである。


『久しぶりね、茜』


『本当に久しぶりよ、遥』


 コンビニマン@午後十時騎士団の本名は丸山茜という。


 コンビニだから現実では男性と勘違いする者も多かったし、実際にあかねがわざと男っぽい口調でGBOや掲示板で喋っていたから、彼女がゴーレム開発プロジェクトに合流した時に驚かない者はいなかった。


 茜はギグワーカーなのだが、お金が増えることを喜びに感じておりたくさんの仕事をかけ持っていたことで滅多に休めないタイプの人間だった。


 短期の仕事を詰め込み過ぎた結果、全然GBOをする時間も確保できないようなこともあったけれど、今はゴーレム開発プロジェクトに興味を強く持っているから他に仕事を入れていない。


 ちなみに、遥は茜がコンビニマン名義の時から同性だと気づいており、それをこっそり確かめて以来そこそこ仲良くしている。


『今はゴーレム開発プロジェクトに参加してるのね』


『まあね。ゴーレムに乗ってお金も貰えるなら参加しない手はないでしょ。それよりも、仁志君とイチャイチャして操縦の腕は鈍ってないでしょうね?』


『当たり前よ。戦場帰りの力をわからせてあげるわ』


『模擬戦第三試合、始め』


 アリコーンとオルタナティブβは同時に横に動き出し、お互いの銃撃を回避した。


 第二試合に続いて第三試合も午後十時騎士団同士の戦いだから、お互いの戦い方を理解しているので駆け引きで相手を出し抜くのは厳しいだろう。


「仁志君、笛吹さんとコンビニマンはどっちの方が強いの?」


「遥の方が勝率は高いですけど、午後十時騎士団で遥に一番勝ってるのはコンビニマンですね」


 晶が興味本位で訊ねてみたところ、対戦相手として茜はなかなか強敵らしい。


 ビームが飛び交い、遥も茜もどちらもそれを回避し続ける。


 人型状態でもアリコーンの動きの方が早いが、獣形態に変形することで更にアリコーンの方が早くなる。


『まだ早くなるの!?』


『この程度でビビるの? 甘いわ。これは私のサブのゴーレムよ?』


『勘弁してほしいわね』


 茜はアリコーンを狙ってビームを連射するが、遥はそれをおちょくるように躱していく。


『腹立つ動きね!』


『そろそろ終わらせましょうか。これ以上は引き出せなさそうだし』


 オルタナティブβの背後から、遥はアリコーンの角からビームを放ってオルタナティブβを仕留めた。


『試合終了。勝者、笛吹遥』


 シミュレーターから模擬戦終了のアナウンスが聞こえ、少ししてから遥が私室から戻って来た。


「遥、お疲れ」


「ただいま。追いかけっこはまあまあ楽しかったわ」


 遥の発言に仁志は額に手をやった。


「…コンビニマンが次に会った時にブーブー文句言いそうだ」


「その時は仁志がどうにかしてくれるでしょ?」


「まさかの俺任せ?」


「あら? 婚約者を守ってくれないの?」


「そりゃトラブルになりそうなら止めるけどさ」


 遥に悪戯っぽい笑みを浮かべられ、仁志はやれやれと首を振った。


 遥と茜のやりとりはさておき、これで模擬戦は3期パイロットが3勝したことになる。


 最後の模擬戦に挑むため、明日奈が私室に戻ってシミュレーターを使い始めた。


 数分で明日奈がセンジュに乗ってモニター上に現れた。


 センジュは明日奈がサブで使っているゴーレムであり、今はほとんど使っていない。


 それから少ししてオルタナティブγがモニター上に現れた。


 オルタナティブγはラピッドティグリスによく似ており、オルタナティブαとオルタナティブβとは違って四足歩行である。


『始めましょうか』


『いきなりね。同じファンクラブの会員に随分な態度じゃないの』


『トゥモロー様が見てるのよ? 時間を無駄にできないわ』


『それなら余計にさっさと終わらせようとしないでほしいわ。私だってトゥモロー様の記憶に残りたいもの』


 カルマサビ@トゥモローファンクラブこと三箇万里香さんかまりかはガチ恋とは呼ばれなくても、推しの恭介に大勢の中の1人ではなく、個人として注目してもらいたい気持ちは抱いている。


 したがって、あっさりと雑魚モブ扱いで済ませようとしている明日奈に対し、それは横暴だと抗議した。


『記憶に残れるかどうかは私と戦ってみればわかるわ。瞬殺されたらその程度だし、抗えたら抗えただけ記憶に残ると思うわ』


『別に倒してしまってもいいんでしょう?』


『やってみなさい。そこまで言って瞬殺されたら失笑ものだけれど』


『上等だわ』


『模擬戦第四試合、始め』


 万里香がオルタナティブγを巧みに動かし、博己や茜よりもオルタナティブシリーズの操作をした時間は短いはずなのに、前の2つの模擬戦よりも動きが素早かった。


 明日奈はセンジュの方から大量にエネルギーの腕を生やし、オルタナティブγを捕まえようと動く。


『ふーん、少しは動けるのね』


『どんだけ腕を生やすのよ!? ふざけんじゃないわよ!』


『もっと踊りなさい。まだ舞えるでしょ?』


『悪魔だわ!?』


 容赦ない明日奈の攻撃に対し、万里香は抗議しながら必死に逃げる。


 最初は回避だけでなんとかしようとしていたが、それだけでは厳しいと判断してオルタナティブγの口から左右にビームソードを伸ばし、エネルギーの腕を切断していく。


『大したものね。でも、いつまでもつかしら?』


『デスゲームに参加して宇宙に行ったら性格が一段と悪くなったわね』


『失礼ね。貴女が見せ場を作りたいっていうから作ってあげてるのに』


『どうもありがとう!』


 半ば自棄になって礼を言う万里香は、少しでもセンジュに近づいて自身の攻撃を当ててやろうと試みる。


 だがちょっと待ってほしい。


 明日奈はセンジュのエネルギーの腕を使っているけれど、元々生やしている腕はまだ使っていない。


 即ち、それを使い出したら一気に万里香の形勢は一気に悪い方へと傾いた。


『他にアピールポイントはないの? なかったら終わらせちゃうけど』


『これだけ物量で攻めといてなんてことを言うのよ!?』


『はい、じゃあそこまで』


 明日奈は手に持った剣を振るい、オルタナティブγの全ての脚を切断した。


 脚がなければ動けないから、万里香は何もできなくなって悔しがる。


『くっ、殺せ』


『さよなら。そこそこ持ちこたえられたじゃない。褒めてあげるわ』


『いつか絶対』


 万里香がその先を言い終える前に、明日奈はオルタナティブγの胴体をセンジュのエネルギーの腕で握り潰した。


『試合終了。勝者、等々力明日奈』


 シミュレーターから模擬戦終了のアナウンスが聞こえ、少ししてから明日奈が私室から戻って来た。


「トゥモロー様、終わりました。業=錆は鍛えればそこそこ戦力になると思います」


「そ、そうか。お疲れ様」


「ありがとうございます」


 恭介は万里香に対する明日奈の態度に引いていたが、瑞穂のリーダーとしてクルーを労わない訳にはいかないからまずは労った。


 明日奈は恭介から労いの言葉を受け、嬉しそうに微笑んだ。


 一通り模擬戦が終わったところで、ルーナがモニターに映り出す。


『本当は続けて1期と2期のパイロットにも戦ってもらおうと思ったけど、一旦反省会をした方が良いよね。ということで、本日の模擬戦は以上にしようか』


「ちょっと待って」


『なんだい明日奈ちゃん?』


「4期の模擬戦は私達3期だけがやるべきではないかしら? 今のままではトゥモロー様の時間を奪うだけだわ」


『悩ましいところだね。4期パイロットにいろんな経験を積ませてあげたいところだけど、さっきの戦いを見る限りだと明日奈ちゃんの言うことも理解できる』


 ルーナも先程までの戦いを見て、恭介達の時間をこれ以上使っても良いものかと悩んでいた。


 3期パイロットに2期パイロットをメンターとして任命した時のように、4期パイロットのメンターに3期パイロットを据えるだけでも良さそうな気がしたのである。


『4期パイロットの模擬戦相手については一旦考えさせて。それよりもさ、4期パイロットにさっきの模擬戦のフィードバックをしてあげてよ。そうしたら今日は解散で良いからさ』


 ルーナにそう言われたことで、恭介達は模擬戦を見て4期パイロットの気になったところをまとめてから解散した。

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