第124話 検証班ってすごいんですね

 恭介と麗華、沙耶が集まって昼食を取った後、沙耶は麗華を自室に呼び出した。


「沙耶さん、話ってなんですか?」


「麗華さん、兄さんと何かありましたね? レースから帰って来た時と今で兄さんに対するアピールが強まってます」


「わかります?」


「わかります。兄さんの態度は変わってませんが、麗華さんだけ変わりました。宝探しの時に麗華さんが兄さんにアピールを我慢しなくなる何かがあったと思うのですが、それは当たりだったようですね」


「検証班ってすごいんですね」


「検証班は関係ないと思うのですが…」


 沙耶は検証班として感心するのはそこなのかと苦笑した。


 麗華は折角恭介のいないところで沙耶と話せるので、疑問に思っていることを訊ねてみる。


「沙耶さんって恭介さんのことが好きなんですか?」


「麗華さんが私を脅威だと考えてるのなら、それは勘違いです。私は恭介さんを頼れる兄だと思ってますが、恋愛対象としては見てません」


「でも、レースから帰って来た時に恭介さんの袖を摘まんでましたよね。あんな摘まみ方、成人の兄妹じゃまずやらないと思うんですけど」


「…レースを見て殺されかけた時のことがフラッシュバックしたんです。本当は兄さんが抱き締めてくれようとしたのですが、それをやったら麗華さんに悪いと思って袖を摘まませてもらうだけにしました。ろくでなしのあののように、一般的な恋愛から外れることはしたくありませんからね」


 そこまで沙耶に言われれば、麗華もこれ以上疑う気なんて起きない。


 沙耶の筧前首相に対する憎悪は、恭介の抱くそれと変わらないと感じたからだ。


 むしろ、自分よりも精神的に辛い人に酷いことを言ってしまったと後悔した。


「辛いのに私のことを気遣わせてしまってごめんなさい」


「いえ、麗華さんの気持ちもわかります。もしも私と兄さんの血が繋がってなかったら、私は間違いなく惚れてたと思いますから。あんなに頼りになる男性はいません」


「ですよね!」


 冷静に言う沙耶に対し、麗華は力強く頷いた。


 恭介が頼りになる男性であることは、麗華と沙耶にとって共通の認識である。


「麗華さん、嫌なら嫌と言ってもらって構いませんが、宝探しで何があったのか教えてもらえませんか?」


「別に構いませんよ。フォルフォルの発言に対して、私と恭介さんのリアクションがシンクロしたんです。それで、フォルフォルが『息ぴったりだね。いつ式挙げるの? 私も出席する』とか言い出して、恭介さんが『それは絶対にない』って返しました」


「兄さんのことだから、フォルフォルを結婚式に呼ぶつもりはないって意味だったんじゃないでしょうか。GBOで取材させてもらった時とかも、詳細を省いた言い回しで話が噛み合わないことがありました」


「沙耶さん、流石ですね。その通りです。私は恭介さんの発言を結婚式なんて挙げるつもりがない、つまり私と結婚する気がないんだと思って落ち込みました。あの時は目の前が真っ暗になりましたよ」


 沙耶にも心当たりがあって察しが良いものだから、話がスムーズに進む。


「誤解はどうやって解けたんですか? 私の時は話が噛み合わないなって思って訊ねたら、誤解だったことがわかりましたが」


「私は誤解だと思いたくって、恭介さんに私のことが嫌いになったのか訊きました」


「なるほど。良い質問の仕方ですね。上手くいけば好きって兄さんの口から言ってもらえますし」


「アハハ、バレましたか。残念ながら、恭介さんはその質問に対してストレートに好きとは言ってもらえませんでしたけど」


 麗華は本当に残念そうに言った。


 お試しで付き合っているとはいえ、自分が好きなんだから相手にも好きでいてほしいと思うのは麗華でなくても同様に思うだろう。


 もっとも、相手が恭介ならば一筋縄ではいかないのだが。


「兄さんはなんと言ったんですか?」


「恭介さんは『そんなことはない』って言いました」


「兄さんらしいですね。結婚式を挙げないってという誤解についてはどうでした?」


「一言一句正確には覚えてないです。でも、もうちょっと待ってほしいって言われました。優柔不断で申し訳ないけど恋愛に対して前向きになれないこと、あとは私をデスゲームのパートナーとして信頼してるけど、恋愛ってなるとあの筧前首相のせいでどうしても感情にブレーキがかかるみたいなことを言ってましたね」


 本当のところを言えば、麗華は恭介の発言を一言一句正確に覚えていた。


 だが、そのまま言えば筧前首相のことを下半身直結野郎と呼ばなくてはいけないし、恭介をヘタレと思われるかもしれないと思って麗華はぼかしたのだ。


 沙耶は恭介の気持ちを理解して困ったように笑う。


「兄さんは真面目ですからね。屑野郎を反面教師にしてる分、確証がない限り兄さんから好きって言葉を引き出すのは難しいと思います」


「できれば恭介さんにプロポーズしてほしいですけど、待ってるだけだとかなり時間がかかりそうだと思ったので、私が恭介さんを惚れさせてプロポーズを受け入れさせることにしました」


「おぉ…。ま、まあ、兄さんにはそれぐらいグイグイ攻めないと長期戦に突入するでしょうから、頑張って下さい」


 麗華が自分の思っていたよりもアグレッシブだったため、沙耶はその姿勢にびっくりした。


「頑張ります。沙耶さんは恭介さんをメロメロにするならどんなことをすれば良いと思いますか?」


「いきなり私に訊くのは良くないと思いますよ?」


「いきなりではないんです。あれこれ試してみたんですが、どうも効果はいまひとつなので沙耶さんの意見が聞きたいんですよ」


「では、どんなアプローチをしたのか聞かせて下さい」


 自分の意見を述べる前に、沙耶は麗華が今までにどんなアプローチをしてきたのか訊ねてみた。


 なんとなくではあるけれど、訊いておいた方が良いと思ったからである。


「まずは毎日一緒のベッドで寝てます」


「はい? 最初からクライマックスじゃないですか。もうゴールしてますよね?」


「残念なことにお互いにパジャマを着たままです。カップルの夜の営みというよりは添い寝ですね」


「…麗華さんが私の想像以上に攻めてますね。私、アドバイスができるか心配になってきました。他にはどんなことをしてますか?」


 麗華の口から飛び出たアプローチは、最初から飛ばして来たので沙耶が心配になるのも当然である。


 沙耶に促されて麗華は話を続ける。


「料理のシェアですね。狙える時はあーんとかやってます」


「バカップルじゃないですか。いや、兄さんからあーんはしてもらえてなさそうですね」


「そうなんです。私は有無を言わせずあーんってやることもありますが、恭介さんは取り皿に分けてくれます。行儀が良いとは思うんですけど、私としてはあーんのお返しをしてほしいです」


「異性として意識させるには効果的な一手だと思うのですが、麗華さんの独り相撲みたいになってるんじゃないかとも思えますね。他には何かしてないんですか?」


 恭介なら麗華にあーんされたら困ったように笑い、それでも食べさせてもらうだろうなと沙耶は判断した。


 また、今までに聞いた2つが積極的なアプローチだったので、他にもまだ積極的な何かをしているのではないかと訊ねた。


「他はトレーニングルームで密着してストレッチをするとかですかね?」


「あっ…」


「沙耶さん、今どこを見て何を察しましたか?」


 沙耶の態度に麗華はムッとした表情になった。


 GBOの福神漬けというパイロットの体はスタイル抜群だが、実際の麗華はモデル体型と呼ぶべき見た目だ。


 そうなると、麗華では男性をドキドキさせるような密着ができないのではないかと沙耶が思うのも仕方のないことだろう。


 ちなみに、沙耶は麗華よりも体の凹凸がはっきりしているので、それも麗華をムッとさせた要因である。


「失礼しました。一般論ですが、異性として意識させるにはやはり女性の胸は大きな要素だと思います。麗華さんも心当たりがありませんか? 胸の大きい人の方が小さい人よりも男性の視線を集めるじゃないですか」


「ぐぬぬ。こうなったら、水着を着て混浴するしかありませんね」


「…水着なんて持ってるんですか?」


「私室が恭介さんのものと合体したら、クローゼットの中に入ってました。多分、フォルフォルの仕込みです。悔しいことに私も合わせてみて良いなって思っちゃいました」


「届かなくて良い所とまでは言いませんが、フォルフォルはラブコメ展開を監視するためならそれぐらいのアシストをするんですね」


 沙耶は苦笑するしかなかった。


「ひとまず、恭介さんと混浴できないか試してみます」


「頑張って下さい」


 沙耶のこの言葉は麗華に対するエールであると共に、アプローチされる恭介へのエールでもあった。


 とりあえず、麗華の次の行動目標が決まったことで緊急女子トークはこれにて終了した。

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