第5話 馬車の練習

 それから数日後の塾では、授業が終わり子供たちは帰路へ着く。その中でリリーという11歳の赤髪の少女である女の子がレノンのところへ来ていた。


「最近ロジャーさんと、馬の練習してるのよね。私も、馬車に乗せてもらえない?」

「どうしてそんなこと知っているんだ?」

「うちの親が商業ギルドの幹部の一人なのよ。ロジャーさんと知り合いなの」

「乗せるかどうかはロジャーさんに訊いてみてもいいかな?」


 リリーは力強く言った。


「構わないわ。馬車の運転に興味があるからね。このチャンスは物にしなくちゃ」

「分かったよ。じゃあ、行こう。」


 彼らは、レノンの泊まっている宿に戻ると、そこにロジャーがいた。


「リリーちゃん、珍しいな。どうしたんだ?」

「私も馬車に乗せてほしいの」


 ロジャーはあっさりと言った。


「なるほどね……じゃあ行こう」


 そう言って、彼らはガラハドと馬車を宿に併設してある建物から道に出した。


「とりあえず、郊外のほうにいくぞ」


 ロジャーはそう言って、馬車を走らせる。

 馬車の御者席で、リリーは訊いた。


「この馬の名前はなんていうの?」

「ガラハドだ」


 ロジャーは今日の予定を考えながら言った。


「今日は早めに解散したほうがいいかな? リリーちゃんもいるだろう」


 リリーは首を横に振る。


「問題ないわ。私が今朝、お父さんに伝えたもの」

 

 レノンはリリーの親がかなり放任主義なのだろうと思った。

 彼らは雑談をしながら、郊外へと着いた。

 ロジャーはレノンに言った。


「さあ、ここからレノンが御者だ。昨日教えたことは覚えてるか?」


 レノンは力強く答える。 


「任せてください」


 そして、レノンがロジャーと御者を交代する。

 馬車が走る。

 客観的に見て、レノンは前方に集中していて、体に力が入っている。

 ロジャーがそれを見ていった。


「レノン、体が力んでるぞ。周りをもっと見るように。ここは広いから問題ないが、町に入ると危ないぞ。まあ、慣れもあるだろうが」


 レノンは緊張しながらもロジャーの言葉を聞きながら、練習を続けた。


 暫らくして、リリーが言う。


「私にもやらせて。お願い」


 レノンがロジャーを見ると、彼はうなずいた。そして、レノンはリリーと御者を交代して、馬車は走り出す。


 彼女は、御者席に乗ることはないが、馬車に乗る経験も多かったからだろうか、非常に落ち着いていた。

 ロジャーが言う。


「リリーちゃんの方が上手いんじゃないか? レノン」


 それを聞いてレノンは言う.


「自分がどういう風にみられているか完全にはわからないですけど、リリーはとても落ち着いてますね」


 レノンは馬車を運転していると、ふと思い出したことをロジャーに訊く。


「ロジャーさん、この後、アーキーンの揺籃という魔道具を取り付けてもらおうと思っているんですが、どこの馬車屋でも良いんですかね?」

「そうか、実際に見たことないのか」


 ロジャーは呟いた。その後、改めてレノンに話す。


「流石にアーキーンの揺籃はもうついているよ。一度、馬車を止めてくれるか?」


 レノンはその言葉を聞いて、馬車を止める。

 その後、ロジャーが馬車の真下を見るように促す。

 レノンは馬車の下に宝石のような物がついているのを確認する。


「この石みたいな奴であってますか?」

「そうだ。私もそこまで原理はわかってないんだがね。この魔道具はメンテナンスが半年に一回程度だから、そこまで気にしなくてもいいぞ」

「なるほど。ありがとうございます」


 ロジャーは、レノンが行商に向けて自分なりに考えていることを感じた。


「君は、揺らすとまずいものを取引しようとしているのか? ……そうだな。刃物やワインなんかかな?」

「やっぱりわかるものなんですね」


 レノンは、改めてロジャーを商人であったと感じた。その後、レノンは彼に聞く。


「実は、ワインか魔物の素材を取引しようかと考えているんです。ロジャーさんから見てどう思われますか?」


 ロジャーは顎に手を当て考える。


「ワインを取引するなら、何か所か回るべきだろうな。時期は問題ないだろうから、そこは気にしなくてもいいはず。私も何度か運んだことはあるが、馬車に関しては、心配はいらない。ただ、保管場所を考えるとワインは大変だから、魔物の素材の方がいいんじゃないか?」


「そうですか……、アドバイスありがとうございます」


 「商品も大事だが、一番問題だと思うのは護衛だな。冒険者には、しっかり対価を払わないと、仕事をしてもらえない可能性がある。場合によっては、馬車を盗まれたりするらしい」


「そういう事件があったってことですか?」

「そこまで多くはないがな。聞く話ではある.... コツとしては、どの町に行くかにもよるが、無難に一番大きな道を通って町を経由することだな。ほとんど魔物に出くわす危険もないだろう。ある程度の金額でD~Cランクの冒険者を雇っておけば、安く済むはずだ」


 レノンは彼の話を紙を取り出してメモをする。 それを見たロジャーは言った。


「しっかりメモを取るのはいいことだね。それにしても、その紙は何でできているんだ?」

「草や木から作っているらしいです」

「私は聞いたことがないな.... そういえば、最近、この辺で麻を使って紙を作る工場ができてきたと聞いたが、それとは別なんだろうな」


「紙に関しては、自分もそこまで分からないです。ただ、私の通っている塾で安く買えるんですよ」

「もしかしたら、塾のオーナーが紙の工場を作っているのかもしれないな.... まあ、休憩はこのくらいにして、また練習に戻ろう」

 

 そして、レノンとリリーは交代を繰り返しながら練習をしたのだった。


「じゃあ、私が宿までやるから」


 そう言って、ロジャーが御者を行い、宿に着いた。

 レノンは、彼らに言った。


「今日も約束通り、ご飯奢りますよ。リリーどうする?」

「ここで食べて帰っても怒られないと思うし、ただなら食べたいわ」


 三人は宿の食堂に入った。


「ここは、商人用の宿だけあって、料理が色々あるね」


 ロジャーが言った。


「まあ、高くつきますが、馬の置き場がないと困るものですから」


 レノンは言う。


 彼らは食べ物を注文する。


「ロジャーさん、奥さんは今頃、一人でご飯食べられているのですか?」

「私が外で食べる日は、友達を誘って家でパーティーしてるよ。といっても、婦人会みたいなものだけどね。息子は王都さ」

「なるほど、それで自分の手伝いをしてくれてるんですか?」

「そんなところだ」


 その後、ロジャー・リリー・レノンは届いた料理を味わう。

 ロジャーが言った。


「美味いな。ワインが待ち遠しい……レノンも飲むか?」


 レノンがロジャーに言う。


「せっかくなので、届いたら貰います」


 三人はご飯を楽しんだ後、ロジャーと別れたレノンは、リリーを家まで送るのであった。


 それから数日間彼は、図書館や服屋に赴き、魔物の素材で、防寒具の素材として使われるものを調べた。そして、三つの素材に彼は絞った。

 ①ミノタウロスの毛皮:ミノタウロスは人間と牛の特徴を持つ魔物で、その毛皮は保温性が高く、中価値の衣類やアウターウェアに利用される。

 ②ミスティコブラの霧皮革:スティコブラは霧と雲を操る存在で、その霧皮革は中価値の防寒着に使われる。

 ③シルバースポアム:キノコ型の魔物で色の繊維は防寒具の素材として非常に有用。


 彼の中の基準としては、供給量と需要と入手難易度と見込み利益の三点であった。

 中価格帯の素材であり、比較的近い地域で入手できる、これから需要の伸びそうな保温性の高い素材を選んだ。


 ①〜③は中価格帯の素材であり、1キロ300ゴールドから500ゴールドの間で取引される。

 これらの素材入手場所は、シルバーヘイブンから10日ほど南に位置するイリシウムの町の近くのネブリナの森。中価格帯を選んだのは、高価格帯だと流通量の関係上、情報を早く手に入れられる大手に後手になること、また低価格帯では、そこまでの利益を見込めないことが理由であった。


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 次回

 出発の準備

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