第8話 その言葉が聞きたかった

 食後の雑談を終えて恭介と麗華は私室を増設した。


 5千ゴールドを払ったことにより、麗華の残金は1万ゴールドだけになった。


 私室をアップデートするには1万ゴールドかかり、もしも麗華がアップデートしてしまうと明日からの探索本番では金力変換マネーイズパワーが使えなくなる。


 いきなり無茶な事はさせられないだろうと楽観視できるような状況でもないから、私室があるだけ感謝すべきだと思うことにした。


 私室と言うと寝室のイメージがあるかもしれないが、GBOにおける私室もまさにその通りだ。


 寝るのはログアウトする時だけだから、私室の設備に不安を抱いていた麗華だけどその予想は良い意味で裏切られた。


 寝室とトイレ付ユニットバスを併設している空間が私室と定義されるらしい。


「アップデートしたらトイレと浴室は別々になるのかしら? 明日になったら明日葉さんに聞こう」


 麗華が恭介をさん付けするようになったのは、彼女の内定先グリードアグリで恭介が働いていると知ったからだ。


 このデスゲームから解放されたとして、先輩社員をうっかり苗字で呼び捨てだなんてことになったら不味い。


 恭介も将来的に会社で偶然麗華と会った時、明日葉と呼び捨てにされた時の周りの反応を想像して彼女の考えに賛成した。


「浴槽にお湯をためてお風呂にでも入りましょうか。明日に疲れを残したくないしね」


 麗華はパイロットスーツを脱いだ時、あることに気づいた。


「待って。洗濯ってどうすれば良いの? 着替えなんて持ってないわ」


 寝室のどこかに着替えはないかと探してみると、ベッド下の収納スペースに明日着れるパイロットスーツと下着、それにパジャマまであった。


 ついでに言えば、脱いだものは待機室パイロットルームに繋がるドアの隣の壁に投げ入れるようになっており、そうすることで新しい着替えがベッド下の収納スペースに追加されることがわかった。


 そのシステムを知って洗濯しなくて良いんだラッキーなんて喜んでいたが、麗華は恐ろしいことに気づいてしまった。


「待って。なんで私にぴったりなサイズの着替えが用意されてるの?」


 パイロットスーツと下着、パジャマがタグを見てジャストサイズだと知り、麗華は恐怖を抱いた。


 体のサイズを正確に知られているだなんて、プライバシーの侵害だと思ったけれど、既に現実離れした事態に巻き込まれているんだと思い直してあれこれ考えるのを止めた。


 とりあえず、浴槽にお湯が溜まったので麗華は風呂に浸かって今日の疲れを癒した。


 浴室にはボディーソープとリンスインシャンプーをはじめとした最低限のアメニティがあったので、体の汚れは墜とせた上に濡れた髪や体を乾かせないなんてこともなかった。


「ふぅ、良いお湯だったわ」


 パジャマに身を包んだ麗華は、そのままベッドに倒れ込んだ。


「…はぁ。夢でもドッキリでもないんだよなぁ」


 今朝グリードアグリから内定を貰い、これからは当分GBOをやり込めると思ってプレイしていたら、突然画面が変わって待機室パイロットルームにいた。


 最初はただのバグかと思っていたけれど、恭介が待機室パイロットルームに現れてからこれが現実と知らされ、気づけばデスゲームに強制参加させられていた。


 しかも、自分達の肩に日本の将来が懸かっているとなればその責任は重大である。


 勘弁してほしいと泣いたって誰も責めたりしないだろう。


 それでも、麗華は恭介が一緒で良かったと思っていた。


 自分だけでデスゲームに参加させられたら心が折れていたかもしれないが、頼りになる恭介がいれば自分も頑張れそうだと気持ちを奮い立たせているとも言える。


 ギフトは癖があるけど一発逆転を狙える金力変換マネーイズパワーだ。


 ゴールドがないと使えないから、今は恭介におんぶに抱っこの状況である。


「ちゃんと稼いで明日葉さんの足を引っ張らないようにしないと…」


 そう呟いた時には強い眠気に負けてしまい、麗華はそのまま眠りに落ちた。


◆◆◆◆◆


 麗華が増設した私室に入ったのを見届けた後、恭介も自分の私室に入った。


 1万ゴールド追加してアップデートも済ませているため、恭介の私室は麗華の私室よりも広くて設備も充実している。


 小型冷蔵庫と金庫がある寝室と浴室、トイレ、はそこそこ良いビジネスホテル並みの設備であり、浴室とトイレは麗華の予想通り別々だ。


 小型冷蔵庫には1L入りペットボトルのオレンジジュースとコーラ、緑茶、麦茶が入っていたし、飲み切っても次の日には飲んだ分だけ補充されると説明書きがあった。


 しかし、恭介が驚いたのはそこではなかった。


「何これ? コックピット?」


 アップデートした私室にはもう1つ部屋があったのだが、その部屋にはゴーレムのコックピットだけがあった。


 訳がわからなかったけれど、コックピットがあるならとりあえず中に入ってみようと思い、恭介はコックピットのシートに座った。


 普通のゴーレムと同じくコックピットを閉めて機動させてみると、モニターにフォルフォルが現れた。


『やあ、君なら早速シミュレーターを触ると思ってたよ、恭介君』


「シミュレーター? まさか、モンスターや他国のパイロットが操るゴーレムのデータが入ってる?」


『素晴らしいよ。正解だ。ただし、他国のゴーレムのデータが追加されるのは私室をもう一度アップデートした時だ。残念ながら、今はモンスターとの模擬戦か、レースのタイムアタックしかできないよ』


「そうか。それでもないよりずっと良い。ちなみに、レースではドラキオンを使えるんだよな?」


 大事なことだから恭介はフォルフォルの言質が欲しかった。


 フォルフォルは感心しながら頷いた。


『勿論使えるよ。レース本番は今ならきっかり12分で、シミュレーターの場合はドラキオンのデータでレースをしても黄竜人機ドラキオンのカウントはされない』


「その言葉が聞きたかった」


 恭介は言質が取れてニヤリと笑った。


『恭介君さぁ、本当にちゃっかりしてるよね。というか、私室をアップデートできたのってデスゲーム参加者で君だけだよ。他は食堂と私室を増設するのがやっとだし、私室を増設できなかった国もある。君だけこのゲーム2回目なんじゃないかってぐらい順調だね』


「そんな訳あるか。まだ本格的に始まってないとはいえ、デスゲームを繰り返す人生なんて勘弁してくれ。俺はただのロボット好きのサラリーマンなんだから」


『ふーん。まあ、今はそーいうことにしといてあげるよ』


 フォルフォルの含みを持たせた言い方に引っかかるところはあるけれど、それよりも気になることがあったから恭介はそちらを優先して訊ねる。


「あのさ、フォルフォルって他の代表者の情報を俺に教えちゃって良い訳? それって後で違反行為に該当するとか言ってペナルティにならない?」


『開示して良い情報と駄目な情報の分別はしっかりしてるから安心して。私が故意または過失で開示しちゃいけない情報を開示しちゃったとしても、それを見聞きした代表者が罰を受けるなんて展開にもならないからね』


「それなら良かった。フォルフォルのせいでとばっちりを受けるのは勘弁してほしいから」


『恭介君もなかなか言うよね。じゃあ、訊かれてばかりなのもあれだから、私からも質問するね。君、麗華ちゃんのこと狙わないの?』


 質問したフォルフォルの表情は下世話な雰囲気全開だった。


「その質問の意図はなんだ?」


『質問に質問で返すなって言いたいところだけど、これは答えてあげても良いや。今回のデスゲームってどの国の代表者も男女1名ずつなんだけどさ、どこもラブコメな感じがしないんだよね。だから、私が愛のキューピッドになろうかと思ってさ』


「表情通りの下世話っぷりだな」


『良いじゃん良いじゃん。私だってずっと君達のことを監視してるんだよ? 少しは人間ドラマとかラブコメ要素がないと見てて退屈なんだよ』


 (はい。ずっと監視してる発言いただきました。俺達のプライバシーは何処行った?)


 そんなことだろうとは思っていたけれど、その予想の言質が取れてしまって恭介はフォルフォルにジト目を向けた。


「俺達はフォルフォルを楽しませるためにここにいる訳じゃない。つーか、拉致られてる時点でフォルフォルの都合じゃないか」


『そ れ な ☆』


 フォルフォルのリアクションにイラっとしたため、恭介はフォルフォルを無視してシミュレーターを使い始めた。


 フォルフォルも恭介の邪魔をするつもりはないらしく、モニターの画面から消えた。

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