第258話 愛をルールで縛ることがナンセンスだわ。必要ならば愛のためにルールの方が変わるべきよ
恭介達が結婚式の打ち合わせをしている頃、ルーナは瑞穂で昼食を取っている2期と3期パイロットにアナウンスをしていた。
『ピンポンパンポーン。お知らせだよ。恭介君と麗華ちゃんの結婚式が明日に決まったから、この場にいる全員礼装で参列してね』
「「「「「え?」」」」」
5人が驚きの声を漏らし、1人が無言で水の入ったグラスに罅を入れるぐらい握り締めた。
グラスに罅を入れたのは明日奈だ。
トゥモローのガチ恋勢だった明日奈は、麗華との直接勝負に負けてから恭介と麗華の関係に口を挟んだりしなかった。
衆人環視の中で惨敗した以上、人目につく形で恭介を寝取ろうとすれば瑞穂にいられなくなってしまうから、表立ってはおとなしくしていたのだ。
無論、恭介と麗華が仲良くしているのを見ると気分がどす黒くなるから、なるべく恭介と麗華が一緒にいる所を目で見ないようにしていたけれど、このアナウンスは全体向けに不意打ちでされたから防ぎようもない。
明日奈は無言で食事を止めて食堂から出て行ったが、彼女から放たれる黒いオーラが恐ろしくて誰も声をかけられなかった。
明日奈が出て行くと、沙耶達も明日の準備をしなければならないことに気づいて午後の予定を変更して各々の家に戻った。
沙耶は家に帰ると
「母さん、兄さんと麗華さんの結婚式が明日になった」
「さっきフォルフォルから聞いたわ。いきなりモニターをジャックして出て来るなんて、本当に心臓に悪い」
「ルーナはそうやって人を驚かせて楽しんでるゲスだから気を付けて。それよりも、着て行く服を買わなきゃ」
「それならさっきフォルフォルからってドレスとかアクセサリーが届いたわよ。ほら」
美緒に指差された方向を見てみれば、沙耶は明日の結婚式にぴったりのドレスやアクセサリーが並べられているのを見つけた。
サイズをチェックしてから部屋に戻って試着してみたところ、そのドレスがジャストフィットした。
「気持ち悪い。なんで私の体のサイズをここまで把握してるの?」
ぽつりと沙耶がつぶやいた途端、部屋のディスプレイのモニターにルーナが現れた。
『答えは単純。私が神だからだよ』
「神だったらなんでもして良い訳じゃないですよね? 今回は準備する時間がないから不問にしますが、プライバシーって言葉を知ってますか?」
『君達にないものだよね。私、知ってる』
ドヤ顔のルーナを見てイラっとした沙耶だったが、悔しいことにそれは否定できない事実だったので返す言葉がなかった。
沙耶が黙り込んでいると、論破してやったぜというドヤ顔から一転して真剣な顔になったルーナが口を開く。
『沙耶ちゃんに頼みがあるんだ』
「このタイミングで私に頼みですか? 嫌な予感しかしないんですが」
自分のことなら体のサイズまでしっかり把握していると言外に伝えられた後だったため、沙耶はルーナが何かとんでもないことを頼んで来るのではと警戒した。
『
「その振り出しで私が首を縦に振ると思いますか?」
『振ってくれると思うよ。だって、君の大好きな恭介君の結婚式を無事に終わらせるための頼みだもん』
『…私に何をさせるつもりですか?』
ルーナの頼みは聞きたくないけれど、恭介と麗華の結婚式が邪魔されることは避けたい。
自分にできることなら一肌脱ごうと思うぐらいには、沙耶は恭介のことを慕っていた。
『物わかりが良くて大変結構。沙耶ちゃんには明日奈ちゃんを止めてほしいんだ』
「アナウンスの時にドス黒いオーラを放ってましたけど、一体何を企んでるんですか?」
『結婚式の間に家探しして、恭介君の体液を回収して人工授精だね』
「正気ですか?」
沙耶はルーナの言っていることが信じられなくて耳を疑った。
明日奈がぶっ飛んでいることはわかっていたけれど、まさかそんなことを企んでいたとは予想外だった。
『麗華ちゃんとの戦いで負けたから、明日奈ちゃんは恭介君と結婚してイチャイチャするのは難しいと判断したんだ。でも、恭介君の子供を産むことは諦めてないみたい』
「その結論が人工授精ですか。ぶっ飛んでますね」
『何か企んでるからてっきり、結婚式中に恭介君を拉致するのかなって思ったんだ。まさかと思って調べたところ、麗華ちゃんから恭介君を奪わず恭介君の子種を奪う計画を立ててたことに気づいたんだ』
「ガチ恋もここまで極まるとヤバいですね。それで説得して止めろと言うんですか?」
自分が説得したところで納得してくれるとは思っていないから、沙耶はルーナに本気で言っているのかと訊ねた。
明日奈の企みについて詳しく知らなかったけれど、明日奈がガチ恋勢で厄介だとわかっているから自分の話を聞いて明日奈が納得してくれるとは思っていないのだ。
『私はね、沙耶ちゃんなら明日奈ちゃんを止められると思ってるんだ』
「その根拠はなんですか?」
『だって沙耶ちゃんも恭介君のことを異性として好きでしょ?』
『…兄さんへの気持ちはあくまで兄妹愛です』
沙耶の声は図星を突かれたのか弱くなっていた。
ルーナは瑞穂クルーのありとあらゆるものを監視しているから、沙耶が恭介に対してどんな感情を抱いているか正確に理解している。
そんなルーナに対し、嘘をついても元からバレているから無駄な抵抗であることは沙耶も気づいているのだ。
沙耶は麗華のことは気に入っているし、血の繋がっている恭介と結婚ができないこともわかっているから、沙耶は自分の気持ちに整理をつけたつもりだったが、それでも簡単には割り切れないのが人の感情というものだ。
『そうやって我慢できる沙耶ちゃんだからこそ、私は明日奈ちゃんを止められるのは沙耶ちゃんだけだと思ってるんだ』
「わかりました。話すだけ話してみましょう。ですが、それで改心してくれるとは限りませんよ?」
『いざとなった時は私もサポートするから安心して』
「…程々に期待しておきます」
ルーナがそう言うからには何か保険があるのだろうが、それが本当に自分も守ってくれるかは半信半疑だった。
ひとまず、ルーナが結婚式の準備を済ませてくれたから、沙耶は明日奈の家に向かった。
インターホンを押してから少ししたところで、明日奈の声が聞こえて来た。
『筧さん、なんですか?』
「明日の件で少しお話があります」
『…中で話しましょう。入って下さい』
一瞬驚いた呼吸音が聞こえたけれど、努めて冷静であるかのように振舞って明日奈は沙耶を家に招き入れた。
明日奈の家はカーテンを閉め切っており、外から中の様子が確認できなくなっていた。
「結婚式の準備で忙しいのですが、明日の件とはなんでしょうか?」
「単刀直入に言います。明日、兄さんの屋敷に忍び込む計画は止めて下さい」
「チッ、ルーナね。まったくあの女神は忌々しいわ」
明日奈は今日の午前中にギフトレベルが30になったため、ルーナの真の姿を知った。
ルーナの監視の目は至る所にあるとわかっているから、明日奈も完璧にバレずに行けるとは思っていない。
沙耶がルーナの刺客としてやって来ることは意外だったけれど、誰かが自分の邪魔をしに来るであろうことは想定済みだった。
「屋敷にはメイド型アンドロイドがいるんです。生身の明日奈さんじゃ敵いません」
「そんなことわかってます。ですが、それがトゥモロー様を諦める理由にはなりません。筧さん、前からずっと気になってたんですけど、貴女もトゥモロー様のことを異性としてみてますよね。妹という立場に甘んじてあの女にトゥモロー様を奪われて良いんですか? 私には貴女も我慢してるように見えますが」
「私も兄さんのことは好きです。しかし、ルールを破って得たものを見たって虚しくなるだけです」
「愛をルールで縛ることがナンセンスだわ。必要ならば愛のためにルールの方が変わるべきよ」
(ルーナ、私には説得できそうにありません。明日奈さんの目が逝ってます)
明日奈の目からハイライトは消えており、沙耶には明日奈が正気ではないように思えた。
「やれやれ、しょうがないな」
その声が聞こえた直後、ルーナが明日奈の背後に現れて明日奈の首に手刀を決めた。
「くっ…」
明日奈は恨みがましい声を漏らしてすぐに気絶した。
「ルーナが出て来るなら私が説得しなくて良かったのではありませんか?」
「ごめんね。実は、沙耶ちゃんが明日奈ちゃんに靡く可能性もあったから、確認の意味も込めて沙耶ちゃんにここまで来てもらったんだよ」
「…私も疑われてたんですね。心外です」
「そこは本当に悪いと思ってる。でも、恭介君と麗華ちゃんには結構迷惑をかけたからさ、明日の結婚式を無事に終わらせるためにリスクは取り除きたかったんだ」
ルーナの言い分を聞いて沙耶は悔しかったが黙っていた。
愛のためにルールを変えるという言葉に少しだけ惹かれてしまったのは事実だからだ。
「とりあえず、明日奈ちゃんの身柄は私が結婚式終了後まで預かるよ。沙耶ちゃん、疑ってごめんね。帰って明日に備えといて」
「わかりました」
沙耶はもやもやした気持ちを抱いたまま帰宅した。
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