特別な能力
三鹿ショート
特別な能力
私は、街中でとある男女を目撃した。
笑みを浮かべて会話をしながら歩いていたのだが、不意に女性が立ち止まった。
男性は一人で歩を進めていることから、どうやら彼女の行動に気が付いていないらしい。
やがて、彼女が男性から顔を逸らすと同時に、男性の頭上に巨大な鉄の塊が落下してきた。
どうやら工事現場のものらしく、男性の生命の灯火が消えたことは誰が見たとしても確実であるために、周囲は騒然と化した。
だが、私は直前の彼女の行動が気になっていた。
まるで、彼女はこうなることが分かっていたかのようではないか。
思わず、立ち尽くしている彼女に私は問うた。
彼女は目を見開くと、場所を移動して話すことを望んだために、我々は近くの喫茶店へと向かった。
其処で、彼女は神妙な面持ちで語り始めた。
「私は、他者の寿命を知ることができるのです」
仲が良かった男性を失ったことで、彼女は思考を乱されているのではないか。
***
彼女が己の能力に気が付いたのは、幼少の時分だった。
横断歩道で信号機の色が変化することを待っていた彼女は、隣に立っている女性を何気なく見たとき、女性の頭上でとある映像が流れ始めたことを奇妙に思った。
首を傾げる彼女を余所に、女性の名前と年齢、そして日付が記載され、やがて女性が自宅で眠っていたところ、火事に見舞われて生命を失う様子が映し出された。
彼女は母親にそのことを告げたが、馬鹿なことを言うなと窘められただけで、それ以上言及することはなかった。
しかし、彼女が映像で目にした日付にくだんの女性が火事で死亡したという報道を目にすると、母親は娘に対して、
「たとえ奇妙な映像を見たとしても、それを口外しては駄目です。徒に相手を不安にさせてしまうことになりますから」
彼女はその言葉を確実に理解したわけではないが、それから他者に明かすことはなくなった。
ゆえに、数日後に母親が通り魔によってその生命を奪われることもまた、告げることはなかったのである。
だが、彼女は成長していくにつれて、他者がこの世を去るまでは幸福な生活を送ってほしいと考えるようになった。
明日にでもこの世に別れを告げるというにも関わらず、その人間が誰にも相手にされず、孤独なままであることが、彼女には悲しく思えたのである。
だからこそ、彼女は近いうちに寿命が尽きてしまう人間と交流し、その心を満たそうと行動しているのだった。
***
彼女が私に対してそれほど重要な話を明かした理由は、男性の死の直前における彼女の不審な行動を目にしたからなのだろう。
しかし、その行動と今の話から、彼女がそのような特別な能力を有していると信ずることはできない。
道を行く人間を指差し、今から数秒後に自動車に撥ねられるなどと告げられなければ、その能力を有しているという証明にはならないのだ。
私がそのことを告げると、彼女は首を横に振った。
「そうすることは簡単ですが、弊害が生じてしまいますから、実行することはできません」
「弊害、とは」
「あなたがそれを相手に伝えることで死を回避することが出来たとしても、決められた時間を守らなかったということで、さらに酷い最期を迎えることになってしまうのです」
いわく、仲が良かった友人に対して、一度だけ寿命の件を伝えたことがあったらしい。
それによって、友人は一度だけ死を回避することができた。
元々は、落下してきた看板の下敷きになるという最期だったのだが、それは異常者によって臓器を全て摘出されるという悲惨なものへと変化してしまったらしい。
それ以来、彼女は他者に最期を伝えることを止めたということだった。
話を聞いて分かったことは、彼女が優しい人間だということである。
死を回避することができるのならば、おそらく彼女は全ての人間にどのような最期を迎えるのかを伝えていただろう。
だが、それを伝えることで、より悲惨な最期を迎えることになると知ると、せめてこの世を去るまでの間は幸福に過ごしてほしいと考え、その手助けをすることにした。
彼女の能力が本物かどうかは不明だが、私は彼女の優しさに心を打たれた。
それ以来、私は彼女とともに、近いうちに寿命が尽きる人間の生活を支えるようになった。
数日後にはこの世を去るにも関わらず、それを知らずに笑みを浮かべている相手の姿を見ることは、なかなかに辛いものがあった。
彼女がこれまで一人でこのようなことを行っていたことを思うと、頭が下がる。
***
とある人間の最期を目撃した後、彼女はしばらく活動を控えると告げてきた。
たとえこのような活動に慣れていたとしても、精神的な疲労が蓄積することに変わりは無いようだ。
私は彼女の意志を尊重し、しばらくは二人で過ごすことにした。
考えてみれば、これまでは彼女と二人で行動することなどほとんど無かったために、この時間は新鮮なものだった。
これまで目にすることが無かった彼女の姿に、口元が緩んでしまう。
その日もまた、彼女と共に外出していたのだが、気が付くと、隣を歩いていた彼女が数歩ほど後ろで立ち止まっていた。
何事かと問おうとしたとき、私は思い出した。
この状況は、私が初めて彼女を目にしたときと、同じではないか。
とっさに頭上に目をやると、何かが迫ってきていることが分かったが、逃げる暇は無かった。
特別な能力 三鹿ショート @mijikashort
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます