第27話功績と専任職員
「ロランに、ひとつ任せたい仕事があるの」
冒険者ギルドが閉館したあと、終礼と呼ばれる簡単な連絡事項を職員に伝える時間に、アイリス支部長は俺を名指した。
「はあ。……食事ならお断りさせていただきますが」
「ち、違うわよ! 誘ってもないのに断るのはやめて」
他の職員もいる前なので、こほん、と咳ばらいをして、改めて言った。
「いつもは、冒険者試験の試験官を冒険者経験のある職員とあなたでローテーション回しているでしょう? 今後は、あなたにだけそれを任そうと思っているの」
通常業務が目が回るように忙しい――というほどでもない。
何も問題はなかった。
「支部長~。ロランだけに任せて大丈夫ですか? そもそも何でローテしてるかってぇと、試験官それぞれ基準があいまいだからで、そいつの好みや考えに選考が偏らないようにするためですよ」
モーリーが説明すると、そうね、とアイリス支部長。
「けど、資料をまとめてみたのだけど、これを見て」
配られた資料には、俺が試験官を担当した冒険者と、その他の冒険者の比較が載っている。
「全然違う……」
「アルガンさんが合格にした冒険者って、特別な人は誰もいないのに」
「いや、特別な人材どころか……よその支部で試験を落ちたやつが多い……」
「それなのに――」
そこにあったのは、俺が合格にした冒険者たちのクエスト受領回数と成功数の平均値。
あと、冒険者ランクの上がる速度の平均値。
「ロランさん、すごいです~! 冒険者さんたちのほとんどが、一か月後にはEランクに上がってます!」
目を丸くするミリアが、資料をぺしぺしと叩いて説明してくれた。
大丈夫だ、ミリア。
俺も同じ資料を持っているから、見ればわかるぞ。
ざわつく職員たちをアイリス支部長が静めた。
「見ての通りよ。ロランが試験を通した冒険者は、非常に優秀なの」
「わ、わたし、ロランさんが試験を担当した冒険者さん、一人覚えているんですが……もうCランクですよ……?」
思い出したようにミリアが言った。
「おいおい、ロラン君が試験の担当をはじめたのって……二か月前だぞ」
「ロラン組の一期生ってこと? そいつは二か月でCランク? や、やっべえ……」
「すげえ優秀じゃん!」
はじめて合格にした冒険者は俺も覚えている。
ミリアが引っ張り出したのは、冒険者名簿。
そこには試験の記録もある。
「ま、待ってください――この人です、見てください、これ!」
他の職員たちも名簿をのぞきこむ。
「魔力測定……Eマイナス。全然ダメじゃねえか」
「おい、待てよ、実技評価もEだ……」
「どちらも合格ラインは評価Cからだぞ……?」
「俺なら落としてる」
「いや、誰が試験官でも落としてるよ」
厳しく評価をしたつもりはない。
よそで落ちたらしい試験結果を見せてもらったが、そちらも能力評価はそんなところだった。
「「「「こいつが最速Cランク!?」」」」
目安はあるが、最終的に合否を決定するのは試験官だ。
俺が見ていたのは、能力だけではない。
そいつの人間性も見ている。
真面目で、素直で、誠実で努力家の少年だった。
合格を言い渡したとき、むしろむこうのほうが驚いていたくらいだったのだ。
そんな彼だから、俺は実技試験を振り返りながら、良い所と悪い所をおさらいさせた。
自分の長所と短所をきっちり自覚している者は意外とすくない。
それを理解させた上で、何をどう対策するか、長所がどうしたら伸びるか、具体的に説明した。
あと教えたのは、単独で討伐クエストを受ける場合の注意点。パーティを組んだときの役回りや立ち回りくらいだ。
『ちゃんとぼくのことについて、あれこれ言ってくれたのは、職員さんがはじめてです……』
と、少年は感動していた。
『職員さん、見ててください! 合格にしてくれた職員さんの恩に報います! 頑張ります!』
本当にかなり頑張ったようだ。
よその支部できっと何か言われたんだろう。
むいてないからやめたほうがいい、とか。
冒険稼業なんて、所詮は本人のやる気次第だ。
冒険者自身にやる気がないなら、職員は無理にクエストを受けさせることはできない。
向上心がなければ強くもなれない。
それを強制することは職員にはできない。
だから俺は、やる気を引き出すのも、仕事のうちだと思っている。
アイリス支部長に「あなた、特別なことを何かしてない?」と訊かれ、俺なりの試験のやり方を教えた。
「というわけで、別に僕は特別なことはしていません」
職員たちは呆気に取られていた。
「そこまでしてんのかよ……?」
「ていうか、そんな的確な助言できねーって」
「わたし、ロランさんは何か他の人と違うなーって思ってましたよ! 最初からです、最初から!」
と、ミリア。
うんうん、と小さくうなずきながら、アイリス支部長は言った。
「きっと、あなたのその真摯な姿勢を見ているから、試験をパスした冒険者は頑張ってくれるのだと思うわ」
「いえ、それは本人の努力なので、僕は関係ないかと」
「これだけのことして、謙遜してるぜ……」
「いや、謙遜っていうか本気でそう思ってそうだ」
「関係ないわけないだろうに……手柄絶対主張しねえじゃん」
「なんか、プロって感じでカッケー……」
職員たちのひそひそ話を聞いたアイリス支部長は、くすっと笑った。
「受けてくれるかしら? あなただけに試験官を任せたいのだけど」
「僕でいいのなら。むしろ、他の方が試験をする手間が省けて非常に業務効率がよくなると思います」
俺がそう言うと、拍手が起きた。
なんというか、くすぐったい。
不思議な気分になる。
思えば、自分がしたことを誰かに褒めてもらったことがないからかもしれない。
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