第173話 むしゃくしゃしてやった。後悔はしてない

 昼食後、沙耶と晶も合流して恭介達は待機室パイロットルームのモニターをナショナルチャンネルに変える。


 晶の家族も含めて1,2期パイロットの家族がいて、持木内閣からは持木のみが大会議室にいた。


『明日葉君、更科さん、筧さん、尾根君、お疲れ様』


「どうも。持木さんは疲れた顔をしてますが、また官僚の誰かがやらかしましたか?」


 事前情報があった訳ではないが、恭介はなんとなく持木が疲れているように見えたので訊ねた。


 持木はその観察眼の鋭さに目を見開き、困ったように笑った。


『驚いたよ。よくわかったね』


「勘ですよ、勘。それで、今度は何をやらかしたんですか?」


『隠してもフォルフォルから聞かされるだろうから正直に言おう。とある官僚の息子が掲示板で君達にもっと資源を送れとしつこく書き込んでたのだが、フォルフォルによって君達が経験したことを疑似的に体験させた結果、彼の精神が狂った』


 そこまで聞いたところで、晶がポンと手を打つ。


「それってリャナンシーは俺の嫁のことですね」


「随分とオープンなパイロットネームだな」


「恭介さんはそのままで良いからね」


「そうですね。兄さんは変わらないで下さい」


 晶の口から出て来たパイロットネームには、リャナンシーは俺の嫁というパイロットネームからわかるその人物の業の深さが滲み出ていた。


 恭介が引きつつコメントしたら、麗華と沙耶が恭介には変わらないでくれと素直な気持ちを告げた。


 その時、恭介の視界にはルーナの姿が、それ以外の者達の視界にはフォルフォルの姿がモニターに現れる。


『むしゃくしゃしてやった。後悔はしてない』


「具体的にどんな奴だったんだ? 俺はほとんど掲示板を見ないから知らんのだが」


『主語を誤魔化す自己中野郎だね。私の調査によれば、経済財政政策を任された木津が息子のやってるゲームをGBOと知り、息子を通じて掲示板で恭介君達に対する反感の種を蒔こうとしてたんだ。だから、リャナンシーは俺の嫁を廃人にした後、親の方も恭介君達が戦ってる敵による影響を追体験させたんだ。私ってとっても優しいよね』


 (自業自得だな。この件についてはルーナの味方をしよう)


 2期パイロットの沙耶や晶ですら、クトゥルフ神話の侵略者達の声に苦しめられることはあるのだ。


 だとすれば、一般人がそれに耐えられるはずなんてない。


 しかし、やらかした連中に同情の余地なんて少しもなかったから、恭介はルーナのやり方を認めた。


「持木さん、俺達が直面してるのはある意味今までのデスゲームが訓練だと思える事態です。詳細はお話しできませんが、健常者が廃人になるかもしれない相手と戦ってるとだけ思って下さい」


『そのようだね。でも、君達はそんな敵と戦って大丈夫なのかい? 健常者が一気に廃人になるって相当大変な事態に巻き込まれていると思うのだが』


「戦わなきゃやられるのはこちらですから」


『ついでに言うと、恭介君達が最前線で戦わなかったら地球が滅ぶからね』


『『『…『『えっ…』』』…』』


 サラッとルーナが補足した言葉で大会議室にいる者達が固まった。


「それは言っても問題ないのか?」


『これだけ言えば自称インテリな掲示板の住民達が察してくれるんじゃないかってね。明言すると日本がパニックになるから言わないけど』


「ふーん。持木さん、とりあえずそういうことなので、俺達は俺達の事情を最優先にさせてもらいます」


『勿論だとも。君達がやられてしまえば、デスゲーム開催初日よりも酷い事態になるのはわかったんだ。こちらのことは任せてほしい』


 持木はデスゲームが始まって以来、異常事態でも順応できるようにファンタジー関連の資料に目を通していた。


 だからこそ、ある程度恭介達の戦っている敵がどんな存在なのか察し、国内の面倒事ぐらいどうにかしてみせると口にした。


「お願いします」


『ところで、3期パイロットの4人はどうだい? 明日が第2回新人戦な訳だけど』


 この持木の質問に答えるのは沙耶と晶である。


「問題ありません」


「ばっちりだね。気を抜くと僕達が抜かれちゃうぐらいだから」


「むぅ…」


 麗華は明日奈がナグルファルに乗っていることを思い出し、眉間に皺を寄せた。


 娘の変化であれば、親というものはすぐに察せるものらしい。


 母親の麗美が麗華に声をかける。


『麗華、どうかしたの?』


「3期パイロットの1人が私から恭介さんを奪おうとするの。だから、それを思い出して気分が悪くなっただけ」


 麗華の発言を聞き、恭介の母親である恭子は息子がモテていると知ってほんの少しだけ頬を緩ませた。


 母親の表情の変化に気づく恭介だけれど、指摘すれば面倒な展開になるのは避けられないからスルーした。


 だがちょっと待ってほしい。


 その面倒な事態を楽しむ不届き者がモニターでニヤリと笑っている。


『恭介君はね、麗華ちゃんだけじゃなくて明日奈ちゃんからも好かれてるんだよ。現時点では明日奈ちゃんの方がスタイルで勝ってるから、麗華ちゃんはもっとガンガンいかないと、明日奈ちゃんに出し抜かれちゃうかもね』


「おい」


『ごめんねごめんね~☆』


 ルーナは揶揄って満足したようで、モニターから姿を消した。


 持木はどうにかしてくれと視線で恭介に訴えるが、恭介からすれば苦手分野なのでそう言われても困るのだ。


 麗美は今までのやり取りから、明日奈が麗華よりも女の武器を使ってくる可能性を理解したらしく、真顔でとんでもないことを言い始める。


『麗華、既成事実よ。既成事実は何よりも強いの』


 その発言を聞いて麗美の父親はブルッと震えた。


 どうやら、過去に麗美の発言は成功の実体験に基づくもののようだ。


 一度震え出した麗美の父親の体は止まらなくなり、麗美が一体何をしたんだと恭介と沙耶、晶は戦慄した。


 ちなみに、大会議室では更科夫妻以外がぽかんと口を開けている。


 それだけ衝撃的な発言だったということである。


「お母さんってばもう、他の人がいる所では止めてよね」


 身内だけならば良いのだろうか。


 おそらく良いのだろう。


 麗華としては、恭介と確実に結婚できる方法があるなら選ぶかどうかはさておき知っておきたいのだ。


 どうにか話題を変えたい恭介は、ここで沙耶と晶に話を振る。


「沙耶と晶は家族と話さなくて良いのか? 話せるタイミングが限られてるんだから、話せる時に話すべきだ」


「そうですね」


「う、うん。じゃあ、お言葉に甘えて」


 沙耶達は恭介の意図を察し、それぞれ家族と交代で話すことにした。


 恭介も最後に恭子と話をして、残り時間が尽きたところでナショナルチャンネルが映らなくなった。


 そのタイミングで真っ先に口を開いたのは晶だった。


「麗華ちゃんのお母さんって過激だね」


「そうですかね? まあ、お父さんが偶にお母さんの言葉にビクッとすることはありましたけど」


「兄さん、頑張って下さい」


「なんで!?」


 沙耶に至っては恭介に同情的な視線を送っていたので、麗華がちょっと待ってくれと言いたげにツッコんだ。


 恭介はこの話題を続けたくなかったから、手をパンと叩いて注目を集める。


「はい、麗美さんの話はここまで。3期パイロット達の作戦会議に参加するぞ」


「わかりました」


「は~い」


 沙耶と晶が先に3期パイロット達のホームに向かい、麗華も向かおうとしたところで恭介がその肩を叩く。


「どうしたの? 何か付いてた?」


「違う。まあ、その、なんだ。俺は付き合ってる相手をないがしろにするようなことはしないから。それだけだ」


 恭介はそれだけ言って麗華を追い越し、そのまま先に進んで行く。


 そんな恭介に後ろから駆け寄って麗華は抱き締める。


「恭介さん、大好き」


「…わかった。わかったからここでは止めてくれ。沙耶達が引き返して来た時に気まずい」


 恭介が自分の不安な気持ちを吹き飛ばしてくれて嬉しい気持ちがいっぱいだけれど、その気持ちを優先して恭介に迷惑をかけてはいけない。


 まだ自制できる状態だったので、麗華は恭介から離れてご機嫌そうに隣に並んだ。


 案の定、後ろから付いて来ない恭介達の様子を気にして沙耶が戻って来たため、恭介の言う通りにして正解だったと麗華は安堵した。


 この後、麗華はとても穏やかな気持ちでいられたし、3期パイロット達も有益なアドバイスを恭介から貰えて作戦会議は良い雰囲気のまま終わった。

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