第56話 やってくれたわね海王!

 転送された麗華が初めて見たものは、戦争で滅ぼされて廃棄された小惑星コロニーだった。


 すぐにフォルフォルの開始の合図が聞こえる。


『コロニーフォール、始め!』


 フォルフォルの宣言と同時に、ヴァーチャーのモニターには大気圏突入までの時間とミッション進捗率、マップ、複数のアイコンが映し出された。


 中心にある白三角アイコンが自分であり、麗華は小惑星コロニーの北端にいることがわかった。


 (恭介さんはやっぱり近くにいないのね)


 マップを操作して表示範囲を拡大してみると、自分とは正反対の位置に配置されていることを知って麗華はがっかりした。


 事前の打ち合わせでは、バトル部門の内容が二手に分かれて攻略するべきだったら合流しないことになっていた。


 それでも、麗華は独りでいるというのはどうにも寂しいと思ってしまった。


 自分が恭介以外のパイロットに負けない自信があったとしても、直前のレース部門でC国の海王が身動きの取れないD国のベルリナー・ヴァイセを殺したことは彼女の気分を悪くした。


 コロニーフォールは国同士が争わずに小惑星コロニーの破壊に従事すれば、間違いなく資源が手に入るようなテーマである。


 わざわざお互いに戦わずとも済むのだから、暗黙の了解でモンスターだけ倒して小惑星コロニーの破壊をすれば良い。


 その認識を全てのパイロットが持っているのなら、特に問題は起きないはずだった。


 だが、現実は非情である。


『ピンポンパンポーン。速報が入ったから伝えるね。たった今、C国の海王がBR国のアマゾネスの襲撃に成功して殺したよ。アマゾネスの物的財産は海王に引き継がれた。やったね!』


「やってくれたわね海王!」


 フォルフォルの速報は悪魔の知らせだった。


 その知らせのせいで、パイロットの中に小惑星コロニーの破壊を放棄して自分の財産だけを増やそうとする者が現れたことが知れ渡った。


 こうなれば、全員が協力もしくは不干渉で黙々と小惑星コロニーの破壊作業をすることは難しいだろう。


 海王が真っ先にアマゾネスを殺した理由だが、初期地点が近くてアマゾネスのアラクネが中破していたからだろう。


 ここまで状況を有利に運べるならば、できるかどうかわからない小惑星コロニーの破壊よりも目の前の敵を倒して資源を強奪した方が良いと考えてもおかしくない。


 リアリストな海王が場を乱したことにより、コロニーフォールの難易度が上がってしまった。


 いつの間にか進捗率が0%から7%に上昇してマップの南端が削れたことを知り、麗華はこれが恭介によるものだと知った。


 (恭介さんがへそくりを用意したのは正解だったわ)


 今も作業をしているだろう恭介は、元々日本政府との交渉のために獲得した資源カード全てをカードリーダーでスキャンせずにいた。


 これは日本政府に自分達が何か要求する時のための切り札のつもりだったが、C国の海王が余計なことをしでかしたせいで第2回代理戦争で獲得できる資源の量は前回の半分になるかもしれない。


 そうであるならば、恭介が準備したへそくりの価値は更に高まるだろう。


 何も考えずにただカードリーダーにスキャンしていたら、危うく自分達の交渉材料を捨てていた訳だ。


 麗華の中で恭介が更に頼りになる存在になった瞬間である。


 そこまで考えている間に、黒丸アイコンのモンスターの群れが押し寄せて来たことを知り、麗華は臨戦態勢に移行する。


 現れたモンスターはサファギンモンク率いるサファギンの群れだった。


 (私もやれることをやるのよ)


 他国のパイロットが襲ってくれば迎撃するが、基本的にはテーマに沿って小惑星コロニーの破壊を優先する。


 そのように決めてから、麗華は敵集団をランプオブカースで次々に撃ち抜いていく。


 聖銀ミスリル製の武器による銃撃は一度に複数の敵を屠り、戦闘は1分もかからずに終わった。


 コックピットのサイドポケットには、早速イベント専用アイテムが描かれたカードが転送されて来た。


 (ウォーターカッター? 宇宙空間で使えるのかしら?)


 水を高出力で射出して削る装置だとわかったが、麗華は宇宙空間においてそんなことができるのか不安に思った。


 しかし、イベント専用アイテムが使えないなんて展開にはならないだろうと判断し、麗華は全てのウォーターカッターを使ってみた。


 その結果、ブゥゥゥンと音が鳴ると同時に小惑星コロニーが切断され、切断された破片が小惑星コロニー本体から分離していった。


 ミッションが進んだことにより、モニターに表示される進捗率が7%から11%になった。


 (今ので4%か。恭介さんはどうやって7%も削ったのかしら?)


 自分のアイテムの使い方に改善点があるように思えたが、すぐには思いつかなかったから、麗華は自分に近いモンスターの群れを倒しに向かう。


 サファギン集団のアイテムドロップ率は4割だったから、1体で動くモンスターを狙ってもドロップするとは限らない。


 効率を考えての判断と言えよう。


 ところが、麗華はF国のムッシュが操縦するメビィと遭遇してしまった。


 ヴァーチャーのコックピットにメビィから通信が入る。


『こちらF国のムッシュ。福神漬け、そちらに戦闘の意思がなければ見逃してほしい』


 ムッシュは麗華がレースに出て来なかったからと言って侮ったりはしていない。


 1週間前はエンジェルを操作していた麗華が、今はヴァーチャーを操縦しているのだ。


 前回よりも自分だって強力なゴーレムを操縦していたとしても、ゴーレムを構成する鉱物マテリアルだって日本に勝てているとは思っていないから、この場での戦闘を避けたいとムッシュは考えていた。


 麗華もムッシュが下手に出て提案して来たから、その流れに乗って無駄な戦闘をするつもりはないと伝えることにする。


「こちら日本の福神漬け。行って構わない。こちらも戦意がない者と戦うつもりはない」


『感謝する』


 ムッシュはその場から全力で逃げた。


 戦う意思はないと言われても、麗華に背中を見せたら撃たれないとも限らないからだ。


 もっとも、麗華は本当に戦う意思がないムッシュを撃つ気はないのだが、非常事態において慎重に動くムッシュの姿勢を否定することはできまい。


 ムッシュと別れてからモスマン率いるシルクモスの群れを見つけ、麗華は戦闘を開始する。


 お互いに風属性同士ではあるものの、麗華の銃弾を防ぐ力はモスマンにもシルクモスにもなかったから、戦闘自体は数分で終了した。


 コックピットのサイドポケットには、オーラを纏った武器の絵が3枚転送されて来た。


 シルクモスがドロップしたカードに描かれたオーラは薄い緑色だったが、モスマンがドロップしたカードのオーラは濃い緑色だった。


 (ウインドブースター。使用後の武器攻撃の威力が上がるのね)


 シルクモスの方は1.25倍で、モスマンの方は1.5倍威力が跳ね上がる。


 いずれも使った次の攻撃だけが強化されるという点では、麗華の金力変換マネーイズパワーに似ている。


 ウインドブースターの重ね掛けは可能だったため、麗華は自分の銃撃を強化するとどうなるか調べてみることにした。


 まずは通常の銃弾を小惑星コロニーの地面に向かって撃ってみる。


 弾丸は地中のある程度の深さまで進んで止まった。


 (普通の銃撃じゃ小惑星コロニーを壊すには威力不足ね。じゃあ、ウインドブースターを使ってみましょう)


 今度は全てのウインドブースターを使用してから、麗華は先程できた穴を狙って撃ってみる。


 その瞬間、轟音と共に小惑星コロニーに罅が入り、ビキビキと音が鳴って小惑星コロニーが割れた。


 通常の約2.34倍の威力で放った弾丸が自分で先程作った穴に入り、中で詰まっていた弾丸に命中して爆ぜたようだ。


 結果的に小惑星コロニーの北端の一部が分離し、進捗率が14%から21%まで上昇した。


 (あれ? さっきは11%だったよね? ってことは3%分誰かが働いたのね)


 自分と恭介以外にも小惑星コロニーの破壊を諦めていない者がいると知り、麗華は他所のパイロットがC国の海王のような利己的でリアリストな者だけではないのかと少しだけ嬉しくなった。


 しかしながら、その余韻に浸れる時間はかなり短かった。


 何故なら、麗華の前にA国のワイルドレディが乗るパワーが現れたからだ。


 しかも、F国のムッシュとは異なり、通信で何か言って来ることもなくいきなり装備していた双犬銃オルトロスガンで攻撃して来たのである。


「あぁ、もう! 私のお古みたいなくせして生意気ね!」


 パワーと双犬銃オルトロスガンはいずれも彼女が使ったことのあるゴーレムと銃だったから、麗華はうんざりした表情でワイルドレディとの戦闘を始めた。

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