第2話 転機

 その後彼は、地図の材料である紙を買いに昨日の店を訪れた。この店の店主は、店じまいの最中であったが、レノンは話しかける。


「時間大丈夫か?」


 レノンを見た店主が彼に言う。


「昨日の紙を買っていった兄さんじゃないか。今日も来たのか……。それで、紙を買いに来たのか?」

「そのまさかだよ。紙を買いたい。100枚買わせてくれ」

「マジかよ。あんた何者だ? 昨日、今日とここで立ってたけど露店では、ほとんど売れなかったぞ」

「ただの建築現場で日雇いバイトしてる男だよ」


 レノンは代金である500ゴールドを支払ってから、100枚の紙の束を貰って鞄の中にしまう。


「またすぐ来るかもしれないから、出来れば他の町に行かないでくれ」


 店主は笑いながら言った。


「それはわからないな。……まあ、考えておくよ」


 レノンはその後、自分の家に戻って寝るまで地図を作製した。

 この日から彼は、バイトの日数を減らし始め、地図作りへとシフトしていく。最初は10枚描き終わると売りに行っていたが、翌日は20枚作ってからといった形に変わっていった。


 ある日、商人ギルドの前であまり売れない日があり、レノンは冒険者ギルドの近くへ向かった。レノンは鎧を着て、大剣を背中に持つ男に話しかける。その男は、レノンが冒険者時代に見たことが無かったので、この町に来て日が浅いと考えていた。


「こんにちは、地図欲しくないか?」

「なんだ?地図なら間に合ってるぜ」

「その地図は、町から町への道を描いたものだろう? これを見てくれ」


 レノンは鞄から地図を取り出して、その男に見せる。


「この町の地図を紙に書いてるのか。これはわかりやすいな。しかし、この紙……少し脆すぎないか?」

「まあ、草や木から作っている紙だからな。一枚20ゴールドだ。買うか?イチゴ二袋ぶんだぞ」

「そんな安いなら買わせてもらおうか。仲間にも買いたいから4枚頼む」


 その男は、レノンに80ゴールドを支払って、4枚の地図を受け取った。


「もし破れたら、また買わせてもらうよ。ありがとうな」

「ああ、また会おう」


 レノンはこの日は冒険者にターゲットを絞る形で販売を行って、家に戻る。

 この日は初めて一人から複数枚買ってもらった日だった。そして、冒険者に売ったときの反応は、どの人間も良い反応が返ってきており、文字を入れなくても好評だった。


 この日、レノンは余裕ができたら2パターンの地図を作るのがよいと結論付けた。

 ①文字を入れて、商品の説明を加えたもの。

 ②現状のまま、店を増やして情報量をあげる。

 とはいえ、現状の余力が多くないのも事実だったため、改善に関しては、ある程度稼げるようになってからということにした。レノンは、そろそろ木版を作ってもらい、大量生産に舵を切ろうと考えていた。


 翌日レノンが地図を売り始めてから14日が経った日、彼は木版工房を訪れる。その建物の前には、小さな石畳の広場が広がり、季節の花々や古い木々が風に揺れている。建物の入り口には、"木版印刷工房"と書かれた看板が掲げられていた。その看板には、年月の経過を物語る剥げたペイントが見受けられる。


 レノンは、その建物入口の鐘を鳴らす。彼が暫らく待っていると、中から頭に手ぬぐいを巻き付けている少年がやってきて言った。


「いらっしゃいませ。木版印刷工房へ。ご用件は何ですか?」


 レノンは、地図を取り出して言った。


「この地図の木版を作ってほしくて来たんだ」

「仕事の依頼ですね。少し待っていてもらえますか」


 その少年は、彼にそのように言ってから、建物の奥へ消えていく。

 レノンは入り口の中に飾ってある、トロフィーや賞状を見ながら時間を潰す。

 少年を伴って、白いひげを蓄えた男性がレノンの元へやってくる。


「仕事の相談だそうだな。簡単にその紙を見せてもらってもいいかな?」


 男性はレノンへ質問する。

 レノンは彼に地図を渡してから簡単に説明をする。


「もちろん。それは、この町の地図です」


 紙を見ながら男性は呟く。


「町の地図とは珍しいな。これくらいなら一週間くらいで作れそうだな」


 そして、レノンを見て言った。


「自己紹介を忘れていたな。私の名前は、ゴシックだ。この工房の責任者をやっている。今は、学術書の依頼が入っているから、一月後くらいからなら取り掛かることができる。期間は一週間くらい貰えれば完成させられると思う。どうする?」


 レノンは少し考えてから言った。


「そこまで急ぎで作りたいわけではないので、お願いしてもいいですか?」

「代金は10000ゴールドだ。受け取りの時に木版と交換で頼む。一月と一週間後くらいにまた顔を出してくれ。名前だけ聞いてもいいか?」

「レノンです」


 それを聞いた少年は、木の板にその名前を書き入れた。

 ゴシックは彼に言った。

「それでは、またよろしくな」


 レノンもお礼を言ってその建物を後にする。彼は、久しぶりに市場の散策を行うために大通りに向かう。そこで、一人の人間が彼に話しかける。


「こんにちは。君がレノン君か?」


 その男は、少し太っている40歳くらいの身なりの良い男性だった。



「そうですけど……」

「君がこの町の地図を売っている人間で合ってるかな?」

「合ってますね」

「少し相談があるから、一度食堂にでも行かないか?」


 レノンは、初対面のこの男について行くべきか考えたが、自分なら最悪の場合逃げることができると思い、ついて行くことにする。


「分かりました。行きます」

「じゃあ、ついてきてくれ」


 レノンはその男の後ろをついて行く形で、店にたどり着く。そこは、この町でかなり有名で、個室があるような高級店の一つであった。2人は店の中の個室に向かい合わせで座っていた。男は咳払いをした後、レノンに話し始める。


「とりあえず、自己紹介からだね。私の名前はロジャー。今は……無職だね。とは言っても、一月前くらいまで、行商をやっていたんだ。一応自己紹介してもらってもいいかな?」

「自分の名前は、レノンです。現在は地図を売ることと建築現場で日雇いバイトをしながら生活しています」

「改めてよろしく、レノン。相談というのは、私の馬車を買わないか? というものだ。正直、君の地図の着眼点には感銘を受けたんだ」


 レノンは突拍子もないその提案に面を食らう。


「馬車ですか……。自分は、文字も満足に読めないですし、馬も持ってないですよ」

「まあ、そうなるよな。頭の片隅にでも入れておいてくれればいい。もし買いたくなったら、馬車の練習や馬の購入の手伝いくらいはするから」

「はい……」



 レノンは曖昧な返事をすることしかできなかった。


「ところで、どうして町の地図を作って売ろうなんて考えたんだい?」

「それは……少し前まで、他の町に行くことがあったからですね」

「と言うと……体つきもいいし、冒険者だったとかかい?」

「そうですね。色々あって辞めましたけど」

「そこについては、深く聞くつもりはないけど、君のそのアイデアは非常にいいと思ったし、元冒険者なら体力もあるだろう。行商は、確かに初期コストはかなり必要だが、運搬のような仕事を行うなら非常に安定した職業だ」

「どうして、自分なんですか?」

「まあ、私も行商は体力的にしんどくなってきた。そこで、誰にしようかと考えていた時に面白いことをやってるやつを見つけたというだけさ。直感みたいなものだよ」


 レノンは再びあいまいな返事をすることしかできなかった。彼らがご飯を食べ終え、店を出る直前にロジャーはレノンに家の位置を書いた紙を渡した。


「実に便利だね。気が向いたらうちに来てくれ」


 2人は店の前で解散した。この日の夜にレノンは、知り合いの元を訪れることにした。


 レノンは、とある宿屋の一室の前にいた。彼がその扉をノックすると中から男が一人出てくる。


「何だレノンか。久しぶりじゃないか。どうした?」

「久しぶりだな、カイル。まあ、相談みたいなものだな」

「まあ、中に入れよ」


 レノンは、部屋の椅子に座り、カイルはベッドに座っていた。


「それで、具体的には?」

「まあ、今日商人から馬車買わないかって言われたんだ」

「行商やってみないかってこと?」

「そうらしいな。俺に話しかけたのは、直感だとか言っていたけどな」

「俺は結構向いてると思うけどな。普通に賛成だぜ」

「どうして?」

「昔から交渉事はちょくちょくやってただろ? 戦闘でも冷静に対処しているように感じたし、出来そうだけどな」

「お前は昔から楽観的すぎるんだよ」


 カイルは苦笑いをする。


「でも、興味があるから相談しに来たんだろ? まだ若いんだしやってみてもいいんじゃないか」

「興味はあるけど……パーティを解散してから一度も町から出てないし、失敗したときに大金を失うことになるし」

「まあ、その辺はゆっくり考えればいいだろ。久しぶりに会ったんだし、酒場でも行こうぜ」

「……ああ、分かった」

「俺は嬉しいよ。久しぶりに会いに来てくれたんだから。今日は楽しもう」


 酒場へ二人は移動する。レノンはカイルに訊く。


「ところで、お前は何やってるんだ? どうせ冒険者なんだろうけど」

「あれから、レノン抜きで冒険者を続ける道もあったんだろうけど、結局バラバラになって。それで、俺は自分でメンバーを集めて、今は四人でチーム組んでやってるよ」

「ランクは?」

「Dランクだ。みんなでやっていた時にCランクまで経験できた部分は大きかったと思う。今の目標はCランクを目指して活動してるけど、最終的にはAランクまで行きたいな」

「目指すのはいいと思うけど、流石に上位2%だぞ……」

「この町で活動してるAランクパーティの一つに名を連ねたいだろ?」

「まあ、お前はそういうタイプだったな。懐かしいな……」


 カイルはとても笑顔だった。レノンは冒険者時代に少しだけ戻れた気がした。その後、2人は久しぶりの再会を楽しんだ。


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 次回

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