第13話 初めての取引
レノンはストームハウルとの一件での話し合いが終わると、セバスに話しかける。
「すいません。少しだけ時間を頂いてもいいですか?」
「いいですよ。そこまで長くないなら」
「実は、自分は現在小麦粉を運んでいて、もしよければ買っていただけないかなと思いまして」
「なるほど……商談関連か。それなら、少し確認したいことがあるから、明日でもいいかな?マヤ経由で時間はまた伝えるから」
セバスはそう言って、宿の外へと出ていった。
その日の晩御飯時に、マヤはレノンに言った。
「明日、8時に来て欲しいらしいわ。朝ごはんを食堂で食べてもらってから、私が連れていくわね。」
「ありがとうございます」
マヤはその後に窓の外を見て呟く。
「この時期に雨が降るなんて珍しいわね」
窓の外は雨の音が広がっている。雨は止みそうにない。
翌日、レノンは目を覚ます。
宿の窓の外からは、雨の音が聞こえてきている。
「今日はある意味、初めての商人としての商売の日だ。気合いを入れていこう」
彼はそう言って両手で両頬を叩いた後、革製のバッグに机の上の紙とペンとインクを入れて、一階の食堂へ向かう。
レノンは調理場にいるマヤに挨拶をする。
「おはようございます」
「おはよう。思ったより、早いわね」
「習慣化されちゃってるんですかね。こんな時間に起きるのに」
「きっとそれはいいことね。それじゃ、朝ごはん出すわね」
レノンは席に座った。
しばらくすると、いい香りがしてくる。
「はい、どうぞ」
彼女は、レノンの前に料理を置く。
そして、その後に、水をコップに入れて持ってきた。
レノンはご飯を食べ始める。少しすると、マヤの家族と思わしき三人が食堂に入ってきた。男の子と女の子と夫の三人構成だった。
男の子が元気な声で言った。
「おはよー。おじさん」
その言葉で、レノンは、塾での出来事を思い出した。
そして、女の子と男性もレノンに言う。
「おはようございます」
それに対して、レノンも言った。
「おはようございます。どうでしょう、自分の知り合いもいないので、同じ席で食べませんか?」
マヤが手をたたき言った。
「いいわね。じゃあ、一緒に食べましょう。ところでお仲間さんは?」
レノンは彼女に言った。
「たぶん、起きてこないでしょう。寝れるときに寝ておくものなんですよ。冒険者という生き物は」
その後、レノンと同じ席を使うように彼らも座った。
マヤは、料理をその机に運んでいく。
男の子はレノンと同じ側に座っている。
正面には男性と女の子が座る。
レノンは言う。
「簡単に自己紹介をしますね。私の名前はレノンです。星屑商会を最近立ち上げて、行商を行っています」
男性が言った。
「そうですね。こちらもマヤしか名乗っていませんね。私の名前はダニエルです。どうぞよろしくお願いします。さあ、自分で自己紹介して」
次に男の子が手を挙げて言う。
「僕の名前は、ノアだよ。5歳なんだ。よろしく」
最後に、女の子が言った。
「私の名前は、ミア。15歳。よろしく」
自己紹介が終わると、彼らもご飯を食べ始める。
ダニエルが口を開く。
「朝になっても雨降ってるなんてな。こんなに続くのは珍しいね」
マヤも「そうね。」と反応する。
ノアはレノンに訊いた。
「どこから来たの?」
レノンは答える。
「シルバーヘイブンだよ。わかるかな?」
ノアが言う。
「分かんない。」
彼のレノンへの興味は失せてしまったようだ。
その後、マヤが言った。
「シルバーヘイブンか〜。それで小麦を持ってきたのね。正直、包丁とか持ってきた方が売れたと思うわよ。それこそ、町のような人が多いとこなら」
レノンは、訊いた。
「もしかして、イリシウムで、小麦って作ってたりします?」
マヤが答える。
「私も正確なことは言えないけど、作ってるんじゃないかしら。この辺なら、冬に小麦を作るもの。うちは規模が小さい村だから、ブドウ以外のことをやってないけどね」
その言葉を聞いて、レノンは頭を抱えた。
この小麦粉をいかに処理するかを考えすぎて、ご飯にも手を付けられない。
「最近、行商人が来ていないから、多少は小麦粉をうちで売ることはできると思うよ。元気出して」
ダニエルが言う。
レノンの耳にはその言葉は入ってきていなかった。
ダニエルも不安な点が少しあった。
「雨が続いていて、ブドウの木が心配だからすぐに、畑に行くよ。おそらく他の人たちも来てるだろうし」
彼はそう言って、ご飯をすぐ食べ終わり、食堂から出て行った。
暫らくしてから、レノンは、再びご飯を食べ始める。
彼が食べ終わるまでに、ノアは食べ終わり、食器を調理場の流しへと持っていく。
レノンはそれを見て言った。
「しっかりした子ですね」
マヤはそれに対して言う。
「そうね。大体、ミアの真似してるような感覚かもしれないわね」
その後、レノンも食べ終わり、マヤにお礼を言ってから、流し台へと持って行った。
「片付けありがとうね。まだ少し早いから、ちょっと食堂で時間つぶしててもらえるかしら?」
「分かりました」
レノンはそう言って、食堂の隅の席に座りなおして、いかに小麦粉をさばくかを考え始める。マヤはご飯を食べ終えてから、流し台にある食器の片付けを始めた。
「ミア、早く食べちゃって」
マヤはミアを催促する。ミアが食事を食べ終わり、マヤが洗い物を終えて、レノンに言った。
「そろそろ行きましょうか」
「分かりました」
彼は、マヤの後ろをついて行く。2人は、外に出る前にマントを羽織った。彼らは宿の外へ出ていき、勾配のある道を下に進む。村の建物は石造りで、重厚感のある景色が広がっている。村の中の道も石をベースに作られている。2人は、5分程度歩いてから、左の道に入り2分ほど歩いた後、そこにある家の前に止まる。
「着いたわよ。この村で一番立派な家よ」
マヤはそう言って、家のドア付近にある鐘を鳴らす。暫らくすると、ドアが開き、50歳くらいの女性があらわれる。その女性はマヤに訊いた。
「いらっしゃい。マヤさん。そちらが商人さん?」
マヤが言った。
「ええ、そうです。」
女性が彼らに言った。
「とりあえず、挨拶は後にして、中に入ってもらっていい?マヤさんもね。それと、ちゃんとマント脱いでね。そこにマントを掛けておいて」
彼女は、広々としたエントランスのところにあるマントが掛けられそうな家具を指さした。家具の足元には、水を受けるための入れ物がある。彼らは、マントを脱いで、言葉の通り、マントを掛けた。そして、その女性の後を追いながら家の中を進んでいく。ある部屋で、彼女は止まり、部屋の扉を開ける。
部屋の中は、奥に書斎があり、手前に一つの机を挟む形でソファが置いてある。そのソファの片側にセバスが座っていた。彼はこちらを見て言った。
「いらっしゃい。レノンさんとりあえず、座ってください」
レノンは席に座ってから改めて自己紹介をして話し始める。
「はい、私の名前はレノンです。本日は小麦粉を売ろうと思い、ここに来ました」
「よろしくお願いします。レノンさん」
その時、お茶を持った女性も中に入り、お茶を配っていった。そして、セバスが言った。
「私も改めて自己紹介をしないとね。私の名前はセバスです。この村の村長をやっています。そして、こちらが妻のアヴァです」
アヴァは軽くお辞儀をした。
そして、セバスが言う。
「早速話を聞きたいんだけど、いいかな」
レノンは、口を開く。
「分かりました。私は今回小麦粉を持ってきていて、現在300kgあります。価格は、1kg当たり72ゴールドです。いかがですか?」
セバスは値切り交渉を始める。
「思ったより安いね。そうだね、最近行商も来ていないし、雨も降っていて、暫らくは来ないだろうからな。200kg買うから。1kg当たり70ゴールドでどうだい?」
レノンは、頭の中で考えていた。
『町で小麦を作っているならシルバーヘイブンと同じような価格で町では売っている。そのためここで売らないと、赤字が大きすぎる。そして、町で小麦粉を作っているなら、この村に来る行商人も自分と同じような価格をしているだろう』
そして、レノンが提案をする。
「セバスさん。どうでしょう。400kg買っていただけませんか。1kg当たり67ゴールドでいかがですか?」
「400kgは多いよ。次の行商人が来るまで持てば問題ないんだ。そうだね、65ゴールドなら考えなくもないが」
セバスは思う。
『正直、いつもの行商人より安い価格だが、雰囲気を見る限り、売りたいらしい。値切れそうだからやる価値はあるだろう』
レノンは言った。
「そうですね。間をとって66ゴールドでいきましょう」
セバスは、暫らく目を瞑る。レノンは、その光景をじっくりと見る。
――しばしの沈黙が続く
「ストームハウルの片割れが討伐されないと場合によっては、商人もここに訪れにくいんじゃないでしょうか」
レノンのその言葉が決め手になった。
「分かった。1kg当たり66ゴールドで頼むよ。小麦粉は、宿の横の馬車置き場用の建物にある部屋に纏めてあるので、マヤに訊いてくれ」
そう言って、セバスは代金を取りに行くために、部屋を出ていく。レノンは、安堵していた。彼は、大赤字を覚悟していたので、ある程度の損失になっただけましだと考える。
『おそらく、彼は行商人の提示額しか知らないのだろう』
レノンはそう結論付けた。セバスが一つの麻袋を手に持って、部屋に帰ってくる。ソファに座り、そこからお金を出しながら、数えていく。26400ゴールドを出し終わると、レノンに枚数を確認するように促す。レノンはコインを確認していく。
その確認が終わると、セバスはもう一つの麻袋を取り出して、26400ゴールド分の貨幣をそこへ詰めた。レノンはその麻袋を受け取った後、革のカバンからインクとペン、そして羊皮紙を取り出して、取引の成立を証明する紙を作成し、セバスに渡した。セバスはそれを見て言った。
「しっかり紙で契約内容を書くんだな。こういうことをやらない商人もいたりするんだがな。取引する側としては、非常にありがたい」
これにて、レノンの初取引は成立した。小麦粉の取引により、彼は4000ゴールドを得た。大したプラスではなかったが赤字でないだけ、彼にとっては良かった。その後、レノンは簡単に挨拶し、ソファから立ち上がって玄関の方へ向かい、付いてきたアヴァさんに挨拶をしてから、マントを着て家の外へ出て行った。
2人は、宿に戻った。食堂に行くと、冒険者組が起きており、2人がご飯を食べていた。レノンは言った。
「おはよう、みんな」
彼らはそれに挨拶を返した。
厨房には、ミアがいて、彼らの朝ごはんを作っていた。マヤは彼女に感謝する。
「ありがとう、ミア」
そして、作った料理を残りのメンバーの元へ運んで行った。カイルがレノンに言った。
「首尾はどうだった?」
レノンは返した。
「初めての交渉という点も加味したら、上出来だった方だと思ってる」
「それはよかったな」
「それより、お前怪我は大丈夫なのか?」
「まあな、回復魔法もかけてもらってるから」
カイルは軽く服をずらして、怪我の場所を見せると、その傷は塞がっていることが確認できる。
「ほんとに良かったよ。防具の方は?」
「この街の鍛冶師は農具関連しか殆ど対応出来ないらしいから、次の街で直してもらうよ」
「分かった」
その後、レノンはみんなに対して言った。
「ご飯食べ終わったら、少し手伝ってくれ」
彼らがご飯を食べ終えると、レノンはマヤに声を掛けて、どこに小麦粉を持っていくかを訊いた。マヤは、レノンたちを引き連れて、宿の横の建物に入っていき、小麦粉の保管部屋まで案内して言った。
「この辺に積んでおいて」
レノンたちは、バケツリレーのような形で、一袋5kgの小麦粉の入った袋を馬車から部屋まで、運んでいく。その中で、ミリアが言った。
「これって、依頼にはいるんですか?」
カイルは。「当たり前だ」と言って、拳骨をあびせた。レノンはカイルに訊く。
「お前、もう動いていいのか?」
「まあ、どうせすぐ出発するだろ? 準備運動だよ」
サラが呆れながらそれに言及する。
「普通の医者なら絶対に駄目って言いますよ。まあ、本人の意志を私は尊重することにします」
数回のバケツリレーを終えると、彼らは宿に戻る。カイルはレノンに訊いた。
「ここで、小麦粉全部売ったなら、ここでワイン買って帰ればいいんじゃないか?」
レノンは売ることばかりが頭の中にあったため、そのことを見落としていた。
「たしかに……」
レノンはしかし、保管場所の確保ができていないので、ワインはやめることにする。その会話を聞いたマヤが言った。
「もし、ワイン買うなら、ダニエルが帰ってきてからのほうがいいわ。村長も畑に言ってると思うから。それと私は、これからワイナリーに行くわ」
レノンは少し考えてからカイルたちに言う。
「いや、やっぱりワインは保管場所の確保ができていないから、やめておくよ。明日、晴れれば出発するから、その用意だけは忘れないでくれ」
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