第76話 どうしてこうなった

「どうしてこうなった」


 恭介は額に手をやった。


 思わず頭痛が痛いみたいなお馬鹿な表現が思い浮かぶぐらいには頭が痛くなった。


 その原因は恭介と麗華が使ったアップデート無料チケット(私室)にある。


 このチケットを使う前は、2人の私室はver.5でそれぞれ独立していた。


 ところが、アップデート無料チケット(私室)を続けて増設装置アップデーターに入れた途端、2つの部屋に分かれていたはずの私室がver.7になって合体してしまったのだ。


 部屋の中に入ってみると、その広さは私室2つ分になっていた。


 浴室やトイレ、洗面所は一流ホテルのそれと言っても過言ではなく、シミュレーターがある部屋は2台のシミュレーターが仲良く並んでいた。


 そこまでは別に構わないかもしれないが、一番の問題はベッドがシングルベッド2つではなく、ダブルベッド1つになっていることだろう。


 恭介が頭を抱えてしまう理由はほとんどこれである。


 麗華の精神状態が不安定な今、一時的に麗華が自分の部屋に来て一緒に寝ているのは色々思うことはあっても彼女の体調を第一に考えて許可していた。


 しかし、部屋が合体してダブルベッドしかベッドがないのは許容範囲を超えている。


 どうせ自分が驚いている所を監視しているだろうと思い、恭介はフォルフォルを呼び出す。


「フォルフォル、どうせ見てるんだろ? 出て来い」


『何かな?』


「何かな? じゃないだろ。これはもう悪戯のレベルじゃ済まないぞ」


『私なりに麗華ちゃんを気遣ってあげたんだよ? 毎晩恭介君のベッドに潜り込むのはわかってるんだから、その手間を省いてあげたんだ。ほら、麗華ちゃんの顔を見てみなよ。必死に嬉しいのを我慢してるよ?』


 フォルフォルに言われて恭介が麗華の顔を見てみれば、確かに麗華は嬉しさを堪えているようだった。


 必死にポーカーフェイスを装っているけれど、全身がプルプルと震えている。


 恭介は短く息を吐いて麗華に訊ねる。


「麗華はこっちの方が良いのか? 正直に言ってくれ」


「い、一緒が良いな」


「そうか」


 恭介は麗華が望んでいると知り、アップデートによる部屋の合体の取り消しはできないことを受け入れた。


 困った表情を見せる恭介に対し、麗華は深呼吸してから恭介の正面に立つ。


「突然ですが恭介さん、私と結婚して下さい!」


「…え?」


 神妙な顔つきだったから、付き合ってくれと言われるかもしれないとは思ったが、まさか彼氏彼女の関係を飛び越してプロポーズされるとは予想外であり、恭介は頭が追い付かなくて訊き返してしまった。


 フォルフォルにとっても想定外な急展開だったらしく、第三者ポジションなのにツッコまずにはいられなかった。


『麗華ちゃん、そこは付き合って下さいじゃないの?』


 そのツッコミに顔を赤くするかと思いきや、麗華は覚悟を決めていたのか真剣な表情のまま応じてみせる。


「私、彼氏になった人と添い遂げるつもりだったから、今まで彼氏はいなかった。恭介さんなら私の全てを捧げても良いと思った。だからプロポーズしたの」


 麗華の言い分を聞き、恭介は麗華の家がお堅いことを思い出した。


 一人暮らしするのにプレゼンし、そのプレゼン通りに一人暮らしできているか親が月に一度様子を見に来るような家だから、彼氏がいなかったという話も付き合ったら結婚まで考えるという話も納得できた。


 だが、恭介は恋愛にも結婚にもあまり良い感情は抱いていない。


 それは父親のせいであり、父親に体を許した母親のせいである。


 麗華のことはデスゲームを一緒に乗り超えたパートナーだと思っているし、彼女が精神的に辛いなら添い寝ぐらいは認められたけれど、付き合うとか結婚するとなると話は別だ。


 恭介は頭の中で整理がつかずになんと言えば良いかわからず固まってしまう。


 麗華は恭介がこうなるとわかっていたので、少しでも自分に良い返事が貰えるように話を続ける。


「恭介さんが恋愛に対して後ろ向きなのはわかってるつもり。でも、私は恭介さんを好きって我慢することができない!」


「それは吊り橋」


「吊り橋効果なんかじゃない!」


 恭介が言おうとしたことを察し、それは違うんだと麗華は遮った。


 フォルフォルという自称神に誘拐され、デスゲームにほぼ強制的に参加させられている男女が同じホームで過ごしているのだから、確かに吊り橋効果が生じる条件は揃っている。


 更に言えば、麗華は精神的に不安定であり、自分に頼ることでその不安定な状態を安定させている。


 ゆえに、麗華は自分に依存しているだけで恋愛感情とは別物じゃないかと思っているから、恭介は麗華に一旦落ち着いて考えてみるべきではないかと言おうとした。


 それでも、麗華は今の自分の気持ちがそんな勘違いではないのだと強く否定した。


 恋愛に前向きになれない恭介と恋愛に前向きな麗華。


 このままでは平行線なやり取りになってしまい、麗華にとって望まない結末を迎えてしまう。


 そう判断して麗華は提案する。


「いきなり結婚しては重かったなら、試しに私と付き合ってみない?」


「…付き合った相手と結婚するつもりなんだろ? 試しなんて存在しないんじゃないのか?」


 恭介は麗華の発言が先程の言い分と変わっているから、自分の発言を曲げて良いのかと言外に訊いた。


「お試し期間で恭介さんを落とすから大丈夫」


「強引だな、おい」


 麗華は最終的に結婚する気満々だったため、恭介はジト目を向けた。


 (いや、待てよ。ここで全て断ったら、麗華が更に不安定になるか?)


 困ったことに気づいてしまい、恭介はどうするべきか悩んだ。


 恭介にも恋愛経験は当然ないのだが、付き合いのある友人の話では告白して振られた者は落ち込むと聞いている。


 経緯はどうあれ、麗華が前向きになったことは精神的に元通りになる大事なステップだ。


 それを自分が台無しにするのはいかがなものかと思い、恭介は短く息を吐く。


「わかった。麗華の熱意には参ったよ。お試しで良いなら付き合おう」


「うん! ありがとう、恭介さん!」


 麗華は根競べで恭介に勝ち、恭介の首を縦に振らせたことが嬉しくて抱き着いた。


 それを見て静かにしていたフォルフォルが騒ぎ出す。


『ヒャッハァァァァァッ! デスゲーム初のカップル誕生だぁぁぁぁぁ!』


 (野次としてそれはないだろ)


 フォルフォルの発言にツッコミを入れたかったが、自分に抱き着いている麗華のことを考えて黙っていた。


 フォルフォルに告白の一部始終をずっと見られていたことに気づけば、麗華が恥ずかしくて引き籠ってしまうかもしれないからだ。


 麗華に抱き着かれている間、恭介は今後どうするのが最適なのか思考を巡らせた。


 根負けしたとはいえ、曲がりなりにも麗華が自分の彼女になったのだ。


 いかに自分が恋愛に苦手意識を感じていても、できてしまった彼女を蔑ろにする訳にはいかない。


 もしも彼女を蔑ろにしようものなら、それは自分の母親と一夜の過ちを犯した父親と同類になってしまうと恭介は思っているからである。


 心を落ち着かせて考えてみたところ、付き合うことになったからといって自分が何か行動を変える必要はないという結論に達した。


 何故なら、元から麗華のことを大切に扱っているからだ。


 結局、いつも通りでいることが麗華を安心させるだろうし、こちらがぎこちなくなればその緊張が麗華に伝わってしまう。


 緊張感を持つことは大事だけれど、それが余計な隙を生じさせるようではこのデスゲームで足元を掬われてしまう。


 そう考えれば、恭介は今まで通りで良いだろう。


 いつの間にか、フォルフォルがチューしてみようと書かれたフリップを持って待機していたので、恭介は失せろと念じて睨みつけた。


 ブルッと体を震わせたフォルフォルはモニターから姿を消したのを確認したところで、恭介と麗華から空腹を告げる音が同時に鳴った。


 ホッとしたことで気が緩み、体が食事を求めたのである。


「麗華、ランチにしないか?」


「そうだね。すっかり食べるのを忘れてたよ」


 麗華もこの後何をするにせよ、空腹のままではいられないと思って恭介の意見に賛成した。


 食堂に移動した恭介は、アップデートした記憶がないのに追加されているメニューを見て戦慄した。


 (カップル専用ドリンク…だと…? フォルフォルめ、完全に面白がってるじゃないか)


 1つのグラスにハートマークを模ったストローが2本刺さったドリンクの存在を見て、なんでそんなものが食堂にあるんだと驚くのは無理もないことだ。


 麗華も流石にそれは恥ずかしかったようで、2人はそのドリンクに触れずに各々食べたいメニューを選んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る