第26話雑魚冒険者×3=?
冒険証を見て、俺はむかいに座る女を見る。
エヴァリ・トークス。歳は一九。Eランク冒険者。
得物は剣か。防具は肘につけたバックラー。
スキルは……ふむ。
この町ではよく見かけるタイプの、いわゆる低級冒険者だ。
「もっと大きなクエストをしたい、と」
「ええ。野良パーティでいいから、できるクエストはないかしら」
パーティクエストなら、冒険者ランクはあくまでも基準。
メンバーの総合力を職員が判断することになる。
参加者待ち状態のパーティクエストはあっただろうか。
まとめられた紙束をめくり、要望に沿うクエストを探す。
『あと一人。だが、よっぽどでない限りは期限切れにすべし』
という、ひと言が添えられたクエスト票を発見した。
Dランククエストで、内容は商人と商品の護送。
下限は三人で、今現在二人が集まっている。そのどちらもFランク冒険者。
たしかに、総合的に判断するとはいうが、他の冒険者を加えても、これは失敗に終わる確率は高いだろう。
加える冒険者が誰かによるが、よっぽどの誰かが受けてくれるほど割がいいとは思えない。
これを無理に受けさせて、依頼主である商人が死んだり怪我をしたり、商品を損失するようなことがあれば、それは冒険者ギルドの責任でもある。
エヴァリ冒険者には悪いが、適当なクエストなし、として別の適正ランクのクエストを斡旋したほうが、無難かもしれない。
――が。
「こちらなど、いかがでしょう」
「Dランク……商人とその商品の護送……や、やるわ!」
「かしこまりました。では、手続きに入ります」
集めた三人をこのままクエストにむかわせるのはさすがに無謀。
依頼主の商人がこの町を発つのは明日だ。
俺は、Fランクの二人に覚えがある。
戦い方次第では、Dランクでも十分対応できるはずだ。
冒険者ギルドにちょうどいたFランクの一人、アトロに声をかけた。
背が高く、体格がいいのが特徴だ。背に槍を担いでいる。
クエスト受領の件を伝えようとすると、ちょうど最後の一人、ウーノ冒険者がギルドにやってきた。
アトロ冒険者と対照的に、こちらは小柄。身の丈に合わない長剣を持っている。
「お二人が応募されていた護送クエストが、こちらのエヴァリさんも加わり、クエスト受領となりました」
「よ、よろしく」
エヴァリ冒険者たちは、それぞれ握手をする。
俺がカウンターを振り返る。
おそらく、俺が席を外すだろう、と予想していたのか、ミリアが俺の受付窓口を変わってくれていた。
目が合うと、彼女は笑顔で人差し指と親指で輪っかを作る。
俺は小さく頭を下げた。
「あの、職員さん。オレたち、護送クエストなんてできんのかな……?」
長剣持ちのウーノが不安そうに言う。
メンバーを見れば、わからなくもない。
「うん、オイラもそう思うよ……自分で応募しておいてアレだけど」
アトロも同じ気持ちらしい。
エヴァリも挙手。
「お、同じく……勧めてくれたから受けたけど、このメンツじゃちょっと……心配だわ」
このままでは、依頼主は出発日を変えるか、余所の伝手で護衛を雇うだろう。
それでは、ギルドの功績にはならない。
俺の見立てなら、問題なくこなせると踏んでいる。
だが、このままでは到底無理だ。
ルートは、最近盗賊や追剥が出没するという地域を通る。
「場所を変えましょう。そこで色々ご指導いたします」
顔を見合わせる三人。
俺はすこし準備をして、彼らとともに町外れの原っぱまでやってきた。
三人を前にして、俺は堂々と言った。
「みなさんは、そう、各々ご不安に感じておられる通り、低級冒険者の集まりで、冒険経験も乏しく弱いです」
「うっ……うるせえよ」
「わかってたけど」
「そ、そんなはっきり言うことないじゃないっ」
ウーノ、アトロ、エヴァリの順に反応した。
「しかも、他力本願で身の丈に合わないクエストに応募されました。足を引っ張るかも、とそんなことを考えることなく、他人の迷惑を顧みずに」
エヴァリは、俺が斡旋したから別だが。
「うぅぅ……言い過ぎだろ!」
「そ、そうだよ。オイラだって役に立つつもりでいたし……」
「みんなで頑張ればきっと大丈夫よ」
ウーノが吠え、アトロは口をへの字に曲げ、エヴァリはすこし怒った。
最近、ライラに教えてもらった便利な魔法がある。
それを使うと、子供サイズの黒子が四体現れた。
『シャドウ』というそうだ。
「うおわっ!?」
「なんだこれ!?」
「なんかちっちゃいの出てきた!?」
腕組みをしたまま、俺はその四体を動かす。
「キイ!」
一体がウーノのスネを思いきり蹴る。
「はうっ!?」
もう一体は、アトロが担いでいた槍を奪う。別の一体がジャンプして顔面を殴った。
「うがっ!?」
最後の一体は、エヴァリのスカートをめくる。
「きゃっ!?」
隙だらけだったので、ついでにパンツもずり下ろした。
「や、やだっ!」
シャドウの一体一体は、全然強くない。むしろ弱い。
ちょっと襲ってこの体たらく。
「言い過ぎ? 役に立つつもりでいた? 頑張ればきっと大丈夫? 笑わせないでください。気持ちでどうにかなるほど、リアルは甘くないですよ。まずは、自分は弱いということを自覚してください。それからがスタートです」
「きゅ、急に襲ってくるなんてなしだ」
「魔物は合図してくれますか?」
「……」
「盗賊や追剥も同様です」
「で、でもスカートをめくったりなんて……」
「死因が、下着に気を取られたから、なんて面白い冗談ですね」
「ううう……だって……可愛い恰好、したいんだもの……」
「気になるようであれば、ズボンをはいてください」
とくに女。
何かあれば、スカートをめくられる、下着をずらされる程度では済まない。
強姦され輪姦され、ボロ雑巾ように酷使され、最悪性奴隷になるか売り飛ばされるだろう。
それをエヴァリに説明した。
「「「………………」」」
さっきまでの反抗心は一切消えて、全員意気消沈していた。
「『私たちはクソ雑魚です。誰かの足を引っ張るゴミ虫です』――はい、復唱!」
鋭く言うと、三人が踵をそろえて復唱した。
「「「『私たちはクソ雑魚です。誰かの足を引っ張るゴミ虫です』!」」」
「今の言葉、忘れないでください。それが謙虚な態度に繋がり、その自己認識はいずれ向上心に変化します」
さて、ようやく本題だ。
「それを踏まえた上で、あなた方をご指導いたします。僕の指示に従ってください」
「「「はいっ」」」
俺は彼らのスキルを知っている。
それ用に、準備してきたものを渡す。
「え……オレ、これ使うの……?」
「オイラ、槍がいいんだけど」
「私…………やっぱりズボンをはかされるのね……」
スキルの確認を含め、何度か五体の黒子戦隊と三人を戦わせた。
思った通りのスキルと効果だった。
黒子は、俺が動かすこともできるし、指示を与えれば自動で動いてくれた。
「では、僕はギルドに戻りますので、黒子戦隊と自主練習をしていてください」
「「「はいっ」」」
彼らの本気度が伝わってきたので、たぶん投げ出すことはないだろう。
翌日、商人と三人組を引き合わせた。
「あなた方が護衛の……しばしの間、宜しくお願いいたします」
「「「よろしくお願いします!」」」
昨日、ずいぶん黒子戦隊にイジめられた三人は、最終的に六体の黒子戦隊といい勝負をするようになった。
顔つきが、戦士のそれになっている。
この様子なら大丈夫だろう。
様子が気になるといえば、気になる。
だから黒子を一体、こっそり荷馬車の裏に貼りつかせた。
長時間は無理だが、一時的に感覚を共有できるのだ。
仕事をしていると、足下で体育座りをしている黒子が、ぴくっと反応して「キイ、キイ」と俺のズボンを引っ張った。
「ん。来たか」
席をしばし外し、派遣した黒子と感覚を同期させる。
視覚、聴覚、その他が派遣した黒子と同じになった。
見えるのは、荷馬車。それから、六人の盗賊らしき男たち。
「ふへへへ、オンナがいるじゃねえか!」
「男どもをぶっ殺したあとはお楽しみと行こうか――!」
好色そうな笑みを浮かべた盗賊たち。
「練習通りよ、二人とも」
「わかってんよ」
「任せて!」
エヴァリの落ち着いた声に、ウーノとアトロが順に応じた。
小柄なウーノが駆けだした。
腰に佩いていた長剣は、今では短剣に代わっている。
「んだ、このチビ!」
曲剣や斧を構える盗賊たちの真ん中にウーノが突っ込む。
「オラァア!」
盗賊の攻撃に、ウーノがスキルを使ったのがわかった。
教えた通りだ。
ウーノのスキルは『インスタントエッジ』。
一秒未満の時間、自身の敏捷性を倍にするものだ。
攻撃をかわしたウーノが、短剣で反撃する。
「ぐあっ……」
「ナメんなよ、チビが!」
『インスタントエッジ』の特筆すべきは、そのクールタイムにある。
約三秒。その間だけ凌げば、またスキルが使える。
「くっそ! あたんねえ!」
これほど乱戦むきのスキルはない。
本人いわく、これまで一人で戦ってきたから、得物のリーチと攻撃力を重視したようだ。
安全に戦いたい気持ちはわかるが、それではウーノのよさを殺してしまっている。
だから俺がウーノに求めたのは、スキル発動の上手さではなく、敵中に突入する勇気だった。
敵は、ウーノの乱入で混乱しはじめた。
攻撃しようにも、味方との距離が気になり、戸惑っている。
「今よ!」
「ふぉぉぉぉおおおおおお!」
エヴァリの合図に、アトロが両手持ちの大盾を構えて突進する。
俺が用意したものだ。
長い槍を担いでいたが、アトロのスキルがあれば、この戦いでも十分だった。
スキルは『硬化』。対象は物。
アトロの戦い方はシンプルだ。
「ふぉぉぉぉ!」
盗賊の顔面に勢いよく盾を押し出す。
ガゴン、と鈍い音と悲鳴が上がった。
安物ではあったが、盾は全然傷んでない。
巨漢の男が、大盾を持って突進してくる――それはかなりの重圧だった。
「どこ攻撃すりゃいいんだよ――!?」
アトロの体を覆っている盾では、膝から下を狙うしかない。
スネにももちろん防具がある。
乱戦中の盗賊が対処できるとは思えなかった。
盗賊の斬撃は、ガン、と弾かれ、勢いよく突き出された盾が鼻を折った。
囲まれていたウーノが背中を斬られた。
「ぐわっ!?」
アトロの背後。
隠れていたエヴァリが、スキル『ヒール』を使う。
傷は残ったが、一瞬で止血された。
エヴァリは、まだ動けそうな盗賊たちを剣で行動不能にしていく。
変なものに気を取られなければ、エヴァリはかなり冷静なのだ。
盾で視界が狭まったアトロに指示を出しながら、全体をよく見ていた。
剣自体の腕は下の下。かなり下手っぴ。
だが、ウーノにかく乱され、大盾に気を取られる敵を攻撃するくらいはできる。
「敵は――」
エヴァリがあたりを見回すと、もう立っている盗賊はいなかった。
うん、いい戦いだった。
システマチックで、堅実で、地味で、容赦がない俺好みの戦闘だ。
三人は顔を見合わせ、喜色を滲ませパチンパチン、とハイタッチをした。
いいチームだ。
見ていた商人が荷馬車の陰から出てきた。
「助かりました……。ありがとうございます、ありがとうございます! ずいぶんと戦い慣れてらっしゃる。ランクは低いとお聞きして不安だったのですが、どうやら、杞憂だったようですね」
「いえ、私たち、昨日までは素人もいいところだったんです」
「オレたち、先生に色々と戦闘のいろはを教えてもらって、どうにか」
そうですか、と商人はうなずく。
「いい師をお持ちのようで」
「「「はい」」」
この調子なら、もう心配しなくても大丈夫だろう。
俺は黒子とのリンクを切った。
どんなスキルも、どんな冒険者も、組み合わせと連携次第で上手くやれるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます