第32話 もっと蔑むような視線でもう一度お願い

 ケット・シーから恭介が降りたら、麗華が笑顔で出迎える。


「恭介さんおめでとう。ハリウッド映画みたいなことしてたね」


「リッジハイウェイでしか味わえないスリルってやつだな。食堂の無料アップデートチケットを貰ったから使おう」


「マジで!? 使おう!」


 無料アップデートチケットは良いものだとご機嫌な麗華に手を引かれ、恭介は待機室パイロットルームに移動した。


 チケットを使って食堂がver.5からver.6になり、その内装は待機室パイロットルームに釣り合う一流ホテルのレストランと呼べるものに変わった。


「お昼が楽しみだね!」


「麗華ってどんどん食いしん坊キャラになってないか?」


「だって、この環境じゃ美味しい物を食べることぐらいしか楽しみがないもん」


「…そうだな」


 恭介はシミュレーターを半分趣味で使っているけれど、麗華にとってそれは生き残るための義務になってしまったようだ。


 ここで麗華と違う意見を述べるのは簡単だけれど、麗華にとって今必要なのは自分からの共感だろうと思って恭介は頷いた。


「よし、私も恭介さんに負けられないからレースに行ってくるね」


「廃工場に挑むのか?」


「うん。安心して。私もちゃんとシミュレーターで練習したから。アイアン製のアークエンジェルなら1位を狙えるよ」


 麗華の表情は笑顔から真剣なものに変わっており、その目には自信が窺えた。


「そっか。じゃあ頑張って来い」


「行ってきます」


「行ってらっしゃい」


 恭介に送り出され、麗華はアークエンジェルに搭乗して転移門ゲートに向かう。


 カタパルトによって転移門ゲートに射出されると、予想以上の速さでびっくりした。


「きゃっ!?」


『あら可愛い』


 いつの間にかフォルフォルがコックピットのモニターに現れ、びっくりする麗華を見てニタニタと笑っているが、彼女にはフォルフォルに反論する余裕がなかった。


 レース会場に到着したところで、麗華はフォルフォルに文句を言う。


「人が怖がるところを面白がるなんて最低」


『もっと蔑むような視線でもう一度お願い』


「キモい。フォルフォルの中身って変態なのね」


『我々の業界ではご褒美ですなんて言ってみたりするけど、実際のところキモいって言われるとショック。私はただ麗華ちゃんを揶揄いたいだけなんだ』


 フォルフォルが真面目な顔で酷いことを言うものだから、麗華の視線は凍てつく一方である。


「さっさと廃工場に案内しなさい」


『はーい』


 麗華のアークエンジェルが入場門を通過すると、既に準備万端な7機のゴーレムがスタートの合図を待ち侘びていた。


 ライカンスロープとキュクロ、ジャック・オ・ランタン、エンジェル、モノティガー、ブリキドール、スイーパーの順に並んでおり、見覚えのある機体ばかりだと麗華は思った。


 (恭介さんばかりに負担をかける訳にはいかない。気合を入れなさい、私!)


 麗華が気合を入れてアークエンジェルをスタート位置で待機させれば、レース開始のカウントダウンが始まる。


『3,2,1,GO!』


 アークエンジェルが翼を広げてスタートダッシュを決め、一気に3位まで浮上した。


 廃工場のトラップは迂闊に触れたら危険なものばかりで、地上を走るゴーレムではそれらを躱していくのが大変だ。


 それに加え、廃工場に住み着いたモンスターがパイロット達の行く手を阻むのだから、陸を走るゴーレムでは苦戦するだろう。


 現に1位だったライカンスロープは、釣り天井を躱したタイミングで電流投網で足止めされてしまい、そこをエンジェルと麗華に抜かれて3位まで順位を落としてしまった。


「この展開になるのは予想できてたわ」


 昨晩、3回シミュレーターで廃工場の練習をしてみたが、いずれの場合もエンジェルとの一騎打ちになった。


 だからこそ、ここから先は空を飛べるゴーレム同士の1位争いになると予想できたのだ。


 そして、その1位争いでは銃撃戦になるのもお約束だった。


 風属性の弾丸での撃ち合いになり、どちらもそれに当たるような腕ではないから廃工場の設備にガンガン当たる。


 麗華が撃った弾丸が釣り天井を支える片側の鎖を破壊し、それがエンジェルの前で振り子のように邪魔をする。


 前方の障害物が一時的になくなり、麗華はそのまま進むことでエンジェルを抜いて1位に踊り出す。


 だが、エンジェルだってそのまま麗華を行かせないと蜂の巣にするつもりで2丁の銃を乱射する。


「エンジェルで私に勝てると思わないでよね」


 反撃だと言わんばかりに後ろ手に麗華も2丁の銃で攻撃すれば、その内のどれかがエンジェルの右翼と背中の接合部を撃ち抜いた。


 片翼だけではバランスが取れず、エンジェルは地上へとスピードを下げながら降りていく。


『ヒュ~♪ 翼が折れたエンジェル』


「煩い!」


 勝手にモニターに現れたフォルフォルを一喝し、麗華は当てやすくなったエンジェルのコックピットを撃ち抜いた。


 エンジェルの撃墜を確認し、麗華は1位のまま独走して2周目に突入する。


 2周目から先は他のゴーレムとの戦いではなく、自分との戦いだ。


 いかにミスせずに最も効率的なルートを選ぶか考え、トラップを躱して邪魔なモンスターを倒して進む。


 槍衾をスルスルと躱し、そのタイミングを狙った電流投網も華麗に躱した麗華はご機嫌だった。


「順調ね。今の動き、恭介さんは見ててくれたかしら?」


『余計なこと考えてないで集中しなよ。危ないよ?』


「喧しいわ!」


『えぇ…。私、正論を言っただけなんだけどなぁ…』


 確かにフォルフォルは珍しく正論を述べただけなのだが、普段の行いが普段の行いゆえに麗華に怒鳴られてしまった。


 3周目に入って少し進んだ所で事件が起きた。


「えっ、どゆこと?」


『あちゃー、隔壁が閉じちゃったかー』


 なんとフォルフォルの言う通りで通路が隔壁によって塞がれていたのだ。


 これはGBOでも滅多にない現象で、廃工場でゴーレム達が暴れ過ぎてしまうと休眠していたシステムの一部が作動し、ランダムに隔壁が閉じてしまうのである。


 隔壁を開くにはその場で1分待つか、耐久度が0になる間で攻撃して壊すしか方法はない。


「私の邪魔をするな!」


 麗華は2丁の銃で一転集中の射撃を始める。


 攻撃を続けること30秒で隔壁の中心に穴が空き、麗華はその穴を通って先へと進む。


 ところが、その30秒間で2位に浮上したモノティガーが後ろから迫って来た。


 モノティガーは口に左右両方に刃のある両剣を加えており、トラップをするりと躱して麗華の操縦するアークエンジェルと距離を詰め始める。


 足止めされていた麗華はまだトップスピードまで出せていないのに対し、モノティガーは既にトップスピードだ。


「あぁ、もう! こっち来ないで!」


 後方に向かって銃を乱射し、麗華はモノティガーの動きを誘導する。


 銃弾を避ければトラップのある場所を足場にしなければならず、銃弾を避けなければレースに支障が出るダメージを受けてしまうようにしたことで、モノティガーはトラップの方を選んだ。


 トラップの方が避けられると思っての判断だろうが、そこで足止めされた時間でアークエンジェルがトップスピードに乗り、どうにかそのままモノティガーを振り切ってゴールした。


『ゴォォォル! 優勝は傭兵アイドル、福神漬け&アークエンジェルだぁぁぁぁぁ!』


「ふぅ、危なかったぁ」


 ほっと一息ついた麗華は、コースから離れてコックピットのモニターに映ったレーススコアを確認する。



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レーススコア(ソロプレイ・廃工場)

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走行タイム:19分42秒

障害物接触数:1回

モンスター接触数:0回

攻撃回数:216回

他パイロット周回遅れ人数:1人

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総合評価:C

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報酬:資源カード(食料)50×1枚

   資源カード(食料)10×2枚

   資源カード(素材)50×1枚

   資源カード(素材)10×2枚

   7万ゴールド

戦闘勝利ボーナス:魔石4種セット×5

ギフト:金力変換マネーイズパワーLv2(stay)

コメント:ギフトを使えば隔壁を一撃で破壊できたのにね

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「むぅ、悔しい」


 1位だったけれど、前回のレースよりも総合評価が1つ落ちてしまったのは麗華にとって悔しいことだった。


 それでも、こんなところでいつまでも悔しがっているのは時間の無駄だから、転移門ゲートをくぐって格納庫に戻った。


 アークエンジェルのコックピットから降りて来た麗華を恭介が出迎える。


「お疲れ様。隔壁が閉じたのは厄介だったな」


「ごめんね。C評価だったから資源カードがあんまり貰えなかった」


「ドンマイ。2周目に槍衾からの電流投網を避ける流れは良かったぞ。元気出せって」


「…うん、わかった。タワー探索で挽回する!」


「そうだな。休憩したら6階層に挑もう」


 麗華がやる気なのは良いことだから、恭介は麗華が出発できるようになるのを待ってからタワーへと向かった。

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