第8話 逃走

 「はぁ、はぁ……っ」

 どれくらい逃げただろう。

身体も、心も苦しい。

泣きすぎて目は痛いし、走り過ぎで心臓も痛かった。

とにかく私は、ニコラに言われた通りに街の外れへと駆け続けた。

二コラがくれたマントは、二コラの体温を思い出させて、苦しかった。

ニコラ、大丈夫かな……

 隠れ家を出る前に結界を張ってきたし、元々迷い道の魔法という、うちを必要とする人にのみ道が現れる魔法で家を隠していたから、多少は時間を稼げると思う。でも、私がかなり隠れ家から離れてしまったから、それらもどこまで効力を成すのかわからない。

どちらにせよ、ニコラは逃げる気はないんだし、無駄な足掻きだったかのかも……もし私のお節介のせいで、ニコラがもっと辛い仕打ちを受けることになったらどうしよう……

色々考えすぎて、頭が痛くなってきた。

それに、息も苦しい。

「そ、そろそろ歩いていいかな……」

ゆっくりと減速して立ち止まる。

汗を拭うために顔に近づけたマントは、ふわっと二コラの匂いがして、また苦しくなった。


 街の外れにも、都心の情報は入ってくるみたいで、近くの家の前で、おばさん達がひそひそと話をしていた。

「知ってる?魔女を逃がした騎士が捕らえられたみたいよ」

思わず木の陰に隠れて聞き耳を立てる。

「ああ、知ってるわ。その人、謀反者で昔追われてたらしいのよ」

「そうらしいわね。でも、相当酷いことされてるって話よ。何でも、エドアルド様の逆鱗に触れたみたいで」

エドアルド……!

思わず声を上げそうになる。

やっぱり、二コラが思っていた通りだったんだ……

「でもねぇ、裏切り者なのに、まだ生きてたんでしょう?どういう神経なのかしら」

え……?

「そうねぇ。よく生きてられたわね」

な、なんで……

「裏切りまでして、今度は魔女を逃がしたんでしょう?そんなの、死んで当然だわ」

どうして……

無意識に強く握られた拳が鈍い痛みを発して、私ははっと我に返る。

なんで、二コラが悪く言われないといけないの……?

二コラは何も悪くない。

ただ、私を助けようとしてくれただけなのに……

『貴方自身は死んでも良かったのですよ、裏切り者』

いつだか、私が二コラに言った言葉を不意に思い出す。

私は、なんて、酷いことを……

もう二コラは多分気にしてはいないだろう。

でも、あの時二コラは、深く傷付いたんじゃないかな。

あまりの自分の馬鹿さに、また涙が出そうになる。

でも、もう泣かないって決めたんだ。

 この能力は、人を殺すためじゃない。戦争を起こすためでもない。たった一人の、大切な人を守るためにあるんだ。

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