第6話 君のことが

 「な、なに……二コラ……」

あまりに真剣な表情の二コラに、私はたじろいだ。

まるで、なんだか今生の別れみたいな。

でも、あながち間違いじゃないのかも。私達はもう、あの頃には戻れない。

二コラは、私の顔をしっかりと見据え、言った。


「ここから逃げてくれないか」


 「な、なんで……二コラは……?」

「僕はここに残るよ。謀叛者がここにいることで、きっと少しは時間を稼げる」

「駄目だよ、二コラ……!そんなことしたら、二コラは……」

殺されちゃう。この一言は、あまりに残酷過ぎて声に出せなかった。

「一緒に逃げよう、二コラ。ずっと遠くまで逃げれば、きっとバレないよ」

「それじゃ駄目なんだ。あのとき、ステラさんが言ってたろ?有名な騎士さん、って。きっとその有名な騎士さんは……僕を探してる」

苦い顔をして吐き捨てるように言った二コラのその言葉の真意に気付いて、私は言葉を失った。

「でも、それじゃ、どの道二コラは……」

尚も渋り続ける私に、二コラは

「聞いて。アナスタシア」

と言葉を続ける。

「あの日、助けてもらって僕は救われた。なんだかんだ言っても君は僕を見捨てなかった。あの日ルイだけを助けることだって出来たのに」

「君の優しさに僕は惹かれていった。出来ることなら君ともっと一緒にいたかった。僕が裏切り者じゃなかったら、もっと色んなところにも行けたんだろうな。でもね、きっと僕が普通の騎士だったら君には出会えていない。だから後悔はしてないんだ」

それにね、とニコラは続ける。

「それ以上に、君には生きていて欲しいんだよ」

一度ニコラは目を伏せ、覚悟を決めたように私をまっすぐに見つめた。

そして、ゆっくり息を吸う。


やめて、ニコラ。

その先に続く言葉は言わないで。


「……好きだよ、アナスタシア」


 私の目に、一粒の涙が浮かんだ。

それは一つ溢れると、堰を切ったようにとめどなく溢れ出てくる。

その言葉は、今は聞きたくなかった。

もっと一緒に色んな日々を過ごして、お互いに解り合った大切な時に、聞きたかった。

そして、こんな時にこの言葉を使わせた世界を、酷く恨んだ。

「……一生のお願いだよ、アナスタシア。ここから、逃げて欲しいんだ。……君が、大切だから。……あの日、君が僕を守ってくれたように、今度は僕が、君を、守りたい」


 ……もう、二コラの馬鹿。

「そんな風に言われたら……断れるわけ、ないでしょ……」

「うん、分かってるよ。卑怯でごめんね。でも、僕のアナスタシアへの気持ちは、本物だから。それだけは信じて」

「うん…………私も、二コラが好き。大好き。私も、もっと二コラと一緒にいたかったよ……」

もう、一緒にいられないんだね。


 あの日とは違って、二コラは、泣いている私を強く抱きしめた。

それが嬉しくて、でも悲しくて、私はもっと泣いてしまった。

二コラの肩も、震えていた。

私は二コラの匂いを、声を、体温を、心音を、ずっと覚えていようと思った。

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