第244話 戦いは数だよ、サーヤ

 恭介と麗華に背後を任せ、瑞穂は地球への降下に成功した。


 ここまで来たなら日本に一度戻りたいと思う者もいるだろうが、それよりも先に日本を脅かすクトゥルフ神話の侵略者達をどうにかせねばなるまい。


 瑞穂が東京湾上空に現れた空間の歪みのある地点に到着すると、その歪みから緑色の炎と円柱型の黒芋虫としか表現できない存在が現れた。


『総員、C123トゥールスチャとC124モルディギアンが現れました。それらの進行方向には日本があります。止めなければ日本が危険です』


「わかりました。では、私と晶さんが出撃します。ラミアス、瑞穂は既に空間の歪みから敵が日本に向かった可能性を考慮して先に行って下さい。3期パイロットは瑞穂への襲撃に備えて待機とします」


『OK』


『承知しました』


『『『『了解』』』』


 恭介と麗華がいない今、2期と3期パイロットをまとめるのは沙耶の役割だ。


 ラミアスは瑞穂を防衛する観点において、沙耶の指示が問題なければ従う所存である。


 それゆえ、今の役割分担も瑞穂の守りを考慮して問題がなかったから、沙耶の指示に従った。


 レイダードレイクがカタパルトの上に移動したところで、ラミアスのアナウンスが入る。


『進路クリア。重力に気を付けて下さい。レイダードレイク、発進どうぞ!』


「筧沙耶、レイダードレイク、発進します!」


 カタパルトから射出され、レイダードレイクが東京湾上空に飛び出した。


『進路クリア。アスタロト、発進どうぞ!』


『尾根晶、アスタロト、行きまーす!』


 アスタロトも東京湾上空に飛び出し、沙耶のレイダードレイクの隣に追いついた。


「重力があるのは当然ですが、最近の無重力空間での戦闘に慣れてたせいで違和感がありますね」


『確かにね。無重力が恋しくなるとは思ってもみなかったよ』


「雑談はここまでにしましょう。晶さん、トゥールスチャは私がやります」


『了解。じゃあ、僕はモルディギアンの方をやれば良いよね』


 役割分担を済ませた後、沙耶はゴーレムチェンジャーでレイダードレイクから火属性のアザゼルに乗り換えた。


 瑞穂から出撃するまでどんな敵が出て来るかわからなかったから、全員メインのゴーレムに搭乗していた。


 それは沙耶も同じだったから、見た目からして風属性らしいトゥールスチャと戦う判断を下沙耶がゴーレムを乗り換えた。


 トゥールスチャは東京湾上空に吹く風により、炎の見た目によく似た体を構成する風属性のエネルギーをゆらゆらさせる。


 ゆらゆらと揺れることで体積を少しずつ増加させていることに気づき、沙耶は先制攻撃としてアザゼルの両腕の大砲を発射した。


 大砲から発射されるビームでトゥールスチャの体を貫けば、トゥールスチャは慌てて傷を再生しようとするが、その時に体のサイズが小さくなった。


 クトゥルフ神話の侵略者達と言えど無から有は造り出せないのはどの個体も共通で、体を再生するには何処からかリソースを引っ張って来ないといけないらしい。


 トゥールスチャは大きい的であれば狙われやすいと判断し、自身の体を10個に分割してそれらで円を描くように動き始める。


 その回転によって生じた風がアザゼルを吸い込もうとするけれど、沙耶はアザゼルの両腕の大砲で回るトゥールスチャを狙撃した。


 体を10個に分けたせいでトゥールスチャの分体の耐久力は落ちており、10個あった分体はどんどん倒されていく。


 その影響で風の出力が落ちてしまい、沙耶はアザゼルを安定させるのに苦労しなくなった。


 4連続の砲撃で残り2体になったため、トゥールスチャの分体同士が慌てて合体する。


 それでも、元のサイズには遠く及ばないから、トゥールスチャは空間の歪みを通って逃げ始める。


「逃がしませんよ」


 アザゼルを機械竜形態に変形させてビームを放てば、弱ったトゥールスチャをあっさりと貫いて倒してしまった。


 その一方、晶はモルディギアンとの戦いで敵のペースに乗せられていた。


 何故なら、モルディギアンが自分は戦わずに既に倒したはずの単一個体をゾンビとして蘇らせ、それをゾンビアタック要員として嗾けて来たからだ。


 アスタロトの性能があるから、自身に近づく個体から順番にその速度は落ちる。


 だからこそ対処が間に合っていたが、過去に倒したクトゥルフ神話の侵略者達に囲まれるというのは決して気分の良いものではない。


『鬱陶しいったらありゃしないね!』


 カタルシスのペリュトン爆弾を連射し、ようやく自分の周囲を取り囲むゾンビ達の掃除が終わったから、それによって溜まったストレスを晶はモルディギアンにぶつけるべく接近する。


 モルディギアン自体は戦う手段を持ち合わせていないらしく、加速するビームを避け切れずに一度だけ喰らっただけで力尽きた。


『ふぅ、やっと終わった』


「お疲れ様です。苦戦してたようですね」


『戦いは数だよ、サーヤ』


「違いますよ。それなら私達はとっくに負けてるじゃないですか」


『それもそうだね』


 沙耶が恭介みたいなことを言っていると思ったけれど、それは今となっては事実になっているから晶も頷いた。


 そこに大気圏を突入して来た恭介と麗華が合流する。


『お疲れ様。戦闘してたようだな』


『お疲れ様です。敵は上位単一個体じゃなかったんですね』


「お疲れ様です。殿しんがりとゴーレム単体での大気圏突入に比べれば大したことありませんでしたよ」


『うんうん。面倒な敵だっただけで、戦力的に負けてた訳じゃないからね。ゴーレムに乗ってるとはいえ、大気圏突入する方がよっぽど怖いよ』


 普通に生きていれば、ゴーレムに乗って大気圏突入するなんてことにはなり得ないから、沙耶と晶からすれば自分達の苦労なんて恭介達と比べて大したことないと思っている。


 もっとも、普通に生きている時点でデスゲームに巻き込まれること自体ないと思うけれど、今はそれに触れないでおこう。


『正直、私も1人だったらやりたくなかったけど、恭介さんが一緒だったから勇気を出して大気圏に突入できました。デブリを使った盾もここに来るまでに燃えてなくなってしまいましたし、何度もやりたいものじゃないですね』


『付き合わせて悪かったな。苦労をかけた』


『ううん。恭介さんが頼ってくれたこと自体はとっても嬉しかったもん。恭介さんと一緒ならたとえ火の中水の中だよ』


『あの子のスカートの中にも入っちゃうのかな?』


『ルーナ、ハウス』


 ビビッと来たルーナがくだらないことを言うためにモニターに現れたから、恭介がぴしゃりと言ってルーナを黙らせた。


 その時、空間の歪みに変化が生じる。


 歪みの中にナメクジによく似た化け物が現れ、それが沙耶達を歪みの中からじっと見ている。


 その化け物がナメクジと違うのは、体が無数の棘に覆われており、体の下には白い三角形の足がびっしりと生えているところだろう。


『恭介さん、麗奈さん、ご無事で何よりです。来ていただいて早々で申し訳ございませんが、C125グラーキの相手をお願いします』


『了解。こちらで目視できた。倒してから瑞穂に合流する』


 恭介はそれだけ言った後、アンチノミーの存在理砲レゾンテートルを空間の歪みに向かって発射した。


 グラーキは見た目通りに動きが遅く、恭介の攻撃をまともに喰らって歪みの中で爆散した。


 そのショックなのか空間が歪みを修正し始め、あっという間に歪みが消えて空間は元通りになった。


『ひとまず応急処置をしたよ。これでこの辺りの結界に穴を開けられないはずだ』


『応急処置ってことは、完全に直せた訳じゃないってことか。直すには何が必要なんだ?』


『私をちやほやしてくれれば結界を直せるよ』


『…次善策を考えた方が良さそうだな』


『えっ!? そんなに難しいの!? 私を褒めるだけで良いんだよ!?』


 恭介のリアクションが予想外だったことから、ルーナは驚いて大きな声を出してしまった。


 そんなに難しいことではないと思っていたのだが、恭介達にとってはかなりの難問だったと知らされてルーナはショックを受けたのだ。


 そこに沙耶が補足する。


「ルーナ、敬意を表してほしいなら日頃の言動を改めて下さい。ゲスがデフォルトでふざけてばっかりの貴女をちやほやするのは難しいです。結界を直すとなれば、おそらく瑞穂クルーにちやほやされただけでは足りないはずですから、多くの人間を巻き込む必要があるでしょう。日本は無宗教な人が多いですから、貴女みたいな神をちやほやする物好きはかなり少ないはずです」


『くっ、ロキの巫女であることが足枷になるなんて』


『それだけが原因じゃない。現実から逃げるなっての。それよりも早く瑞穂に合流しよう』


 ルーナによる結界の完全修復のことは一旦置いといて、沙耶達は恭介を先頭にして瑞穂のいる地点に向かった。

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