第119話 お前ってエリクサー症候群なんだな

 沙耶の部屋は私室Ver.4のはずなのに、恭介はなんとなく殺風景に感じた。


 そんな部屋の中でベッドの上で上体を起こした沙耶がいて、恭介をじっと見つめていた。


「沙耶、気持ちは落ち着いたか?」


「…ごめんなさい」


「え?」


 なんて声をかければ良いのかわからず、恭介はストレートに沙耶のメンタルについて訊ねた。


 それに対していきなり謝罪されたものだから、恭介が困惑するのも無理もない。


 謝罪の理由について、沙耶はゆっくりと説明し始める。


「私なんかのために、貴重な身代わりアイテムを使うことになってしまってごめんなさい」


「そんなことで謝るな。沙耶の命の方がよっぽど大事だろうが」


「ですが」


「ですがじゃねえよ。偶然手に入れたチケットなんざ後生大事にしておくもんじゃないっての」


 恭介は沙耶が気にしていることを知り、そんなことを気にするんじゃないと言った。


「私みたいな役立たずよりも、恭介さんや麗華さんを失う方が駄目でしょう!?」


 沙耶にしては大きい声で言ったが、その目には涙を浮かべていて恭介は弱った。


「俺は死なないから問題ない。麗華だって俺と同じ1期パイロットなんだ。早々やられないし、俺が一緒なら守ってみせるさ。だから気に病むな」


「でも」


「お前ってエリクサー症候群なんだな」


 恭介は沙耶もゲームをすることはGBOのパイロットであることからわかっていたため、ゲーマーに伝わる言葉で述べた。


「…確かに、貴重な消費アイテムはなかなか使えませんでした」


「癖になっちゃってるものは仕方ないが、俺はスケープゴートチケットで沙耶が救えたならそれで良いと思ってる。俺が良いって考えてるんだから、沙耶がそれ以上グダグダ言うのは違うだろ。だって、あのチケットは俺の物だったんだから」


「私にはろくでなしの血が流れてるんですよ? 正直に言って下さい。恭介さんは私のことを苦手に思ってるでしょう? 苦手な人を生かすよりも、彼女を生かしたいと思うのは当然じゃないですか」


 沙耶がすっかり考え方がネガティブになっており、言葉の応酬だけでは平行線のままだと思って恭介は沙耶に近寄って麗華を落ち着かせる時のように抱き締めてやった。


「別に苦手でもなんでもねえよ。俺も沙耶もあの糞野郎の被害者ってだけだ。卑屈にならなくて良い。とりあえず、ちゃんと食べてしっかり休め。何をするにしてもそれからだ」


「わかりました、…」


 恭介は沙耶が自分の呼び方を変えたことに気づいたが、そう言ってすぐに安心した顔で沙耶が寝てしまったから何も言わずに沙耶をベッドに寝かせ、部屋から出て来た。


 その時、待機室パイロットルームのモニターからフォルフォルが消えたところだった。


「フォルフォルから何か連絡があったのか?」


「あっ、恭介さん。フォルフォルから第3回デスゲームまで自由にして良いって連絡があったよ。帰りたいなら一時的に日本に帰してくれるんだって」


「僕は帰ることにしたよ。日本に帰った方がちやほやしてもらえそうだし。ところでサーヤはどうだった?」


 晶は自分のこれからの予定を告げた後、自分の同期の状態を気にして恭介に訊ねた。


「色々と溜め込んでたようだから、一旦全部吐き出させた。少しは楽になったみたいで、今は眠ってる」


「そっか。じゃあ、サーヤは恭介さんと一緒にいた方が良いね。麗華ちゃん、これから大変かもしれないけど頑張れ」


「え?」


「じゃあ、僕は一足先に行かせてもらうよ。アディオス!」


 そう言ってすぐに晶が日本に転送された。


「行っちゃったな」


「行っちゃったね。そんなにちやほやされたかったのかな?」


「ちやほやされたかったんだろう。俺達が日本に戻らなきゃ、もてはやされる対象が1人になる訳だし」


 その発言には恭介と麗華、沙耶が第3回デスゲーム開催まで日本に帰らない意思が込められていた。


「確かにそうかも。私は有象無象にちやほやされるより、恭介さんと一緒にいたいからよくわからないけど」


 麗華はすかさず恭介の腕を抱き、甘える時は今なんだと頬擦りする。


 沙耶が精神的なショックで寝込んでいるが、麗華だって自分が隣にいることで精神を安定させているのだから、恭介は日本チームも実は爆弾を抱えていることに気づいた。


 元々平和な時代に生きていたのだから、いきなり始まったデスゲームで完全無欠なチームなんて存在しないだろう。


 麗華が満足してから、恭介達は自分達のホームの待機室パイロットルームに戻り、増設装置アップデーターにホーム改造チケットを入れた。


 すると、音もなく恭介と麗華の私室の隣に沙耶の私室が移設された。


「改造ってこれだけ?」


『いいや、これだけじゃないよ』


 恭介の呟きに反応してフォルフォルがモニターに現れた。


「どういうことだ?」


『沙耶ちゃんのゴーレムは君達のホームの格納庫に移動したし、君達のホームは戦艦に改造中だよ。完成形のお披露目までしばらく時間がかかるけど』


「戦艦? なんで?」


『いずれ必要になるのさ。そんなことより、ナショナルチャンネルを使わないのかい?』


「…使うさ」


 フォルフォルの口からナショナルチャンネルという言葉が出て来たため、恭介の眉間に皺が寄った。


 国内の面倒事を自分達に押し付けないでほしいと思うからこそ、あまり恭介はナショナルチャンネルを使うことに前向きではないのだ。


 それでも、麗華が両親と話せる機会を奪う訳にはいかないから、恭介はモニターを操作してナショナルチャンネルに切り替えた。


 麗華はが恭介の隣に座り、テーブルの陰で彼の手を握るのはいつものことである。


 首相官邸の大会議室がモニターに映し出されたが、持木内閣のメンバーと恭子、麗華の両親に加えて恭子によく似た女性がいた。


『お疲れ様。明日葉君が筧さんの命を救ってくれて良かったよ。ありがとう』


「助けられたから助けただけです。次はあんな奇跡が起こらないかもしれません」


『そうだろうね。私としても、奇跡が連発するなんて楽観的な考えはしていない。それと…』


 そこまで言った持木とバトンタッチし、持木の隣にいた女性が話しかける。


『恭介君、お初にお目にかかります。血縁上では叔母の筧美緒です。沙耶を助けてくれてありがとうございました。沙耶は今、どうしていますか?』


「初めまして。明日葉恭介です。沙耶さんは今、落ち着いて眠ってます。肉体的には無事でしたが、精神的には参ってしまったみたいなので寝かせるのに苦労しましたが、ひとまず大丈夫です」


『…そうですか。沙耶はこちらに帰って来れますか?』


「起きれば次のデスゲームが始まるまで帰れるとは思いますが、個人的には帰らない方が良いと思います。十中八九マスコミやネット関係で騒がれて、精神的に落ち着かないでしょうから」


 恭介の言い分を聞き、美緒はそうなるだろうと思って頷いた。


『その可能性は極めて高いですね。母親として何もできなくて申し訳ないのですが、沙耶のことをお願いします』


「わかりました。持木さん、国内の様子はどうですか? 先程、晶が日本に転送されたと思いますが」


 沙耶の対応について決着がついたから、晶のことも確認しておこうと恭介は持木に訊ねてみた。


『尾根君は彼が保有する資源と一緒に国会議事堂に現れたよ。今は記者会見の準備中だ』


「無事に帰還できたのなら結構です。第3回デスゲームがいつ始まるかわかりませんが、第2回デスゲームより規模は大きくなるはずですので、そちらでも何かしらの変化があるかもしれません。念のためお伝えしておきます」


『…そうか。明日葉君は拉致されるパイロットの数が増えると思うかね?』


「増える可能性はあります。それと、パイロットだけに負担を強いる状態から変化があるんじゃないかとも考えてます」


『どういうことかね?』


 恭介が何か掴んでいるのは間違いないと考え、持木はその情報を引き出そうと訊ねた。


「俺達がいる場所は今、戦艦に改造中らしいです。戦艦が必要になるレベルの何かが起きたとして、GBOのパイロットだけでどうにかなると思いますか?」


『思わないな。強制的に国際戦争を起こさせるのか、我々も明日葉君達が戦っているモンスターと戦うことになる可能性があると考えておこう』


「それが良いと思います。とりあえず、今回敵から奪った資源は送りましょう」


 恭介がカードリーダーに資源カードをスキャンし、国会議事堂に資源が転送された。


 1ヶ月もしない内に数ヶ月分の資源を蓄えていることは把握しているから、恭介は麗華の分も含めてへそくりを切り崩したりしなかった。


 状況によっては、自分達も資源カードを使うことになると判断してのことだ。


 その後、余った時間で恭介と麗華はそれぞれの家族と話をして定時連絡を終えた。

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