第3話 12歳、スキル鑑定の儀

 この世界では、大抵の人間がひとつ以上持っているとされている『スキル』。


 魔力を練り上げて使う魔法とはまた別で、各自の魂に固有のものだとされ、神からのギフトとも呼ばれる。


 スキルの種類によっては、子供の頃から漫然と使用している者たちもいる一方、基本的には12歳になったおりに、神殿で正式鑑定してもらうのがならわしとなっている。


 ラフィリアもその例に漏れず、12歳の誕生日に父と神殿を訪れた。


 この頃の彼女は父親が苦手であった。母が生きている頃は、隣に並んで遜色そんしょくのない美丈夫と思えたものだが、近頃ではめっきりと神経質になり小言も増えた。2年前、母を失ってから、それなりに仲の良かったはずの家族は、各々おのおのがてんでバラバラの方を向き始めてしまっていた。


 父娘二人、無言で王都の大神殿の中へと進んでいく。公爵家の鑑定と言うことで、最奥の部屋で高位の神官が立ち会うらしい。


 入ってすぐの回廊には、同じく鑑定に赴いたと思わしき親子連れがひしめいていた。その中で、1人の男の子が楽しそうに高く飛び跳ね、父親が歓声を上げて、母親にたしなめられていた。3人とも嬉しそうな笑顔だった。


 (あの子、『身体強化』だったのかな)

 

 いいなぁ、とラフィリアは思った。一番人気のスキルである。『魔力強化』同様、使い勝手が良い。


 スキルというのは、実は千差万別であり、数多くの種類が存在する。尊ばれる希少なスキルから、何に使うのかよく分からないものまで多種多様。その中でも自己強化系のスキルは一般に保有率も高く、効果が分かりやすいため喜ばれる。変なレアスキルを持つより、よくあるけど実用的なものの方が良いのである。


 (わたくしのは何だろう)


 ラフィリアはトクトクと鳴る胸元を押さえる。両親と姉兄は常時展開型のレアスキルだったはずだ。高位貴族には発動型のものより、そういった、存在するだけで場に影響を及ぼすタイプのスキル持ちが多いと聞く。ただ、詳しくは知らない。保有スキルというのは極プライベートな内容で、場合によっては機密として扱われることもあるので尋ねるのは失礼とされる。本人が公表しているのでなければ、無理に聞き出すものではない。


(……付与型……だったりしたら良いな)


 自己強化型と並んで人気なのは、他者強化型とも言われる『付与系』だ。

 こちらは他人の能力を高めることができ、医療分野や軍事面その他で引っ張りだこのスキルである。保有していれば、まあまず食いっぱぐれないと断言していいので望む人が多いが、発現率は少なく、数百人に1人程度らしい。


 (万が一、身体強化付与だったりしたら、お兄様は喜ぶかしら)


 兄がスキル鑑定を受けた時の話だ。

 両親と神殿に行った兄は、どうやら父と同じ常時展開型のスキルと判断されたらしい。


 本人は、何てことなかったと淡々と振る舞っていたが、自室でガッツリ落ち込んでいた。


 あれはどうも、身体強化が良かったらしいよと母が笑いを噛み殺し、同じスキルなのに落ち込まれた父は複雑そうな顔でむっつりしていた。

 男の子はとにかく強いとか大きいとかが好きだねと母は言い、自分は父子ふたりのスキルが大好きだけどと父を慰めていた。

 オロオロするばかりのラフィリアは、母にしばらく放っておいてあげようとさとされ、ちなみに姉と言えば、だったら自力で鍛えればいいだけでしょうにと苦言を呈していた。


 優しい、家族の記憶。

 あれも確か2年前のことだ。

 ……母が亡くなる、直前の話。


 兄に、身体強化を付与してあげたら喜ぶだろうか。いや、余計なことをするなとねてしまうかもしれない。近頃、全く話していないので、反応が想像しづらい。


 そういえば、そろそろ寄宿学校に入ってしまうというのに、どうしたら良いだろう。

 入学祝いなんてしたら喜ぶだろうか? 帰ったら姉に相談してみよう。


 そんなとりとめのないことを考えていると、ふっと笑みが漏れた。

 

 ……付与系を授かるのは夢物語だとしても。

 

 (――わたくしは――誰かの役に立つようなスキルだと良い)


 そっと拳を握って、顔を上げた。そのまま、ひと気の減った回廊を進んでいき、やがて立派な扉の部屋へと招き入れられた。



 

 スキルの鑑定は、鑑定石に身体のどこかを触れあわせればいいらしい。

 そこで浮かんだ文字を神官が解釈して本人に伝えられるのだと、きらびやかな僧服を纏って分厚い本を携えた老神官が教えてくれた。

 

「さあ、お手をどうぞ」


 笑顔で促されて、ラフィリアはちらりと父を見たが、向こうは変わらず無言で立っているだけだった。

 ため息をつき、そっと板状の石に手を置く。するとふわりとほのかな光が舞って、鑑定石の上に何か文字らしきものが浮かび上がった。それは、極短いものに見て取れた。



『かくせい』



 これ――――ひらがな……?


 その文字を知覚した途端、ラフィリアは自分の中から膨大な何かが湧き上がってくるのを感じた。一気に噴き出したそれは、彼女が知るはずもない別の世界で一生を過ごした人物の記憶であった。

 ラフィリアの意思などおかまいなしに、次から次へと流れ込んでくる情報。しかし彼女はその多くを掴み損ねた。ほとんどのものは彼女の中を巡り巡って、やがて外へとあふれ出し、霞のように消えていく。

 後から思えば、これは一種の防御反応であったのかもしれない。全て受け止めていたら、神経が焼き切れていたことだろう。

 最終的に彼女の中に残ったのは、感情の乗らない、ごく表面的な情報だけであった。

 例えば、飛行機は分かるのに、自分がそれを好きだったか嫌いだったか、乗ったことがあるか、どんな気持ちを頂いたことがあるかなどの、エピソード記憶は全くない。

 そうやって大多数を切り捨てたというのに、それでもなお、あまりの情報の多さに眩暈がする。息を乱し、よろけて後ろの父にぶつかった。


 「これは……ふむ、どうやら珍しいスキルのようですな」


 老神官は少々困ったように、手元の書籍をめくり続ける。ラフィリアの様子には、気が付いていないようだった。

 彼曰く、鑑定石に現れるのは神世かみよの文字であり、通常では判読不能なものであること。神殿は、これまでに発現したスキルを表す『記号』を長年にわたって記録し続けていること。スキル鑑定というのは、言わばその経験則に則って当てはまるスキルを伝えることであると説明してくれた。


「ご令嬢のスキルは……こちらなどが近いですかな?」


 恐らくスキル辞書のようなものだろう、手元の本を指し示しながら尋ねられる。覗き込むが、神代かみよの文字とされている部分は、なるほど何が書いてあるか分からない。


「……こちら……ですか?」

「似ておりませんかな?」

 

 彼には似た文字に見えるのかもしれないが、ラフィリアは首を振った。だってそれ平仮名じゃないし。


「ふぅむ……、これでも私は当神殿の中ではスキルに関して詳しい方だと自負しておるのですが」


 少し悔しそうに唸って、先ほどよりも倍速で本をめくり始めた。彼がこれではと思うページを幾つか見せてくれたが、やはりどれも読めるものではなかった。


(というか、これって神殿の秘事ひじに当たるのじゃないかしら?)


 おいそれと小娘に見せてしまっていいのだろうか。いや、確かに読めたものではないから悪用のしようもないのだけれど。


「……それで、娘のスキル鑑定はどうなるのだ」


 それまでのやり取りを黙って見ていた父がしびれを切らしたように言う。


 神官はラフィリアに合わせて中腰になっていた背筋をしゃんと伸ばして、軽く咳払いした。


「稀にあることでございますが、記録にない新しいスキル、または希少すぎて歴史に埋もれてしまったスキルなどが発現した場合は、結果は暫し神殿預かりとなります」


 神殿内で検討、審議し、または各地にある別神殿へ書簡を送り、同じスキルの発現例がないか調べるのだという。


 「つまり、今は分からないということだな?」

 「私に覚えがないということは、この神殿にある記録にはないものと存じます」


 言い切った神官に、ラフィリアは凄い自信だわと尊敬の目を向けた。先ほどの態度から、もしかしたら『スキル』マニアみたいな人なのかもしれない。


 「神殿からはお答えできませんが、ご令嬢ご本人がスキルをご使用になり、効果のほどを確認するという方法もあります」


 お試しになってみられては?と水を向けられて、ラフィリアは瞬いた。


「何だか分かってなくても使えるんですか?」

「無論です」


 強化系などに多いが、鑑定を受ける前から、『何となく』『本能的に』スキルを使っている事例は少なくないのだという。もちろん、鑑定されて自覚した事で強く発現したり使いこなせるようになっていくので、儀式自体はやはり重要なものと考えられているが。


「お心当たりは?」

「……ありません」


 だって、『かくせい』である。

 確かに今さっき、前世の記憶に覚醒したけれど、それでいいんだろうか。何か違う気がするのだが。

 

「結局のところ、『スキル』は『神からの恩寵おんちょう』です。個々の魂にたまわったもの。ですから、その神の想いに添い、自らの中に目を向ければ自ずと使うことができるはずです」


 神殿ではそう教えております。

 おごそかに言われてしまい、ラフィリアは思わず下を向いてしまった。自らの中に目を向ける前に、自らの中からとんでもないものが飛び出してきて大混乱をきたしているのだがどうしたらいいのだろうか。

 スキル名が読めます、それは私が前世で使っていた文字で、ついでに別世界と思わしき所で過ごしていた頃の記憶も多少なりと思い出しました。……なんて言ったら、とんでもないことになりそうだ。

 ちらりと老神官を見上げる。正直に言ったら、モルモット扱いか病院行きかな。

 父の方も見る。うん、外聞をはばかって修道院行きかな。それで神殿の管理下でやっぱりモルモット。


 ――沈黙は金なり。ラフィリアは大人の判断を下した。ありがとう、前世の記憶。



 

 ラフィリアはおずおずと顔を上げ、老神官に尋ねた。


「あの、どんな風にすればいいでしょうか? その、コツみたいなのは?」


 お祈りでもすればいいのかしらと訊く少女に彼は少し考えて、


「例えば発動型でしたら、『スキルを発動する』と意識なさればよろしいのではないかと」

「……『発動』」


 とりあえず目を閉じて、胸元に手を当ててみた。……発動、発動、発動。せーの!

 ぐっと息をつめて、力を入れてみる。すると、何か、彼女を中心にふわりと拡がるものがあった。

 微かに、ブブブ、ブツブツと言った雑音めいたものが耳元でする。


 (……あれ? この音って)

 

 前世で聞き覚えのあるそれ。キーンとかブツブツという機械が漏らす音。……まるで、何か放送をしようとしている時のような。

 ラフィリアは目を開け、辺りを見回した。高位貴族用の部屋らしく、内装は凝っている。彼女達の他に二組が、それぞれ別の神官から鑑定を受けているようだ。どちらも男の子だった。

 ラフィリアはドキドキしながら考える。今この場所で言葉にするなら何だろうか。違っていても失敗しても、大惨事になりにくそうなもの。

 ようやく浮かんだそれを、深呼吸してから口にする。自分の考えが違っていたら恥ずかしいので、極小さく、ぽそりと呟いた。

 ――すると。

 

 『――お誕生日、おめでとうございます』


 室内いっぱいにラフィリアの声が響き渡って、人々がぎょっとしながら顔を上げた。今のは何だ、と訝し気な面持ちできょろきょろする大人達。ちなみに老神官と父は、驚愕を顔に張り付けている。


 (うん、なるほど。そっちの字なわけね)


 ラフィリアは、何ともしょっぱい気持ちで荘厳な神殿の天井を見上げた。

 ――彼女のスキルが、『拡声』だと判明した瞬間であった。

 

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