第2話 謀反者と魔女と騎士

 「治療は大方終わりました。その方を担いでついてきてください」

僕の左手を固定していた剣を乱暴に引き抜いて、手から淡い光を放出して僕の傷を止血した少女アナスタシアは親友の傷も同じように癒して、突然立ち上がってそう言い放った。

「ぇ、無茶言うなよ。僕の怪我を治してくれたのはすごくありがたいけど、もう人一人担いで歩くような体力はないかな……」

「そうですか。じゃあ貴方だけ置いていきます。その方は私が担いでいきます」

「な、なんでそうなるんだよ……」

「貴方が休養したいのであれば、彼を担いでついてきてください。それを断るのであれば、私は貴方は置き去りにします」

「わ、わかったよ、ついていくから」

そう言うとアナスタシアは満足げに微笑み、割と速いペースで歩き始めた。

ぶっちゃけ、アナスタシアの家に着く頃には、僕の体力は限界を超えていたんじゃないかな。


 「言っておきますが、私は貴方のことを助けたかった訳ではないので」

「……どういうこと?」

「そちらの方……えぇと確か……ルイ=バートランドさんでしたか?……を助けるために貴方を助けたのです。あのままだとルイさんが殺されそうでしたので」

なので、とアナスタシアは続ける。

「貴方自身は死んでも良かったのですよ、裏切り者」

「…………で、結局君は何が言いたいのアナスタシア?お前はもう用無しだから勝手に死んでくれってこと?」

「そうしたいならしていただいて結構ですけど」

僕が毒づいたのを軽くいなし、アナスタシアは言う。

 「随分と僕に対する扱いが酷いじゃないか、アナスタシア=クロニス」

「……へぇ、私を知っているんですね」

「まぁね。僕だって一応騎士だったし。勿論君が魔女なのも知っているよ」

「知っていたのにのこのことついてきたのですか?」

「僕も死にたくはないしね。それに君がかの凶悪な西の魔女とは違うっていうのは知ってたし」

「ただ、こんな毒舌で残酷な子だとは思ってなかったな」

「……切り刻んで森に捨ててしまいましょうか」

「えっ」

「まぁ、冗談ですけど」

しれっと怖いことを言うアナスタシア。

「ま、まぁでも、君には感謝しているんだよ。何はともあれ君がこうやって助けてくれなかったら死んでたしね」

「……」

「ありがとう、アナスタシア」

「…………いえ、私は何も……」

さっきまでの威勢はどこへやら、俯いてそう呟いたアナスタシアの頬が、ほんのりと赤く染まっていたことを僕は知らない。



 「……ん……」

「あ……起きた……!」

それから数時間、僕達は一言も言葉を交わさなかったが、突如として目を覚ました親友の鈍い呻きの様な声に、ほぼ同時に反応した。

「……俺は……何を……?」

親友は状況を確認するためにきょろきょろと周りを見回し、僕の姿をその瞳に捉えて硬直した。

「おはよう、ルイ。君が無事でよかったよ」

そう僕が言って微笑むと、彼の目からぽろぽろと涙が零れた。

僕はぎょっとして、

「ど、どうしたの……!?どこか痛む……?」

と言うと、ルイはいや、そうじゃないんだと言いながらとめどなく溢れ出てくる涙をごしごしと拭って、

「……二コラ。助かったんだね。良かった」

と言って笑った。


 「君は……確かアナスタシア、だったよね。君が助けてくれたのか?」

それからルイはアナスタシアの方を見てそう言った。

「はい。私の治癒魔法で治せる範囲には限界がありますので、まだ痛むところはあるでしょうが、後は自然に治ると思います」

「ほんと?よかったぁ。俺確実に死んだと思ったよ!ありがとうアナスタシア!この恩は忘れない!」

「…………なんか、さっきとキャラ違くないですか……?」

自分の状況を理解し、ここが危険な場所ではないと解った途端に陽気に喋り出すルイに困惑するアナスタシア。

「うーん……ルイは基本こう言う性格だと思うけど……まぁ戦場とかでは流石にキリッとしてるけどね」

「はぁ……」

そんな不名誉な自分の話を目の前でしている僕らをにこにこと見ていたルイだったが、どこか気まずそうにあのさ……と切り出した。

 「あんまりこういう話はしたくないけど、今じゃないと出来ないだろうから…………二コラ、やっぱり君は謀叛者なのか?」

「……そうだね。というより僕は隣国の騎士だったんだよ」

それから僕がここに来た経緯をかいつまんで話した。

「……でも、僕は君と過ごせて楽しかったよ。この国に普通に生まれて騎士になって君に出会えていたらよかったのに、ってずっと思ってた」

「俺もそれは同じだ。お前がこんな立場にいなかったらどれだけよかったか、騎士団に連絡が入ってからずっと考えていたよ」

ただ、とルイは続ける。

「俺は、二コラがどんな立場であろうとも、出会えてよかったと本気で思っている」

「…………ルイ」

「とにかく、俺は騎士団に戻るよ」

「え……」

それはマズいんじゃ……と言い淀む僕にルイは言う。

「俺は二コラ及び俺殺害未遂事件の生き証人だからな!エドアルドをあの騎士団から引きずり下ろす……のは無理かもしれないけど少しでも俺が戻ることで抑止力になるかもしれないし!」

「生き証人って……なんか違う気がするけど……」

「……ルイさん、大丈夫なのですか……?」

「うん、大丈夫!俺、こう見えて結構強いから!」

アナスタシアの顔に苦笑いが浮かぶ。

よいしょ、と立ち上がったルイに呼びかける。

「ルイ」

「何?」

「死ぬなよ」

「……勿論!二コラも生きろよ!」

最後に見ることができた親友の顔は、驚くほどに清々しい笑顔だった。


 「ありがとうアナスタシア!それに二コラも!」

ぶんぶんと手を振りながらルイは帰っていった。

「なんだか、騒がしい人でした」

「まぁまぁ。明るいってことだよ」

「黙っていた方が格好良かったです」

辛辣な一言を吐くアナスタシア。

でもルイのおかげで少し明るい雰囲気になった気がする。

「はぁ……疲れました……。貴方を森に捨てるのは諦めます」

「えっ、それ、冗談じゃなかったの」

「冗談ですけど」

地味に笑えない……

あんまり笑えない冗談で少し場も和んだ?ところで、

「あの……」

と何かを迷う様におずおずと言いかけるアナスタシアに、僕は「何?」と聞く。

「……もし貴方が嫌でないのであれば、私の家で暮らしませんか」

「えっ」

「勿論嫌なら身を隠してどこかで暮らしていただいても構わないですけれど……それだといつかまた捕まってしまいそうですし……」

「そうなれば私も気分は良くないので、仕方なく、です」

思わずにやにやしてしまったけど、ヤバい。結構嬉しい。

君のステータスはツンデレ、と。

こんなこと言ったら本当に森に捨てられそうだけど。

「……勿論、君が良いなら!」

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