第2話 支援金3ヶ月分の女
ラフィリアはやや現実逃避気味に、この数日の出来事を思い返していた。
一日目。
父から二人分の婚約を言い渡される。
姉、激怒。
二日目。
父と姉が王宮に呼ばれる。
話し合いが長引いて帰ってこず。
1人、就寝した所、拉致される。
辺境行きの一団に合流。
三日目。
早朝、
王命による辺境行き決定。拒否権無し。以降、強行軍開始。
四日目。
ひたすら強行軍。
五日目。
強行軍、のち到着。
そして受け取り拒否される。
……まるで出来の悪い喜劇のようである。いや、知り合いに話したら、うまいことネタにしてもらえるだろうか。
(お姉さま、心配してるでしょうねぇ……)
妹が突然連れ去られたのである。それは気を
母が亡くなって以来、末っ子に無関心な父や兄と違って、姉だけがラフィリアを可愛がってくれたのだ。
(あ、でも
ちなみに姉は
先日の父に向けた、躾の悪い子犬を
「それでは、我々は失礼します」
「――えっ?」
うっかり
「どうぞお幸せに」
なれないとは思うけどな、という副音声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいではないだろう。
とりあえず唯一の私物を受け取った彼女は、社会人の礼儀として彼に軽く頭を下げた。ここまで連れてきてもらったのは確かなので。大変に雑な扱いではあったが。
王都からの一団が城門から出ていく。それを見送る婚約者(?)さまの厳しい顔。同じく、苦々し気な騎士団と思わしき武人たちに、戸惑いを隠しきれない使用人たち。
土煙と重たい空気だけが城の前庭に残った。あとは申し訳程度に置かれた木箱や樽。あれが支援物資とやらだろうか。
「……あーー、ほら、エリアス様?」
こそこそと囁く声が聞こえて、そっと窺い見れば、婚約者さまの後ろに居た大柄な騎士がちょいちょいと彼をつついている。
「何だ、ラルフ」
「何だじゃないでしょ。ほら! ……全くこれだから坊ちゃんは」
「坊ちゃんは止めろ」
「女性に最低限の気遣いが出来ないようじゃあ、坊ちゃんで十分っす!」
そこまで言われて、ようやく彼はラフィリアの方を見た。
「失礼、ご令嬢」
「はい」
「こちらに王の勅命書があるのだが、内容が全く理解できない。共に確認してもらえないだろうか」
「……あ、はい」
書簡を手に歩み寄ってこられて、とりあえず頷きつつ、彼の背後に視線をやれば、ラルフと呼ばれた大柄で濃い金髪をした騎士が頭を抱えていた。……何だか申し訳ない。
気を取り直して、広げられた勅命に目を通す。こちらが見やすいよう、位置を調節してくれる所に真面目さと優しさを感じてちょっとほっこりする。
そこには、ほんの少しの資材の目録と、ラフィリアの名が記されていた。
曰く、ラントゥ公爵令嬢を次期辺境伯の伴侶として手配することを、王家からの支援とする、と。
――支援、とは?
疑問の目で相手を見上げると、彼はひとつ頷いて説明してくれた。
「当領地の事情は把握しておられるだろうか」
「あ、はい……魔物が大量に発生する土地に隣接していて、その防衛を担っておられると」
「その通りだ。そして、その負担は他領の比ではない」
その為、ヴィンディック領は国から幾つもの優遇措置を受けている。免税や物品並びに資金の補助などがそれに当たり、また、その支援は先代の国王が始めたものだった。
「現王陛下は、どうもそのことを疎ましく思っておられるようでな」
「……まぁ」
年に4回、3ヶ月単位で支払われてきたそれらは、近年には到着が遅れたり、内容が約束の額に満たないことが増えてきていたという。
「今回も、遅れていた。あまりひどい様なら王都に抗議を送らねばならない為、父の代理で私がこちらまで出向いていたんだ」
エリアスが、ふぅと息をつく。それはずいぶんと苦悩の混ざったものだった。
「……さんかげつぶん」
思わず呟いて、ちらりと書簡を見た。ラフィリアの名前以外の品物は微々たる量だ。とてもとても、一国が一領地に支援として贈与する額に見合うとは思えない。――そうなると、つまり。
(わたくしがその三ヶ月分に
ラフィリアは
ちょっと待って欲しい。冗談ではない。自分にそんな価値があるとは到底思えない。何だこの嫌がらせ。国王陛下は何を考えているのだ。
ただでさえ、歓迎されているとは言い難いのに、更にハードルを上げないで頂きたい。
「――で」
あわあわしていると、ラルフと並んでエリアスの後ろに詰めていた、
「ギルドへの支払いはどうするんですか、
「シンナン!?」
無表情に淡々と言ったシンナンという騎士を、ラルフが悲鳴を上げて押さえつける。
「お前は余計なことを言うなよ……!」
「余計じゃない。今、一番重要だろう」
わちゃわちゃしている大男二人を、静かな目に見やって、エリアスは言った。
「……問題ない」
――今は、かろうじて。
そんな言葉が続きそうな回答にラフィリアは顔をひきつらせた。
「あの、失礼ですがギルドとは」
「……冒険者ギルドと傭兵ギルドだ。戦力として、兵や魔法使いを借り受けることがある」
正規の騎士たちだけでは手が回らないこともあるのだろう。
(つまり、支払いが滞った場合、死活問題になるのでは?)
徐々に顔から血の気が引くのを感じていると、強い視線を感じて、そちらに目を向ける。
シンナンが押さえつけられながらも、じっとラフィリアのことを見ていた。観察していると言ってよさそうな凝視度合いに、つられて相手の事をまじまじと見てしまう。
硬質そうな黒髪を首筋で束ねていて、一重の瞳は切れ長。遠目なので分かりにくいが、顔の造りや名前の響きから言っても移民かもしれない。
「そちらのお嬢様は……腕っぷしって感じじゃないから、魔法がお得意か?」
「お前、何言ってんの!?」
「皆、名前を聞いて驚いていただろう。強くて有名なのかと」
「どエライお家のお姫さまだから驚いたんだよ!!」
ラルフが叫ぶ。シンナンの問いに対して、ラフィリアは苦笑を返した。
「ご期待に沿えず申し訳ないのですが、魔法は……」
この世界、誰でも大なり小なり魔力は持っているものの、いわゆる『魔法使い』と呼ばれるレベルになるには、相応の才能と鍛錬が必要になる。前世でいうところのスポーツ選手みたいなものだ。残念ながら、ラフィリアにその素養は無かった。
「じゃあ何で、ここに送られたんだ?」
――ビシッ!
空気が固まる音がした。恐らく、誰もが思っていても訊けないだろうことをドストレートに言葉にしたからだ。ラルフが慌てて、とりなすように叫んだ。
「あ、分かった! お嬢様はあれでしょう、ウチの領向きのスキルの持ち主とか!」
その言葉に、全員の視線が彼女へと突き刺さった。それも、ただ注目しただけでなく、まるで
エリアスまでもが、真剣な顔をして彼女のことを覗き込む。
「……そうなのか?」
「あっ、いえ、すみません! 違うんです!!」
これはまずい、期待させてはいけない。慌てて首を振り、何と説明したものかと考える。
「わたくしのスキルは、その、……『
意を決して口にすれば、案の定、説明を求める顔をされた。
「……それは、どのような?」
「あの、ええと、こ、声を大きくして届ける――だけなんです!!」
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