第39話 人間が虫に気を遣って道を歩く? それと同じだよ

 昼食と食休みを経て、恭介と麗華は9階層から午後のタワー探索を再開する。


「風が強いな。それにしても、今まで屋内だったのに9階層から森に景色が変わるってのはどうなんだ?」


『出て来るモンスターに合わせて内装が変わったんじゃないの?』


「それはわかる。でも、急に屋外っぽい内装になるのがモヤモヤする」


『細けえことは良いんだよ!』


 そのコメントは麗華が発したものではなく、コックピットのモニターに映ったフォルフォルによるものだった。


「ここぞとばかりにネタに走るんじゃない」


『固いことを言うなんてノンノンノンでしょ~』


「よし、探索探索」


『賛成』


 フォルフォルのノリが鬱陶しくなって来たから、恭介達はフォルフォルを無視して探索に集中する。


 風が強く吹いており、木々が激しく揺れて木の葉が舞っている。


 そのせいで視界は悪いけれど、コックピットのモニターには熱源反応が表示され、4体のモンスターが恭介達に接近していることがわかった。


見敵必殺サーチ&デストロイ!」


 恭介は蛇腹剣を巧みに操り、モンスターの集団の姿がはっきり見える前に倒した。


 倒したモンスターはシルクモスという大きな蛾と呼ぶべきモンスターだったのだが、恭介が射程圏内に入った瞬間に倒したので麗華の出番はなかった。


『やる気満々だね』


「え? る気満々だって?」


『なんか私が思ってるよりも物騒なニュアンスが返って来た。恭介さん、もしかして虫が嫌い?』


「世界から概念ごと消えてなくなれば良いと思ってるけど何か?」


『おぉ…。そこまで嫌いだったとは意外だね。何かきっかけがあったの?』


 麗華は恭介の過激な発言にびっくりしていた。


 最近では男のくせに虫嫌いなんて軟弱なんて意見を口にすれば、いつの時代に生きているんだと軽蔑される世の中になっているが、それでも麗華は恭介がそこまで無視を嫌っているという事実に驚いた。


 無意識の内に、恭介がなんでもできて怖いものなしのスーパーマンのように思っていたのかもしれない。


「元々虫は好きじゃなかった。だが、決定的に嫌いになったのは、学生時代に部活で起きた事件のせいだ。あの時、俺は休憩時間でボーっとしてたんだ。そこに偶然蝉が俺に向かって飛んで来た。蝉はあろうことか俺の背中に止まり、不運にも後輩を虐めるのが生き甲斐な先輩が丁度通りがかって、ビンタして俺の背中で蝉を潰した。ここまで言えば、俺が蝉、というか、虫全般を嫌いになるのもわかるだろ?」


『…うん。嫌なことを思い出させちゃってごめんね。私、お詫びにこの階層では頑張るから!』


「それには及ばん。虫型モンスターは俺が全て殺す」


 通信越しに聞こえる恭介の声から並々ならぬ執念を感じたため、麗華は恭介が落ち着くまでサポートに徹しようと決めた。


 それからしばらくの間、恭介は精密機械のように射程圏内に入ったシルクモスを次々に倒した。


「何か来るな」


『近づいて来る反応がシルクモスとは違う気がする。速さが違うもの』


「見えて来た。あぁ、オウルベアだ」


『一直線でこっちに向かって来てるね』


 前方から風を纏って走って来る梟と熊のキメラを見て、恭介達はこの階層で唯一虫っぽさを感じないモンスターが来たことを知った。


「ホォォォォォ!」


「梟なら虫を喰え!」


 恭介は蛇腹剣を地面に叩きつけて大きな音を立て、オウルベアを威嚇してみた。


 その結果、恭介の虫に対する憎悪の圧に怯えたのか、オウルベアは急ブレーキをかけてUターンしていった。


『えっ、逃げた?』


『ちょっと待ってほしい。これは私にも予想できなかった』


 麗華にとってオウルベアのUターンが予想外なのは仕方ないが、デスゲームのマスターたるフォルフォルにとっても予想外な事態が起きたのは異常だと言えよう。


「虫がこの世界から1匹でも減るなんだって良いさ」


『恭介君、思考を放棄するのは良くないと思わない?』


「人間が虫に気を遣って道を歩く? それと同じだよ」


『うわぁ、ブラック恭介君だー』


 フォルフォルはこれは駄目だと諦めてモニターから姿を消した。


 今の恭介に虫関連の話をしても時間の無駄だと悟ったのだろう。


 恭介達が道を進んで行くと、本当にオウルベアがシルクモスを捕食して回っているのか、シルクモスが1体も見つからなかった。


「あのオウルベアは使えるな。次にあったら褒めて遣わそう」


『もしかして、さっきのオウルベアは私達に敵わないとわかってパワーアップするためにシルクモスを狩ってるんじゃない?』


「なんてことだ。最高じゃないか」


『うん、そうだね』


 シルクモスが減る分には一向に構わない恭介の反応から、麗華はこの階層を踏破するまで恭介の好きにさせようと思った。


 ただ探索すること15分、再びオウルベアらしき姿が2人のコックピットのモニターに映るのだが、先程見た時よりも体のサイズが大きくなっている。


「麗華の言う通り、パワーアップしてそうだな」


『シミュレーターで見たオウルベアと違う部位がいくつかあるね。体のサイズだけじゃなくて、嘴と爪は長くなってる』


 恭介と麗華が特徴の違いについて話していると、オウルベアが攻撃を仕掛ける。


「ヴォォォォォ!」


 咆哮と同時に全身の羽が逆立ち、風を纏って竜巻を形成しつつ恭介達に射出された。


「無駄だ!」


 それらは恭介が素早く蛇腹剣を振り下ろすことにより、勢いがなくなった上に真っ二つに割れて地面に落ちた。


 蛇腹剣が顔を傷つけたらしく、オウルベアはその痛みで暴れて近くの木にタックルをかます。


 そのタックルのせいで木が倒れ、大きな音が周囲に響き渡った。


『虫じゃないんだし、私も攻撃するからね』


 羽が抜けて耐久力が落ちたオウルベアに対し、麗華は双犬銃オルトロスガンを連射してオウルベアの体力を削る。


 このままでは敵わないと再び逃げ出そうとしたオウルベアだったが、それを見逃す恭介ではない。


「ご苦労様。ゆっくりと休んでくれ」


 蛇腹剣が伸びてオウルベアの体が切断され、その体は光の粒子になって消えた。


 戦利品回収をした後、恭介は倒れた木に目を向けた。


 (背景のオブジェクトって壊れるイメージなかったんだけど)


 木が倒れたことでできた穴を覗いてみたところ、運が良いことに宝箱が隠されていた。


「宝箱見っけ」


『また!? 恭介さんマジ激運!』


 宝箱の蓋を開けて中身を確認してみれば、5万ゴールドとチケットがイフリートのコックピットのサイドポケットに転送されて来た。


「ギフトレベルアップチケット? あっ…」


『どうしたの? ギフトレベルが上がるなら使わない手はないと思うけど』


「使用制限があった。ギフトレベルが5以下じゃなきゃ使えないってさ。麗華にあげるよ。俺には使えないから使ってくれ」


『ありがとう! 節約できて嬉しい!』


 恭介からギフトレベルアップチケットが転送され、麗華はそれを使って金力変換マネーイズパワーをLv5に上げた。


 自分には無用の長物だったとしても、麗華にとっては貴重なアイテムが宝箱から出て来て恭介はホッとした。


 麗華の強化が済んだところで、恭介達は近くに見える大樹へと向かった。


 道は大樹に向かって続いており、大樹をズームして見てみれば昇降機が埋まっていたからである。


 しかし、恭介達が大樹に近づいたことに気づいて人化した蛾と呼ぶべきモンスターが現れる。


「モスマンか。不快だな」


『恭介さん、あいつは私が倒しても良い?』


 モスマンを見ても問答無用で倒しに行かない恭介を見て、麗華はチャンスだと思って頼んでみる。


「良いぞ。午後は俺がかなり好き勝手やっちゃったし」


『やった。じゃあ、手出し無用だよ』


 麗華は恭介から許可を得たので、モスマンと1対1の勝負に挑む。


「キキキ!」


 モスマンは泣くと共に突風で攻撃するが、麗華の操るプリンシパリティがその程度の攻撃に当たるはずがない。


 機体が傷つかないように躱しながら接近し、モスマンの顔面に容赦なく双犬銃オルトロスガンを連射して倒してみせた。


「お疲れ様。接近戦もあれぐらいの敵なら問題なさそうだな」


『そうね。あの程度で苦戦してたら、代理戦争でやられちゃうもの』


「10階層を踏破したらまた代理戦争かね」


『フォルフォルはそう言ってたよね。まあ、上がらない訳にもいかないんだし、10階層に行って魔法陣で帰ろうよ』


 恭介達は昇降機で10階層に行ってからタワーから脱出し、そのままコックピットのモニターに表示されたタワー探索スコアをチェックする。



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タワー探索スコア(マルチプレイ)

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踏破階層:9階層

モンスター討伐数:5体

協調性:◎

宝箱発見:○

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総合評価:S

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報酬:アイアン25個

   4万ゴールド

   資源カード(食料)10×1

   資源カード(素材)10×1

ギフト:黄竜人機ドラキオンLv7(stay)

宝箱発見ボーナス:魔石4種セット×20

コメント:オウルベアをシルクモスに嗾けるなんて恐ろしい子!

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 (オウルベアは本当に良い仕事をしてくれた)


 通常報酬はオウルベアを利用したせいで8階層と変わらなかったが、それでも宝箱は見つかったし魔石も多く貰えたので恭介はホクホク顔だった。


 帰って来た恭介達は、待合室パイロットルームでへそくりに回さない資源ガードだけ読み込んだ後、夕食まで自由に過ごした。

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