第23話 流転

彼らは、朝日が顔を出す前に町の門前に集合した。

 馬車の中には、一つの箱と二つの麻袋、野営用の道具、レノンの盾、食料と水を入れた樽。

 レノンは馬車の中の最終確認を行って、馬車を走らせ始めた。

 5人全員が時々、あくびをしながらごつごつした道を進んでいく。


 レノンは箱の中にいるトカゲが果たして売れるのかという疑問が頭を占めていた。

 また、この地域には基本的に馬車を襲うような凶暴なモンスターは少ないため、心配はしていなかった。

 実際、今回の遠征では馬車が襲われるような出来事は起こらなかった。

 ミリアがレノンに訊く。


「狩りをしたら、50ゴールドってやってたじゃない。それって今も有効なの?」


 レノンは言った。


「今回は無しで行こう。コミエンソ村までの道のりでは、必要ないからな。それに、現状、休憩時間も長くとる予定はない。ただし、シルバーヘイブンに帰る際には役立つだろうから、そのときに考えよう」


 それを訊いて、ドレイクは言った。


「村でやったら売れそうだけどな。今まで、それどころじゃなかったけど」


 ミリアは村内で、買ってもらえそうだなと思った。

 レノンは注意深く言った。


「獲るのはいいけれど、無分別に獲りすぎないように。自然界にもバランスが必要だからね」


 この日は、多くの馬車とすれ違った。

 しかし、レノンたちも横を通り過ぎた馬車もどちらも急いでいたため、軽い会釈程度の挨拶しか交わされなかった。


 雨の影響で、建築ギルドは忙しく動いており、橋や家などさまざまな場所の修繕作業が行われている。

 同様に、商人たちは需要に応じて木材を供給し、建築ギルドの活動が続いていることが、昨日の町の情報収集でレノンの耳に入ってきていた。


 実際、こちらに来ている馬車のほとんどは、中身が空か、山のように積まれた木材である。


「少し休憩しよう」


 レノンは言った。一行は水分を補給し、軽い食事をとりながら休息した。


「やっぱり、野営なしでの旅は結構厳しいですね。でも、ちゃんとした布団で寝られるのはメリットですけど」


 とリリアンが言う。

 それに対して、ミリアが言った。


「みんなで料理するのも楽しいんだけどね」


 彼らは、雑談をしてから、再び出発する。

 レノンは訊いた。


「次の依頼とか何するか考えてるのか?」


 カイルは、言った。


「全く考えてない。多分、みんなもそうだろ?」


 カイルはメンバーの顔を見る。皆、首を振る。レノンも含めて次にどの地域に向かうかについては考えていなかったため、皆が同じ気持ちだと理解した。


 彼らは行きの時よりもペースよく進めていた。そして彼らは、コミエンソ村に日が落ちる前にたどり着くことができた。彼らは宿にたどり着いて、馬車の片付けや荷下ろしを行った。その後、レノンとカイルは村長の家に向かった。レノンは両手で一つの箱を、カイルは両手に麻の袋を持っていた。彼らは、村民に会うたびに挨拶をしながら、村長の家に着く。


 レノンは、箱を手から地面に下ろして、扉の鐘を鳴らす。暫らくすると、扉の向こうから、人の気配がする。


 扉が開くとアヴァが顔を出す。


「いらっしゃい。レノンさんにカイルさん久しぶりね。もう帰ってきたのね。主人は今、シャワーに入ってるから、中で少し待っててくれないかしら」


 レノンは一つだけ質問する。


「この箱の中に生物が入っているんですけど、中に持って入ってもいいですか?」


 アヴァは答える。


「家の中に入れるのは少し抵抗があるから、玄関に置いておいてもらいたいわ。ごめんなさい、何か理由があるんだと思うんだけど」


 レノンは「お気遣いありがとうございます。では、玄関に置かせてもらいます」

 と言って、カイルと共にアヴァの後ろをついて行った。


 彼らは初めて村長の家に来た時の部屋に通された。

 アヴァは案内し終わると部屋の外へ出て行った。お茶の準備をしにいったのだろう。


 レノンとカイルの様子は対照的であった。

 カイルは、仕事を終えて、その対価のお金を受け取るだけなので、非常にリラックスしている。

 一方で、レノンは今回の目玉商品となるストンガルムが売れるかで頭がいっぱいで、落ち着くことができていない。


 少しすると、アヴァがお茶を持って部屋に入ってくる。レノンの落ち着きが感じられない様子を見て、笑いながら言った。


「レノンさん、お茶でも飲んで落ち着いて」


 彼は、その言葉を聞いて、少し赤面した。

 彼らは、お茶を飲みながら、アヴァと話して、セバスを待つ。


 暫らくすると、扉の奥から音がする。扉が開いて、セバスが中に入ってくる。


「久しぶりだね、2人とも。顔を見る感じ、仕事を終えて帰ってきてくれたようだね。早速だけど、商品見てもいいかな?」


 セバスがそのように言った後、カイルが足元に置いていた麻袋の片方を机の上に乗せる。


 カイルが短く「どうぞ」といった。


 セバスは麻袋の中に手を入れて、麦の種を掬って確認するという行為を何度か繰り返す。


「次はもう一つの麻袋も見せてもらっていいかい?」


 そう言って、カイルがもう一方の麻袋と取り換え、同様の確認をセバスが行う。


「確認させてもらったよ。どちらも大丈夫そうだ。今回は非常に助かった。とりあえず、今回の褒賞金を払うね。」


 彼は、レノンに5000ゴールド、カイルに1万ゴールドを払う。


 そして、麦のやり取りが終わってから、レノンは口を開く。


「私から話があります。まだ時間は大丈夫ですか?セバスさん」


 セバスも「問題ない」と言った。


「少し見てもらいたいものがあるので、玄関に来てもらってもいいですか?」


 彼らは玄関のほうに歩いていき、レノンが木箱の蓋を開ける。


「これが見てもらいたいものです。ストンガルムという名前のモンスターで、共生種と呼ばれる人との共存が出来るトカゲです。


 セバスは一瞬驚いたような顔をする。


 (ストンガルムだ。話に訊いたことは何度かある。いつも来てくれる行商人の一団が教えてくれた。貴族の御用達の農家しか基本的に持っていないはず。実際に収量が劇的に良くなったという話を聞いたことがある。)


 セバスは言った。


「これは、本物か?」

「一応、これを購入した商人の名前と店は知っています。彼は行商人ではないので、嘘なら訴えることができるような状況です。そのような状況で売ってくるのだから、本物だと思います。一応証明書も発行はしてもらいました」


 その証明書みせる。そこには、アクトのサインが書いてある。


「なるほど、それなら信用できるな。とりあえず、一度部屋に戻って話そう」


 彼らは、部屋に戻り、ソファに座りなおした。


 レノンは思った。


 (見せたときの反応から見て、知らないわけじゃなさそうだ。なにより、ストンガルムの説明を求めてこなかった)

 セバスは訊いた。


「販売価格を訊いていいか?」

「一匹30,000です」


 セバスは考える。


 (売値に関しては、正直聞いたことがない。この30,000が安いのか高いのか。本物だとしたら、安いんじゃないだろうか。貴族の御用達くらいしか基本的に持っていないものだから。でも、少し値切って反応を見るべきだろうな)


「なるほど、一匹30,000か。一匹25,000なら考えるんだけどな」


 レノンは涼しい顔で答える。


「そうですか、残念ですね。実は自分の知り合いにシルバーヘイブンの食料ギルドの幹部の親族がいるんですよ。彼は、よく農業に関する知識を持っていましたし、彼からいくらでも農家を紹介してもらえますからね。この話はなかったことにしましょうか」


 顔とは対照的に内心はひやひやしていた。


 (つい口が動いてしまった。シルバーヘイブンでも売れるかよくわからないのに、強気に出てしまった。ここで売れなかったら、結構怪しいってことだよな。やってしまったかもしれない)


 一方のセバスの内心ではいい方向に解釈が起こっていた。


(何?こいつそんな偉い人と知り合いなのに、俺に売ってくれようとしていたのか。なんていい奴なんだ。飼育コストは分からないけど、収量が伸びるなら買うべきだろ。ブドウや小麦はしっかり育てて、次の世代につなげていきたい。それに、レノンとの関わりを強く持っておくのは、決まった商人しか来ないこの村にとっては大切なことだ。必要経費だと割り切っていこう)


「レノン、買わせてもらってもいいか?4匹すべて頼む。飼育方法について軽く教えて貰えば、即金で払うよ」


 レノンは内心有頂天だった。それが、言動にも影響を与える。


「え、ありがとうございます。飼育は非常に簡単で、柵の下の部分の隙間を埋めるだけだそうです。彼らはさっきの箱ですら登れないようなので。代わりに農地の隅っこに簡単に穴を掘ったり、石を置いておけばそこが住処になって。柵の中を縦横無尽に歩いて、体から液を出すそうです。餌は土なので、定期的に土を追加すればいいそうですよ」


 レノンは、そこで別のことが頭に浮かんでくる。


(村の状況は現段階だとかなり大変な状態だ。ここで自分がお金を貰うこと自体は悪いことじゃないけど、今回は善意という形で、買った金額で売ることにしよう。俺はきっと大丈夫だ)


「すいません。やっぱり、一匹2万でいいですよ」


セバスとカイルは呆気にとられたような表情をしている。カイルはレノンに言う。


「――それって」


そこでカイルの発言を遮りレノンが言う。


「今って、村としてすごい大変な状況だと思うんです。だから、自分が貰うはずだったお金を使って復興資金に使ってもらった方がいいかなと……。まあ、最後の行商くらい、良い形で出来たほうが嬉しいですし」


セバスはレノンに言う。


「いや、この取引は1匹3万ゴールドで取引が成立しているよ。この気づかい事態は非常に嬉しいけど、君はここまでストンガルム選んで、持ってきた。原価が2万だからってことだろうけど、君は3万受け取るだけの理由はあるよ」


その後休憩になり、話が再開すると、セバスはレノンにお金の入った袋を渡した。レノンが中身を確認すると、12万ゴールド入っていた。その後、セバスは机の上に一枚の紙を置いた。


「この紙は村のみんなと決めたことの契約書なんだ。この村で作っているワインの全体の10%を買い取る権利を君に渡したいんだ。ここまで、沢山助けてもらったからね。もちろん護衛をしているカイル君を始めとしたメンバーには、別途お金を渡すよ」

さらに、カイルの前にお金の入っている麻袋を置く。そして、セバスは話を続ける。


「最初はワインの利益を多少カイル君たちに分けてもらおうと思ったんだけどね。恐らく、新規参入という形になるから厳しい戦いになるだろうから、その案は止めたんだ。買ってもらうのは、もう少し後になるのと、畑の状態から二年くらいはワインの製作が止まるから、その間に頑張って販売の基盤を作ってくれ。この話受けるかい?」


レノンはカイルを見た。カイルは、レノンに言う。


「まあ、イリシウムでのことを水に流すのは良くないと思ってる。だから、二度とあんなことをしないでくれるか?」


レノンはカイルに言う。


「もうしないよ」

「そうか、ならいいんじゃないか?」


レノンはセバスに言う。


「この話受けさせてください」

「分かった」


こうして、レノンはワイナリーからの販売権を獲得した。彼は宿に戻ると、色々な感情がこみあげてくる。それでも一番大きな感情は喜びだった。彼は帳簿に記入を終えると、自分がご飯を食べていないことを忘れて、ガッツポーズをして、部屋の中を走り回る。

 声を出すのは宿の中なので控えていた。


 しかし、その足音に周りの部屋にいたカイルたちは何事かと思って廊下を確認し始める。そして、レノンが冷静になるまでに30分ほどかかった。その間に、カイルはみんなに事情を説明したので、それぞれの部屋に戻る。レノンはいつも通り、食堂でご飯を食べてから寝る前の準備を行って、睡眠をとるためにベッドに横になった。


 彼は、ベッドの中でもう一度、この嬉しさを噛みしめながら眠りについた。


レノンの所持金

約140,000ゴールド


 ――――――――――――――――――――――

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