第9話 この商売上手め

 恭介がシミュレーターを操作してすぐに、バトルモードとレースモードが選べる画面が表示された。


 バトルモードは模擬戦(モンスター)と模擬戦(パイロット)に分かれていたが、今は模擬戦(パイロット)の選択肢がロックされており、模擬戦(モンスター)しか選択できなかった。


 次にアップデートすれば、模擬戦(パイロット)が解禁されるとフォルフォルは言っていたので、明日はなんとしても私室をアップデートしても余裕があるぐらい稼ぎたいところである。


「使用できるゴーレムは俺がこのゲームで操縦したか設計図のあるゴーレムだけなのか」


『その通り。現時点だと操縦可能なゴーレムしか使えないよ』


 ボソッと呟いた恭介の言葉に反応し、シミュレーターの画面上にフォルフォルが現れた。


「現時点ってことは、次のアップデートで使用できるゴーレムも変わる?」


『変わるね。次のアップデートで同じ国の相方が手に入れたことのあるゴーレムが使える。その次で他国の代表者が手に入れたことのあるゴーレムも使えるようになるよ。ギフトは例外だけどね。どうだい? アップデートしたくなるだろう』


「この商売上手め」


『でしょ? 私室のアップデートは住環境が良くなるだけじゃなくて、手に入る情報量も増えるのさ。アップデートを上手く活用してこのデスゲームを有利に進んでくれるよう祈ってるよ』


 フォルフォルの言う通りだったから、恭介は間違いないと頷いた。


「使用できるゴーレムの制限はバトルモードもレースモードも同じか?」


『同じだね。ついでに言えば、ゴーレムの情報はリアルタイムで反映されるよ』


「つまり、シミュレーターを使った欺瞞作戦はできないって訳だ」


 例えば、ゴーレムの情報が日付変更ごとにしか変わらないのならば、ギリギリまで設計図のままにして日付が変わってからゴーレムを設計するなんて手段で他国の代表者に偽の情報を流すことができる。


 しかし、リアルタイムならば欺瞞作戦はできないので、素直に私室をアップデートするしかないと言える。


『正解。いやぁ、実現しなかったものの恭介君はなかなかの策士だね』


「使えるものは使う。それだけだ」


『素敵やん』


「なんで関西弁なんだよ」


 予想だにしていない関西弁のリアクションが飛んで来たから、恭介は思わずツッコんでしまった。


 ボケに対してツッコミが返って来ると嬉しいらしく、フォルフォルはニコニコしながら答える。


『そう言えって私のゴーストが囁いたんだ』


「フォルフォルの正体は全身義体のサイボーグって認識でOK?」


『な い しょ ☆』


 多分違うだろうなと思いつつ、フォルフォルの情報が手に入れば儲けと思って質問してみたけれど、フォルフォルの回答がふざけたものだったので恭介は額に青筋を浮かべた。


 それでも深呼吸して気持ちを整え、新たな質問をフォルフォルにぶつける。


「更科が私室をアップデートしたとして、シミュレーター同士の対戦とかマルチプレイでバトルとかレースってできるの?」


『君は目の付け所が違うねぇ。恭介君があと1回アップデートして、麗華ちゃんがあと2回アップデートすればできるよ』


「そうか。ノーリスクで連係を練習できるのはありがたいな。ただ、更科が2回アップデートするには2万5千ゴールドかかるんだよな」


『お金はあるに越したことがないよね』


 アップデートの金額は1回につき5千ゴールドずつ値上がりしていく。


 麗華のギフトが金力変換マネーイズパワーでなければ、設備投資にもっとお金を使えるけれど、たらればの話をずっと考えていても無駄なので、恭介はすぐに頭を切り替えた。


 明日のことを考えると睡眠時間もしっかり確保しておきたいから、フォルフォルとの会話を終えて恭介はバトルモードで本番のタワーで戦うであろうモンスターと模擬戦してみた。


 (ライカンスロープを使えば余裕があると考えて良さそうだ)


 恭介には思いついたことがあったので、一旦ライカンスロープで明日戦うだろうモンスターと模擬戦したのだが、特に問題なく倒すことができた。


 これならば黄竜人機ドラキオンは明日のタワー探索で使わなくても良いと感じ、恭介はシミュレーターをバトルモードからレースモードに変更する。


 その瞬間、フォルフォルが画面に現れる。


『どちらかと言えば、恭介君はバトルよりもレースの方が好きなのかい?』


「バトルにはバトルの良いところがあるけど、ロボット同士のレースの方が好きだ」


『レースでハイスペックなゴーレムを使うためにGBOではタワーにもガツガツ挑んだ訳だ』


「そんなところだ。ドラキオンは今のところ俺の最高傑作だから、第3回のゴーレムレースだけで出番を終えるなんてことにならなくて良かったぜ」


 恭介はギフトが黄竜人機ドラキオンになって本当に良かったと思っている。


 もっとも、フォルフォルがこんなデスゲームに自分を巻き込まなければ、ずっとGBOを純粋に楽しめたので、フォルフォルに感謝している訳ではないのだが。


 それはさておき、シミュレーターで体験できるレースは明日から参加できるレースだ。


 障害物となるオブジェクトやモンスターこそGBOと同じだったが、レース会場はGBOのものと異なっていた。


 だからこそ、恭介はドラキオンを使って満足できるレースができるまで何度もリトライした。


 そして、満足できるタイムが3回連続で出せたところでシミュレーターの電源をオフにした。


 (風呂に入って寝よう)


 時刻は午後11時を過ぎていたから、恭介はてきぱきと風呂に入った。


 アップデートされた私室に付属する浴室の風呂は脚を伸ばせる程度には広く、その上薬湯だったおかげで体の調子が心なしか良くなったように感じた。


 風呂から出た恭介は髪を乾かし、パジャマを着てからストレッチをする。


 風呂上がりにストレッチするのは、学生時代からの習慣になっていて社会人になった今でも続いている。


 柔軟な体であれば怪我はしにくくなるし、このデスゲームにおいてもやっておいて損にはならないだろう。


 そう信じて恭介は今夜もストレッチを行った。


 普段なら寝る前にスマホをいじったりしたけれど、フォルフォルに連れて来られたこの空間にはスマホなんてない。


 ノートパソコンもなければ本もないから、現状だと娯楽が全く存在しないのだ。


 幸いなことに、恭介にとってシミュレーターは娯楽にもなり得たから耐えられるが、恭介レベルでゴーレムが好きでなければ辛く感じるに違いない。


 いや、先のことを考えればゴーレムを嫌いになることだってあり得る。


 何故なら、代理戦争では他国の代表者とゴーレムを操縦して戦い、それが原因でゴーレムに乗るのがトラウマにならないとも限らないからだ。


 本格的に他国の代表者と殺し合いをしていないからまだ平気かもしれないが、今後も同じとは限らない。


 ベッドに横たわった恭介は、目を閉じてすぐに眠気に襲われて眠りについた。


◆◆◆◆◆


 恭介と麗華が眠りについた頃、待機室パイロットルームのモニターの電源が勝手にオンになる。


 それは怪奇現象が起きたのではなく、デスゲームを運営するフォルフォルの仕業だ。


 ただし、モニターに映るフォルフォルの数は10体であり、それらは円卓についていると補足しておこう。


『やあ』


『『『…『『やあ』』…』』』


 10体のフォルフォルはいずれも本体の分身であり、それぞれに個性がある訳ではない。


 したがって、挨拶をしてもそれに対するリアクションは他の分身と変わらない。


『えー、今日の会議はチュートリアルの成績がトップだった日本担当の私が進行役だよ。ぶっちゃけ各国のパイロットのデータは同期してるから知ってるけど敢えて訊こう。みんな、担当してるパイロットはどんな感じだい?』


『片割れの筋肉自慢が鼻につく』


『なんか胡散臭い喋り方が気になる』


『ビールを寄越せって煩い』


『祖国にゴーレムを持ち帰りたいってしつこく交渉してくる』


『不満ばっかり言ってつまらない』


 日本担当のフォルフォルは他のフォルフォルの話を聞いて優越感に浸った。


 それを見抜いたA国担当のフォルフォルが声をかける。


『日本のパイロットは見てて面白いんだろう? 羨ましい限りだよ』


『まあね。男の方のパイロットが大変興味深いよ』


『良いなぁ。私の担当するパイロット達にも明日から楽しませてもらいたいね。ところで、彼等の国と彼等の連絡可否についてはどうしよっか? 連絡を取らせろって煩いパイロットが半分もいるんだ。無視はできないよ』


『そうだね。時間制限ありの通話か、文字数制限ありのメッセージでどう?』


『それ面白そう。ちょっと検討してみよっか』


 フォルフォル達の会議は翌日の明け方まで続いた。

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