手間は惜しまない

三鹿ショート

手間は惜しまない

 自分が異常だということは、理解している。

 だからこそ、集団から排除されてしまうような事態に遭わないために、常に周囲の目を気にしながら生活していた。

 それが功を奏したのか、今では良き妻と娘と共に、笑顔が絶えることがない毎日を過ごすことができている。

 だが、私の笑顔は作り物であり、望んだ日々では無いこともまた、分かっていることだった。


***


 陽が差し込むことが無いような場所を次から次へと訪問している理由は、私の欲望を満たすことができる場所を探しているためである。

 最低限の条件を満たすことが出来る場所は幾つか発見したものの、私の行為に泣き叫ぶような反応を見せてもらうという次なる欲望を叶えてくれる人間を見つけるには至らなかった。

 いずれの人間も、既に心が壊れ、何の反応も示すことがなくなっていたのである。

「それならば、近所を歩いているところを捕まれば良いのではないか」

 虚ろな目をした店員はそのように告げてきたが、それが出来れば苦労はしない。

 店員の言葉通り、捕まえることは簡単であり、そこから欲望を満たすこともまた可能であるが、その先で待ち構えていることを思えば、私は動くことができないのである。

 然るべき機関による捜査の手を恐れながら過ごす毎日は心が安まることもなく、もしも私の行為が露見すれば、家族がどれだけの痛手を受けることになるのか、想像しただけで申し訳なくなってくる。

 そのように告げると、店員は笑い声を出した。

「被害者に対しては何とも思っていないあたり、性質の悪い人間であることは間違いない」

 言われずとも、分かっていることである。


***


 二人目の娘が誕生して間もなく、妻と一人目の娘は交通事故によってこの世を去ってしまった。

 心の底から愛していたわけではなく、世間体のための関係だったものの、寂しさを覚えたことは、自分でも意外である。


***


 親戚が気遣ってくれたということもあり、二人目の娘との生活に困ることはなかった。

 順調に成長していく彼女を目にしながら、私はあることに気が付いた。

 彼女は、いわば私の分身のような存在である。

 私の一部分と表現したとしても、あながち間違いではないだろう。

 つまり、私が自傷行為に及んだとしても、責められるいわれはないのだ。

 他に家族が存在していないことは、彼女にとって不幸以外の何物でもない。

 そもそも、私の娘として誕生したことが、最大の不幸なのである。


***


 私の行為の意味を知ったときには、彼女は自らの意志でこの世を去ることを選んだ。

 これまで数え切れないほどに愛していたために、悲しみを感じたものの、それで終わりだった。

 彼女は、既に私の好みである人間ではなくなったのだ。

 つまり、これ以上、彼女に執着する理由は無くなっていたのである。

 他者に訴えることもなく、無言のままこの世を去ってくれたことに、私は感謝した。


***


 彼女の一件で学習したことといえば、時間をかけて己の欲望を叶えたときほど、達成感と快楽は大きいということだった。

 だからこそ、私は新たな女性と交際し、結婚し、子を儲けた。

 そして、無邪気な笑みを向けてくる相手を、私は踏みにじるのである。

 もちろん、露見する可能性を少しでも下げるために、新たな妻は秘密裏に片付けていた。


***


 ある日、夢の中で、これまで私が欲望の捌け口としていた人間たちが姿を現した。

 人々は私に対して罵詈雑言を浴びせ、化物に変化しては私の肉体を傷つけていったが、私が叫び声をあげることはなかった。

 何故なら、そのような目に遭わされたとしても、文句を言うことができるような立場ではないということは理解している上に、そもそも、これが夢であることを分かっていたからだ。

 人々は荒い呼吸を繰り返しながら、平然とした様子の私を見つめるが、やがて徒労だと理解したのか、姿を消した。

 夢の中でも私に勝利することができないとは、弱者とは悲しいものである。


***


 今では、私はかつて出会った店員と共に働いている。

 互いに悪事に手を染めている立場であるためか、どのような過去を話したところで、相手が自分を売るわけがないことは理解している。

 ゆえに、私は相手に対して、己がどのようにして欲望を満たしてきたのかを語った。

 今ではすっかり枯れたために、同じような行為に及ぼうとは考えていないが、思い出しただけで興奮を覚えてしまった。

 語り終えたところで、相手が道端の吐瀉物を見るかのような目を私に向けていることに気が付いた。

 私が首を傾げると、相手は口を開いた。

「様々な客を目にしてきたが、あなたが最も邪悪な存在だ」

 そう告げられたところで、私が怒りを抱くことはない。

 それは、飛んでいる鳥を鳥だと告げているようなものであり、私がどれだけ異常で邪悪な存在であるのかは、私が最も理解しているからだ。

 私が感謝の言葉を吐くと、相手は溜息を吐いた。

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手間は惜しまない 三鹿ショート @mijikashort

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