第83話 流石麗華ちゃん! 私にできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!

 ホームに来て19日目にして第3回代理戦争前日、恭介と麗華は時間の許す限り、2期パイロットである沙耶と晶の仕上がりの確認と調整を行った。


 沙耶達はデスゲームが始まってからレースを経験していなかったから、8サーキットと廃工場を走らせてそれぞれA評価とB評価が貰えるぐらいに仕上げた。


 今日は首相官邸と恭介達の待機室パイロットルームで通信が繋がる日だったので、夕食前に恭介と麗華は自分達の待機室パイロットルームでナショナルチャンネルを開いた。


 残念ながら、まだ沙耶と晶はナショナルチャンネルを使えないし恭介達のホームには入れないから、今日の会談で首相官邸と連絡できるのは恭介と麗華だけだ。


 麗華は1週間前と同様に、恭介の左隣に座ってテーブルの陰で彼の手を握る。


 恭介もできることなら麗華を怖がらせたくないと思っているけれど、相手の言動次第なので持木がどこまで誠意を見せるか注目するつもりである。


 首相官邸の大会議室がモニターに映し出されたが、前回問題発言をした池上に加えて恰幅の良い初老の男性もいなくなっていた。


 別に官僚が何処の誰になろうと、状況は大して変わらないと期待していない恭介からすれば、すぐに興味を失う変化だと言えよう。


 それよりも、持木と同じくモニターに大きく映る位置にいた3人に恭介と麗華は注目した。


「お父さん、お母さん…」


『『麗華!』』


 初老の夫婦は麗華の両親だったらしく、麗華が無事だと知ってホッとしたようだ。


 その一方、恭介は残る女性と静かに向き合っていた。


 顔のパーツが似ているのは、恭介とその女性が親子だからである。


「家を出た俺に会いに来るとはな」


『息子が頑張ってるのを応援しない母親なんていないわ。今までは恭介が私に会いたくないだろうと思ってずっと我慢してたけど、拉致されて日本の運命を背負わされた恭介を少しでも労いたくて、持木さんから声をかけてもらった今日はここに来たの』


「…そうか」


 恭介の母親は恭子といい、恭介と同じく恭という漢字が名前に入っている。


 筧前首相は妹の夫だったけれど、恭子は妹もその夫も含めて仲が良かった。


 だからこそ、一夜の過ちで恭介を身籠った時も堕胎することなく生む決意をしたし、恭子は筧前首相から養育費以外を指定口座に振り込んでもらう以外の接点を取らなくなった。


 事態が発覚した際、妹は姉の恭子を泥棒猫だと言って憎むことなく、やらかした筧前首相を咎めた。


 それゆえ、姉妹間の仲はそこまで悪くない。


 以前のような仲良しとまでは言わないけど、用があれば会いもするし話もする。


 恭子にはそこそこ投資の才能があったため、会社勤めをせずに資金の運用だけで恭介と2人で過ごせるぐらいの稼ぎを得ていた。


 そこに筧前首相から振り込まれる養育費があれば、片親の状態でも恭介を不自由な目に遭わせることはなかった。


 恭介が自分の出生の秘密を知り、独り立ちしてからは最低限の接点しかもっていなかったのだが、恭子はデスゲームに巻き込まれた恭介を応援したい、労いたいという気持ちに嘘を付けずにこの場に来た。


 恭子が自分のおこぼれに与ろうとするような性格ではないとわかっているから、恭介は帰れとも顔も見たくないとも言わなかった訳だ。


 恭介は一旦恭子から視線を外し、持木の方に視線を向ける。


「持木さん、とりあえず誠意を見せてくれて良かったです」


『当然だ。名前を出せば不快に思うだろうから敢えて名前は言わないが、この場に相応しくない者はチェンジして君達をご家族に会わせるのは私のやるべきことだった。これができて初めて、明日葉君と話ができるというものだろう?』


「そうですね。2期パイロットの2人からちょこちょこ資源は送られてたようですが、そっちは今どんな状況ですか?」


『2ヶ月分の食料と素材はあるものの、国会議事堂に送られてくる資源の量が激減したことで景気は悪化したし、内閣支持率も下がる一方だよ。まあ、この状況で野党が与党になっても何もできないだろうから、ここで野党がおとなしいのは不幸中の幸いだがね』


 景気の悪化は掲示板を発端とする持木内閣に対する不満、資源を節約しないと生活が立ち行くなくなる不安のコメントがあふれたことが原因だ。


 おまけにフォルフォルも煽るものだから、恭介達との関係性が改善しなければ手の施しようがない状態だ。


 火中の栗を拾う真似はしたくないから、野党もこの状態で現政権に解散しろなんて声は出さないしおとなしくしている。


「それはまあ、なるべくしてなったんじゃないですかね。命を懸けて戦う者に対する配慮がない人達の政権だったんですから。でも、更科を両親に合わせてくれたことには感謝しましょう。勿論、俺の母も呼んでくれたこともです。ひとまず、代理戦争2回分ぐらいの資源をお送りします」


 そう言って、恭介は所持している資源カードを食料と素材で15枚ずつカードリーダーでスキャンした。


 麗華も同じ枚数カードリーダーでスキャンし、今までの代理戦争2回分ぐらいの資源が国会議事堂に転送された。


 持木は自衛隊から資源を確認したと連絡を受け、恭介と麗華に深々と頭を下げた。


『ありがとう。これで不満と不安の声が減ってくれるはずだ。それにしても、これだけの資源をどうやって確保したんだい? 代理戦争はまだ2回しかしていないのに、実質4回分の資源を手に入れるだなんて驚いたよ』


 持木の疑問は当然のことだし、大会議室にいる者達も同じく疑問に思っていた。


 それを正直に答える恭介ではない。


「フォルフォルから一般的な手段では資源を稼げないと言われたので、一般的じゃないやり方をしたまでです。とりあえず、今回の代理戦争で結果が悪くとも2期パイロットの2人を悪く言うのは止めて下さい。その分を補って余る量の資源を送ったんですから、それぐらいできますよね?」


 レースやタワー探索、コロシアムで資源がどれだけ稼げるのか恭介に開示する気はない。


 今後の交渉材料として、残りの資源カードは転送せずに取っておくつもりだからだ。


 今回は自分達の家族を連れて来てくれたことに加え、明日の代理戦争で沙耶と晶にかかるプレッシャーを減らすべく多めに資源を提供しただけである。


『そのような恥知らずが出ないよう、全身全霊を尽くそう』


「そうして下さい。こちらもフォルフォルを通してそちらに探りを入れますので、虚偽の報告は止めて下さいね?」


『…明日葉君はフォルフォルにそんなことを頼める間柄なのかね?』


「間柄はさておき、フォルフォルの性格を考えれば日本でみっともないことをしてる者の情報は俺達をイライラさせるためにくれますね。それを利用して探りを入れるまでです」


 フォルフォルの性格を利用するという発想をする恭介に対し、持木や他の官僚、麗華の両親は戦慄した。


 恭子だけは恭介の発想に驚かずになるほどと頷いた後、他に誰も喋らないならばと口を開く。


『恭介、そっちではちゃんと食べてるの?』


「食べてる。命を懸けてる分、食と住は充実してるよ。今のところ病気も怪我もないし、治療設備も整ってるから問題ない」


『それは良かったわ。麗華さん、恭介に振り回されたりしてない?』


「恭介さんが引っ張ってくれるおかげで私はなんとか頑張れてます。とても優しい彼氏ができて私は幸せです」


『『『…『『彼氏?』』…』』』


 麗華の彼氏発言でモニターに映る大会議室内がざわつく。


 そこにフォルフォルが満面の笑みでモニターに出現する。


『流石麗華ちゃん! 私にできない事を平然とやってのけるッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!』


「フォルフォル、ハウス」


『はーい』


 恭介の声色からこれ以上茶々を入れてはいけないと判断し、フォルフォルはおとなしく姿を消した。


 フォルフォルを二言で退場させた恭介を見て、持木達は恭介を敵にしてはならないということと先程のフォルフォルを利用する発言の実現可能性が極めて高いことを察した。


 麗華の両親は日本を救い、麗華を今まで守ってくれた恭介ならば安心して任せられると思ったからか、麗華の彼氏発言を好意的に受け止めた。


『明日葉君、娘をよろしく頼む』


『時々大胆なことをするけど根は良い子なの。麗華をよろしくお願いします』


 (大胆ってのはプロポーズのことだよな)


 今それを言うとややこしくなるから、恭介はひとまず無難に返すことにした。


「わかりました。持木さん、日本に資源が届くかどうかは今後の皆さん次第とさせてもらいます。ですが、俺から2期パイロットに資源を送るのを止めろとは言いませんので、あくまで俺達からの分は1週間毎の会談次第だと思って下さい」


『わかった。君達に相応しくなれるよう私達もやれることから改善しよう』


 通信は時間切れとなり、ナショナルチャンネルは何も映さなくなった。


 そこで恭介は麗華の方を向いた。


「麗華、さっきの彼氏発言ってわざとだろ」


「エヘヘ、外堀を埋めてみた」


「策士だな。まあ、それは置いといて夕食にしよう。美味い物食べて気合を入れよう」


「賛成!」


 恭介達は食堂に移動して豪華な晩餐で英気を養った。

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