第22話 やっぱり周回遅れにはできなかったね

 ザントマンから降りて来た恭介を麗華が出迎える。


「おめでと~。明日葉さんは今日もぶっちぎりの1位だったね」


「スタートでニトロキャリッジが自爆してくれたのがデカいな」


「あれは酷かった。ああいうの見ると、ニトロキャリッジは操縦したくないって思う」


「ハイリスクハイリターンなゴーレムだからなぁ。俺も手を出す気はないね。それよりも、今度は更科の番だ。敵がベースシリーズとはいえ、油断せずに走って来い」


「うん。行ってきます」


 麗華は恭介に手を振ってからエンジェルに乗り込み、転移門ゲートをくぐってレース会場に向かった。


 エンジェルがレース会場に到着した瞬間、フォルフォルがコックピットのモニターに現れる。


『やあ、麗華ちゃん。今日は君のレースデビュー日和だね』


「囚われた世界に天気なんてあるの? 空なんて見たことないけど」


 麗華がそう言うのも無理もない。


 普段の生活スペースは屋内であり、タワーもレース会場も白い空間に建物があるだけならば、空を見たことがあるとは言えないだろう。


『いやいや、麗華ちゃんがこれから挑戦する8サーキット、さっき恭介君が走ったトゥームレイクは屋外コースだから空があったじゃないか』


「どっちもどうせ作り物の夜空でしょ?」


『むぅ、随分と冷めたことを言ってくれるね』


 フォルフォルは麗華の発言を受けて眉間に皺を寄せた。


 8サーキットは照明のせいで星の見えない夜空であり、トゥームレイクは雲のせいで星が見えない夜空だ。


 どちらも綺麗な景色と呼ぶには少し無理があるから、麗華の発言を否定することは難しい。


 だからこそ、フォルフォルは麗華に痛い所を突かれて唸ったのだ。


「事実を言ったまでよ。それよりも、8サーキットへ入場門を繋げてちょうだい」


『しょうがないな。入って良いよ』


 光る入場門を麗華のエンジェルが通過したら、7機のゴーレムが既に位置に着いて待機していた。


 ただし、麗華が待合室パイロットルームのモニターで見ていた時と違いが生じていた。


「なんで雨が降りそうな曇天なのよ!」


『えー? 文句言わないでよー。麗華ちゃんが作り物っぽくない空を望んだじゃん。私はレースの難易度に影響を及ぼさない範囲でリアリティを演出してあげたんだ。そこは感謝こそすれど文句を言われる筋合いはないところじゃないかな?』


 雨や雪等の空から何かが降る天候だったなら、それはもっとリアリティがあっただろう。


 しかし、そのように天気を変えてしまえば、レースに支障が出て来るのは間違いない。


 恭介に難易度は変えないと言った手前、フォルフォルは難易度が変わらない範囲でリアリティのある空を用意したのだから、麗華に文句を言われるのは心外だった。


 麗華はここでこれ以上文句を言っていたら、いつまで経ってもレースを始められないと思って話を切り上げる。


「色々制約がある中で対応してもらっちゃって悪かったわね。そろそろレースに集中するわ」


『恭介君の走りには敵わないだろうから、少しはレースらしいレースになることを期待してるよ』


 それだけ言ってフォルフォルはモニターから消えた。


 恭介のレースは3回中3回が自分の操縦していない全てのゴーレムを周回遅れにしているから、本来であればレースとしては異常と表現するしかない。


 それに対して麗華だが、青銅ブロンズ製のエンジェルでレースに参加するから、同じく青銅ブロンズ製のベースシリーズとの戦いになる。


 だとすれば、恭介のレースよりも普通に順位を争うレースになりそうだと述べるフォルフォルは正しい。


 だがちょっと待ってほしい。


 GBOでは傭兵プレイしており、その中でも最も人気のあったアイドルと言っても過言ではない自分が馬鹿にされたとして、麗華が平気でいられるだろうか。


 いや、平気でいられるはずがない。


「OK。上等だわ。フォルフォルが望む展開になんて絶対にさせない」


 気合を入れた麗華がエンジェルをスタート位置まで移動させれば、レース開始のカウントダウンが始まる。


『3,2,1,GO!』


 エンジェルが翼を広げ、タイミング良くスタートダッシュを決めたことにより、前にいた4機を抜いて4位に浮上した。


「明日葉さんは武器を使ってなかったけど、私は違うからね」


 麗華は2丁ある銃で前後の敵を狙い撃つ。


 スタートでは大した差が広がっていないから、銃の扱いに慣れている麗華が3位のベースファイターと5位のベーススナイパーの頭部を撃ち抜いた。


 コックピットのモニターに映る映像は、ゴーレムの頭部にあるカメラを通してのものである。


 頭部を撃ち抜かれて壊れてしまえば、コックピットにいるパイロットは視界を完全に奪われる訳で、2機のゴーレムが最初のカーブの位置がわからず壁に突っ込んでしまった。


「まずは2機。お次は…」


 3位になった麗華は2位のベーススナイパーを失速させるつもりで、その脚を狙おうとした。


 ところが、麗華に狙われていることに気づいたベーススナイパーがカーブの内側と外側を往復することで、簡単には自分を撃たせない。


 それでも、インコースを捨てれば1位との差は開くし、3位の麗華との距離は縮む。


 距離が縮んでしまえば狙いやすくなるので、麗華はベーススナイパーの股関節の位置を撃ち抜き、それがバランスを崩してコースに転んだ。


 転んだベーススナイパーのせいで4位以下のゴーレムが巻き込まれ、1位のベースファイターと2位の麗華が操縦するエンジェルの一騎打ちになった。


 次のカーブに入るまでの間、麗華は2丁の銃を使ってベースファイターを狙って撃つのだが、ベースファイターは盾を後ろに構えて機体にダメージを受けないようにしている。


「ふーん、耐久戦がお好みなんだ?」


 麗華が盾でいつまで防げるか試してみると良いと言わんばかりに連射していると、2機は二度目のカーブに入った。


 撃ち続けながらも距離を詰めていたから、ベースファイターとエンジェルはほとんど並んでいる。


 その時、ベースファイターがカーブする方向に向かって駒のように回転し始める。


 盾で身を守りながら、剣を振り回すことで簡単には近づけさせないということのようだ。


「チッ、面倒な手を使って来るわね」


 麗華が少しだけスピードを落として外側から追い抜こうとするけれど、ベースファイターはそれをブロックするようにアウトコースに動く。


 それはあくまで左右の話なので、麗華はエンジェルを操作して高度を上げて空からベースファイターを追い抜いた。


 そして、カーブが終わって回転を止めたベースファイターに向け、後ろ手に2丁の銃を連射する。


 ずっと回り続けていたせいで、中のパイロットの三半規管がやられてしまったらしく、2位に転落したベースファイターは壁に衝突した。


 1位になった麗華は後ろから攻撃されることもなく、2週目と3周目はせいぜい邪魔するモンスターを撃つだけでそのまま1位を守り抜いた。


『ゴォォォル! 優勝は傭兵アイドル、福神漬け&エンジェルだぁぁぁぁぁ!』


「パイロットネームで呼ばれるのはゲームと一緒なのね」


 そう思いつつもゴールして麗華がコースから離れると、エンジェルのコックピットのモニターには、レーススコアが表示された。



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レーススコア(ソロプレイ・8サーキット)

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走行タイム:11分36秒

障害物接触数:0回

モンスター接触数:0回

攻撃回数:143回

他パイロット周回遅れ人数:0人

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総合評価:B

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報酬:資源カード(食料)30×1枚

   資源カード(素材)30×1枚

   3万ゴールド

戦闘勝利ボーナス:魔石4種セット×5

ギフト:金力変換マネーイズパワーLv2(stay)

コメント:やっぱり周回遅れにはできなかったね

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「何これムカつく」


 モニターに表示されたコメントを見て麗華はフォルフォルにイラっとした。


 もっとも、フォルフォルに文句を言ったところで態度を改めるとは思わなかったから、麗華はエンジェルを操縦して転移門ゲートをくぐって格納庫まで戻って来た。


 エンジェルから出て来た麗華を恭介が出迎える。


「お疲れ様。リアルで初めてのレースなら上々だと思うぞ」


「そう? 明日葉さんにそう言われると自信がつくわね。フォルフォルのコメントにはイラつかされるだけだったから」


「あれか…。うん、あれはイラっと来るよな。まあ、気持ちを切り替えてゴーレムの調整や明日の対策をしようぜ」


「そうね」


 この後、恭介はザントマンとボムスター零式の構成マテリアルをアイアンから木目鋼ダマスカスに変え、麗華はショップで買ったアイアンでエンジェルを強化した。


 それからの2人は、資源カードをカードリーダーに入れた後は満足のいくまで代理戦争に向けた打ち合わせを行うのだった。

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