第59話 謝罪は要りません。ただし、資源ももう送りません。

 格納庫に恭介達が戻って来たのは正午を少し過ぎた時だったからか、コックピットから出て来た2人の腹の虫が同時に鳴き始めた。


「まずは腹ごしらえからだな」


「うん。お腹空いた」


 反省会や資源カードのスキャンは後回しにして、恭介と麗華は腹の虫のご機嫌取りを優先した。


 2人が優先してアップデートしているおかげで、今の食堂はver.8まで更新されている。


 内装は一流レストランのそれから変わらないが、メニューの種類が豊富で量の調整も自由にできるようになった。


 代理戦争当日だからなのか、メニューには本日のランチ限定で回らない寿司(フォルフォルセレクション)の文字があった。


「フォルフォルセレクションってところに一抹の不安を覚える」


「でも、回らないお寿司って食べてみたくない?」


「それな。他のメニューの味からして、きっとこれも美味いはずだ。チャレンジしてみるか?」


「うん。食べてみようよ」


 食堂の料理は誰が作っているのかわからないけれど、恭介と麗華が毎日三食満足しない時はないぐらい美味しい。


 だからこそ、2人は第2回代理戦争も無事に総合優勝したこともあり、贅沢な回らない寿司を選んでみた。


 最初はフォルフォルセレクションという響きに心配していたが、食べ始めれば恭介達の手は満腹になるまで止まらなかった。


 食後に熱い緑茶の入った湯飲みが配膳ロボットによって出され、ようやく恭介と麗華は一息ついた。


「美味かったな」


「うん。日本に帰った時に他のお寿司で満足できるかな?」


「それな。まあ、人間は適応する生き物だから、しばらくあれこれ食べてたら肥えてる味覚も元通りになるさ」


「そうかも。でも、これからどうなるんだろうね? マーリンとムッシュの降参が受け入れられたら、デスゲームは終了するのかな?」


 麗華の疑問はもっともである。


 代理戦争とあるように戦争なのだから、敵が戦意を喪失して降参したらこちらの勝ちと考えるのが自然だろう。


 食環境と住環境は恵まれているけれど、デスゲームに参加することと引き換えならば早く解放してほしいというのが麗華の偽りのない気持ちだ。


「決して麗華を不安にさせたいとは思ってないが、フォルフォルがすんなりマーリンとムッシュの希望を叶えるとも思えない。フォルフォルにとって彼等は敗者だ。主催者が敗者の言いなりになるってのは考えにくいだろ」


「確かにそうね。フォルフォルって性格悪いもの。きっと今も余計なことを始めようと準備してるに違いないわ」


「俺達は何が起きても良いように備えておこう。さしあたっては、無料チケットでどこをアップデートする?」


「待合室と格納庫で良いんじゃない? 食堂はアップデートしたばかりだし」


 恭介も麗華の意見に異論はなかったから、すぐに増設装置アップデーター待合室パイロットルームと格納庫をそれぞれver.4とver.5にする。


 待合室パイロットルームは恭介や麗華がいる時、2人の気分に合わせたBGMが自動で流れるようになった。


 更にモニターのチャンネルが強化され、ショップチャンネルは商品が拡充し、ナショナルチャンネルは1週間に1回だけ30分話せるようになった。


 恭介と麗華にとって、ショップチャンネルの商品が増えるのはありがたい。


 しかし、ナショナルチャンネルで日本政府と話せる時間が以前の3倍になったことは、メリットだけでなくデメリットもあった。


 メリットは話せる時間が増えたことにより、恭介や麗華が話したい者を首相官邸に呼んでもらえれば話せる可能性が増えたことだ。


 デメリットとしては、政府の閣僚達が欲張って無茶な要求をする時間もできてしまったということである。


 10分ならば喫緊性と重要性の高い話題だけ話して終わるだろうが、30分あれば時間が余ったと言って閣僚達から欲をかいた発言が飛び出すかもしれない。


 その一方、格納庫はアップデートによってゴーレムや装備の修理と作成に必要な素材が20%カットされるようになった。


 内装は特に変わらないが、鉱物マテリアルのコストカットは純粋に嬉しいと言える。


「さて、とりあえず代理戦争で獲得した資源だけ送るか」


「そうだね」


 ナショナルチャンネルを使う前に、恭介と麗華は今日の代理戦争で獲得した資源カードをカードリーダーでスキャンした。


 バトル部門とレース部門の報酬で獲得したのは資源カード(食料)100×17枚と資源カード(素材)100×17枚だ。


 そこにC国の海王とA国のワイルドレディを倒した分として、資源カード(食料)100×4枚と資源カード(素材)100×4枚が加わる。


 カードのスキャンが終わった直後にモニターにフォルフォルが現れる。


『日本は君達のおかげで順調に資源をゲットしてるね』


 画面が半分に割れ、国会議事堂前にカードの通りの大量の資源が積み上がった状態で出現する映像が映し出された。


 大量の資源が現れたのを見つけ、自衛隊がわらわらと群がってその資源の回収をし始めるのが画面の半分に映る。


『あぁ、何度見てもプライドの欠片も感じられない動きだ。これを見るだけで疲れた私の心が癒されてくよ』


「フォルフォルってマジで性格悪いな。さっさと今後のことを決めろよ」


『そうなんだよねー。バイバーイ』


 フォルフォルは恭介に正論を言われ、モニターからおとなしく消えた。


 そろそろモニターをナショナルチャンネルに変えようかというところで、麗華が恭介の体を後ろから抱き締める。


「麗華、どうした?」


「恭介さんが怖くならないようにおまじないかけてるの」


「…心配をかけてすまん」


「ううん。私の方こそ交渉では役に立てなくてごめんね」


 前回、自由党副総裁の持木と話をしていたのはほとんど恭介だけだ。


 自分は自己紹介の時しか話していない。


 今回も恭介が窓口として喋ることになっているから、せめて自分は恭介が冷徹で怖くならないようにと麗華はこうやって祈っているのである。


「ありがとう、もう十分だ。流石に麗華に抱き締められたまま話せないだろ?」


「そうだけど…。じゃあ、こうするのはどうかな?」


 なんとなく恭介に触れておかないと駄目な気がしたため、麗華は恭介の左隣に移動して彼の手を握った。


 ナショナルチャンネルを使っている間、恭介も麗華もテーブルについているから、テーブルの陰で見えない部分で恭介に触れようと考えたのだ。


 麗華を心配させているとわかっていたから、恭介は麗華の提案に頷いた。


「わかった。じゃあ、今日の会談中はそうしててくれ」


「うん!」


 準備が整ったタイミングで恭介はモニターを操作し、ナショナルチャンネルに変える。


 それによって首相官邸の大会議室がモニターに映し出された。


 (なんか人が変わってないか?)


 父親がいないことはポイントが高いが、それ以外に集まっている閣僚は前回と違っていた。


 恭介と麗華が疑問に思っていると判断し、最も近くに映っていた持木が口を開く。


『明日葉君、更科さん、まずは無事でいてくれて良かったよ。それと資源を送ってくれてありがとう。ここにいるメンバーが変わったのは筧内閣を解散した結果だ。一応、私が首相になった』


「そうでしたか。早速本題に入りましょう。フォルフォルから聞きましたが、日本にいる人達はこちらのタワー探索やレース、コロシアム、代理戦争の様子を見ているそうですね。どこまで見れてますか?」


『今言ってくれた部分しか見れないよ。フォルフォルチャンネルが動画投稿サイトに出現して、そこに映る生放送が私達にとって唯一そちらの情報が得られる手段だ』


 父親に対するコメントをする時間は無駄だと感じ、それに触れないで恭介は情報の共有を始める。


 自分達が知っていて持木達が知らない情報を話すべく、恭介はどこまでこちらの情報が伝わっているのか確かめた。


 持木は優秀で恭介の狙いに気づいたから、恭介が求めるであろう内容を答えた。


「なるほど。では、代理戦争の結果は報告から省きます。伝えておくべきことはE国とF国が降参したことですね」


『なんだって!?』


 恭介の口から飛び出た報告を受け、カメラの向こうの大会議室がざわついた。


「日本チームの圧倒的戦力を目にして、次の代理戦争を前にマーリンとムッシュが降参を宣言しました。現在、フォルフォルが今後の運営について検討すると言って今回の代理戦争は終わりました」


『では、君達は日本に戻って来られるのか?』


「それについてはわかりません。また、日本を覆う光の壁が撤去されるか同かもわかりません。本当に何も決まってないのでしょう」


『ふぅむ…』


 持木が恭介達になんと言えば良いのかわからなくて考え込んでいると、奥の方にいた目つきのきつい女性閣僚が口を開く。


『とりあえず、お二人には稼げるだけ資源を稼いでいただきたいです。代理戦争という大きな収入源がなくなるかもしれないなら、レースやタワー探索等で地道に稼いでもらわなければ日本の経済が止まります』


『池上君、なんてことを言うんだ! 君に心はないのか!?』


 池上という女性の発言はが恭介と麗華にとって不謹慎でしかなかったため、持木は彼女の発言を咎めた。


 その時には恭介の表情が父親を見るものと同じになっていた。


「そうですか。国のために人殺しをして来い。それができなくなったら別の方法で資源を稼げというのがそちらの方針なんですね」


『違うんだ! 池上君、今すぐ謝れ! それができないならこの場から去れ!』


「謝罪は要りません。ただし、資源ももう送りません。これで打ち合わせは終了とします。あぁ、もしもこちらを労うつもりがあるのなら、次は更科の両親でも連れて来て下さい。私の母親は無理に呼ばなくて構いませんが、彼女はこの危険な環境で生き残ろうと頑張ってるんです。それに報いるぐらいしてくれますよね。それでは」


 ナショナルチャンネルが使える時間は残っていたが、恭介はもう話すことはないと判断して首相官邸との通信を切った。


 自分の声が冷たくなっていることを自覚し、恭介は深呼吸して意識的に心を落ち着かせた。


 表情をどうにか柔らかくして麗華を怖がらせないようにしてから、隣の麗華の方を見た。


 すると、麗華の目から涙が流れていた。


「恭介さん、私達ってなんのために頑張ってるのかな?」


「…今は俺達が生き残ることだけを考えろ。国のことなんて考えなくて良い」


 もっと気の利いた言葉があるはずだが、恭介はその言葉しか頭に浮かばなくてとにかく麗華を抱き締めた。


 恭介に抱き締められ、麗華は我慢していた感情を吐き出し始めた。

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