第3話 決意

 翌日レノンは、ロジャーの家に向かっていた。彼は、もう少しだけ話を聞いてみようと思っていた。そして、ロジャーの家に到着し、彼は扉の鐘を鳴らす。一人の女性が顔を出す。


「あら、どなたかしら?」

「私はレノンと言います。ロジャーさんに用があってきました」

「その名前なら主人から聞いてるわ。部屋で少し待っててもらっていいかしら?」

「分かりました」


 レノンは家の中の一室に入る。女性がお茶を持ってきて彼に提供して、再び部屋の外へ出て行く。暫らくレノンが待っていると、ロジャーが扉を開けて部屋に入ってくる。


「やあ、レノン君。来るにしても翌日だとは思わなかったよ」

「決して、行商をやろうと決めたわけじゃないんです。でも、もう少しだけ、話を聞いてみようと思いまして」

「なるほど、それで何を訊きたい?」

「初期費用の具体的な値段や馬車の練習期間、それと勉強に関してですね」


 ロジャーはそれを聞いて頷いてから言った。


「一つずつ話していこうか。まず初期費用か……とりあえず、私から馬車を買ったという状態で考えるなら、馬車が13万ゴールド。馬は、実際に見てみないと分からないけど、6〜8万ゴールドの間だろう」

「もし馬車を新品で買うとなると、どうなるんでしょうか」

「まあ1.5〜2倍くらいの値段になると思ってくれればいいよ。言い忘れていた、私の馬車は大体中型だから、大きさによっても値段が変わるから」


「中型のメリットはありますか?」

「個人の意見だと思って聞いてほしいんだが、やっぱりそこそこ荷物が載せられることだね。中型なら、利益の取れる範囲がそこそこあるから、一度の遠征で極端に赤字になりにくい。また、一度に多くの物を運べるので、運搬の依頼を出す側も手軽に依頼できる。

 小さい馬車を選ぶとどうしても原価が高い物を探さないと利益が出せないことが欠点になる。逆に大きいと維持費もかかるし、馬が二頭必要な場合もある。狙われる確率も上がるしね」


「具体例を出してもらったりとかできますか?」

「そうだね……。 例えば、果物を運搬するとしよう。1kg当たりで利益が10ゴールド出ると仮定すると、小さな馬車なら商品を150kg載せれるだろう。すると利益は1500ゴールド。これやるかい? ここから、護衛代や生活費がかかる」

「まあ、やりませんね」

「だから、小さい馬車はドラコンダをはじめとするモンスターの皮のような、高付加な商品しか運べないんだ。中型なら、ワインみたいな1キロ当たり100ゴールドくらい利益が出せるものなら十分に黒字になる」


 その後、お互いにお茶を飲んでから、再びロジャーが話し始める。


「次は勉強か。まあ、塾にはいって一月くらい勉強すればいいんじゃないかな? 全く読み書きできないわけじゃないんだろ?」

「全くではないですね。昔は調べ物のために本から情報を集めることもあったので。書く方は少しだけ不安は残りますがね……」


「それなら、少し勉強すれば問題ないだろうね。塾を紹介できるよ」

「そうですね。まあ、まだ決めたわけじゃないので」

「じゃあ、最後に馬車の練習期間か。まあ、結構慣れの部分が大きいから一月で極力乗っていれば、大丈夫だと思う。もし私から馬車を買うなら練習は付き合ってあげるよ」


「ほかにしつもんはあるかい?」

「とくにはないですね」

「じゃあ、前向きな答えを期待して待つとするよ。そうだ、一度馬車にでも乗ってみないか? 今からでも」

「自分も時間に余裕があるので、載せてもらってもいいでしょうか?」

「それじゃあ、庭で待っておいてくれないか?」


 2人は家の外に出る。ロジャーはレノンと別れてから敷地内にある大きな建物へと歩いて行った。暫らくすると、ロジャーが馬車の御者席に乗ってその建物から出てくる。


「レノン君、御者席に乗って少し待っておいてくれ」


 ロジャーはそう言って、家の門を開けに行き、戻ってくる。ロジャーがレノンの横に座り、馬車が走りだす。


「郊外に出て、走ってもいいか? 町の中は狭いから、どうせなら広い場所を走りたいんだ」

「ええ」


 レノンは、少しだけ緊張していた。数か月ぶりに町の外に出ることは、魔物に出くわす可能性があったからである。冷や汗が彼の額を伝う。


 馬車は町の中を走って、町の門へとたどり着き、一度止まる。ロジャーは門番の人間に、身分証明になりそうなものを提示してから、再び馬車へ戻ってくる。レノンは、目を閉じていた。ロジャーはレノンに訊く。


「レノン君、大丈夫か? 汗がすごいけど」

「ええ……大丈夫です……」

「まあ……本当にダメそうだったら行ってくれよ」


 ロジャーは馬車を走らせて町の外へと進んでいく。既に刈り終えられた小麦畑が永遠と続いており、時々背の低い木が規則的に並べられた農地が見える。


 レノンは未だに目を瞑ったままだった。それを見てロジャーは言う。


「風が気持ちいいぞ。レノン君、目を開けてみなよ」


 レノンは恐る恐る目を開ける。彼の視界の先には、広い農地が広がっていた。次第に彼の冷汗は止まる。



「久しぶりだ。この感覚……風が気持ちいですね」

「そうだろう。うちの愛馬のフィンが走らせてるんだから当然だ」


 彼らは、20分程度馬車を走らせてから町の中へ戻り、ロジャーはレノンを街中で馬車から降ろすと、家に帰っていった。


 それから一週間、レノンはいつもの生活を送っていた。しかし彼は、久しぶりに町の外に出たあの気持ちが忘れられずにいた。色々なところに行く楽しさを再び思い出しつつあった。一方で、日雇いバイトは彼にとっては生きるためであり、楽しさは感じられなかった。レノンは決意する。馬車を買って、商人になろうと。


 そこから、彼の行動は早かった。決意した翌日にロジャーの家を訪れて、馬車の購入を行った。代金は130,000ゴールド。購入後ロジャーに馬を売ってくれる人間を紹介してもらうようお願いし、週末に予定を組んでもらった。その後、この町で一つしかない塾に入塾を決めた。その塾は、貴族や商人の子供が通うための塾であった。


 レノンは塾に着いた後、受付で一か月コースに申し込みを行う。明らかに塾の受付が、レノンが入学することに驚きを感じていた。


「それでは一か月コースですね。料金は20,000ゴールドです」


 受付に言われて、レノンはその金額に悲しみを感じながら、お金を差し出す。


「20,000ゴールドを確認しました。明日からこの塾に来ていただいて、そこから一か月が期間となります。基本的に講師一人に対して、受講者全員が授業を受ける形になっています。こちらで、紙を用意させていただきます。明日、受付のほうにお声がけください」

 

 レノンは、紙を用意するという発言に驚きを感じ、受付に質問する。


「羊皮紙はかなり値段が高いはず。そんなもの配っていたら商売にならないんじゃないか?」

「実は、東の地域では、草や木から紙を作成する文化があります。羊皮紙の様に白くはないんですけど、かなり安価に購入することができます。それをこの塾では配っているんですよ」


 レノンはそれを聞いて、市場には現在露店を出さなくなった商人を思い出した。彼はここに入荷するついでに店を出したのだとレノンは推測した。その翌日にレノンは入塾したのだった。もちろん彼以外の生徒は全員が10〜12歳だった。


 そして、週末がやってくる。


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