第25話冒険者になりたい勇者様と試験官


 ライラが教えてくれた幻覚魔法『リアルナイトメア』は成功したはずだ。


 確実に俺は、ロランは死んだと言い聞かせ、思いこませたはずだった。


 解せない。

 誰かが浄化したのか――?


 あのままでも誰も困らないだろうに。

 解せない。


「何難しい顔してるのよ。冒険者登録の手続き? みたいなのがあるんでしょー? 早くしてよ」


 ほらほら、とカウンターのむかいにいるアルメリアは、催促してくる。

 ミリアの手に負える相手ではないので、仕方なく俺が対応することになったのだ。


「断る……ります」

「なんで?」


「あなたは、王女様であり勇者様です。冒険などしている場合ではないと思いますが」

「い、いいのよ。別に」


 ぷい、とアルメリアは顔を背けた。


 後ろで職員たちが円陣を組んでぼそぼそと話し合っている。


「なんだ? 勇者様とロラン君は仲いいのか……?」

「仲いいかはわかりませんけど、知り合いくらいには見えます」

「勇者で王女のアルメリア様と知り合い……?」

「アルガンさん、何者なんでしょう」

「あれだよ、あれ。戦争中、勇者様に助けてもらった、とか……」


 言うだけ言わせておこう。

 誰も事実は知らないのだし。

 円陣を解いた職員たちが仕事に戻った。

 ちらちら、と視線はかなり感じるが。


「わ、私にあんなことしておいて……び、びっくりしちゃったけど……あなたの気持ちは……そのう……十分伝わったわ……」


 頬を染めながら、ちょんちょんと人差し指をくっつけては離すアルメリア。


「何のことを言っているのか、わかりかねます」

「その変なしゃべり方やめてっ。前みたいに接して」


 ため息をついた俺は、要望に応えることにした。


「わかった。ランドルフ王にこのことは言ったのか」

「お父様は関係ないでしょ」

「おまえはいつもそうだ」

「そうやっていつも子供扱いしてっ」


 ざわざわざわざわざわざわ!


 また後ろで職員たちが円陣を組んだ。


「おい、聞いたか」

「アルメリア様をおまえ呼ばわりしてた」

「深い仲!」

「あんなことしておいて……指ちょん……頬ぽっ……」

「ヤってんだよ。絶対」

「なんで気軽に国王様の名前が出てくるの!」

「婚約者的な?」

「「「「あぁ~そのパターンかぁ……」」」」


 違う。

 全然違うぞ。


「変よ。冒険者は誰でもなれるっていう話なのに」

「他に優先してやることがある、と俺は言っている」

「そ、そんな眼鏡かけた顔で凄んだって、ダメなんだから。だいたいなんで眼鏡かけてるのよ! しかも似合ってるし……」


 ならいいだろ。


「ロラン、あなたがここの職員だというなら、上の人に指示を仰ぎなさい」

「俺に指図するな」


「おいおい、王女様になんて言い草だよ」

「ろ、ロラン君だけじゃなく、支部長の首も飛ぶぞ……!」


 気になって支部長室のほうを見ると、そっとこっちを覗いているアイリス支部長がいた。


「あ! あなたがロランの上司? 私、冒険者になるわ。いいわよね?」

「いいかと言われれば、いいのですが――」

「あなた、名前は?」

「アイリス・ネーガンと申します。この町の冒険者ギルドの責任者でもあります」

「あら、そう。覚えておいてあげる」

「光栄です」


 フン、と偉そうに顎をあげるアルメリア。

 悪いところが出ている。


 どん、と俺はカウンターを叩いた。

 びくん、とアルメリアが首をすくめる。


「横柄な態度を改めろ。彼女は、俺の上司にあたる。失礼は許さない」

「うっ……ご、ごめんなさい……」


「おまえはアイリス支部長に名乗ったのか」

「ま、まだよ……」


「誰もがおまえのことを知っているわけじゃない。あまり思い上がるな」

「ご、ごめんなさい……」


 しゅううん、とアルメリアが小さくなっていく。


 アルメリアが非礼を詫びて改めて名乗った。


「私は、アルメリア・フェリンドです。第一王女で、以前は勇者などと呼ばれていました」

「存じております」


 今度はやりとりを見守っていた冒険者たちがざわついた。


「勇者に謝らせたぞ」

「王女様にあんな態度取らせるなんて」

「しかも軽く説教した」

「「「「何者ですか……」」」」


 冒険者ギルドにいる全員が、俺とアルメリアのやりとりに注目していた。


「――ともかく。あなたの上司のアイリス支部長は、冒険者になることを承諾したわ」


「いいだろう。冒険者になるには、魔力測定と実技試験がある。試験官の職員が適正を判断するんだが……今日は俺が試験官の日だ」

「だから、何よ」

「合否を決めるのは俺だ」


 うえ、とアルメリアは苦そうな顔をする。


「適正といっても、試験官によって基準はまちまちだ。だからこうしよう。俺に勝てたら冒険者適正ありと認めてやろう」


 冒険者ギルド内の全員が声を上げた。


「お、俺に勝てたらって……相手勇者だぞ……」

「最強の勇者に喧嘩売ったぞ!?」

「何考えてんだ!」

「さすがにそれは無理! ていうか意味がわからん」


 アルメリアはぶんぶんと首を振った。


「そんなのズルよ! ズル! ロランが相手で勝ったら合格なんて……無理ようっ」


「勇者様、弱気!?」

「なんでだ!?」

「魔王を倒した英雄なのに」

「「「「てことは……そんなに強ぇのか……!?」」」」


 ここでなくても、別の冒険者ギルドに行けばなれるんだが、アルメリアはこの冒険者ギルドにこだわるようだ。


「ロランに認められることも大切だから」

「じゃあ、冒険者にならなくてもいいだろう」

「…………会う口実がほしいのよ……わかってよぉ……バカぁ!」


 カウンターにあったペンを投げつけてくる。


 ビュン。


 それを掴んだ。


「い、今見えなかった……」

「何が起きたんだ?」


 ペンを元の場所に戻す。


「備品を投げるな」

「うううううう……」

「試験をする。外に出よう」


 アルメリアを促して、俺は町の外へやってくる。


 ギャラリーが大勢いる。

 アルメリアが連れてきた騎士たち、町の住民たち、冒険者たち。

 この町にいる全員が見てるんじゃないか、と思うほど大勢いた。


 すこし離れた場所で、アルメリアが息を細く吸って長く吐いた。

 俺が教えた精神統一のひとつだ。


 腰の名剣エイズワーズを抜いた。


「ロラン……本気で行くから。あなたに、私のことを認めてほしい。そして私は冒険者になる!」


「気持ちでは何も問題は解決しない。教えたはずだ。気持ちを、願望を、欲望を押し通すには、力が必要だと。……おまえにそれだけの力があるか、見てやろう」


 俺は手ぶらのまま。

 ポケットに手を突っ込み、アルメリアが放つ剣気を正面から受け止める。


 じわりとアルメリアの額から汗が浮き、息を呑んだ。


「…………ッ」


 散歩するように俺が一歩踏み出すと、バックステップを大きく踏んで俺から距離を取った。


 観衆から声が聞こえる。


「何が起きてるんだ」

「すこし近づいたら、一気に離れたぞ」

「勇者様が……攻撃できないでいる」


 アルメリアは、本能的に攻撃してくる魔物ではない。

 だから、今のやりとりでほとんど理解しただろう。


 仕切り直すように、アルメリアは上がってしまった息を整えて剣を構える。


 殺気は十分。

 だが、まだ洗練されているとは言い難い。


 消耗した状態でライラと戦わせないでよかった。

 たぶん戦えば死んでいただろう。


 アルメリアがさらに強めた重圧を、俺は正面から受ける。


 気迫、勇気、執念、殺気、覚悟――他人へむけて放つ気の種類はこんなところだ。

 俺はアルメリアに殺気を返す。


 ゾゾゾゾゾ、と身震いをしたアルメリアが、顔色を青くする。

 剣の切っ先が震えはじめた。

 呼吸が乱れる。流れる汗の量が尋常ではなかった。


 刃を交えなくても、どちらが上かわかるようになった。

 その成長は素直に褒めようと思う。


 膝が笑いはじめたアルメリアは、剣を落とし地面に手をついた。


「はっ……はあ、はぁ…………嘘……。私、ちょっとは強くなったと思ったのに……はぁ、はあ……二〇回は死んだ……」


 正確には、もうちょっと死んでいる。

 面倒だから数えなかったが。


「俺の殺気に耐えたのは五秒ほどか。強くはなっていると思うぞ。戦闘中に俺の殺気にあてられ、失神し漏らしていたころに比べれば」


「い、言わないでっ! ていうか漏らしてないからっ! あれ汗だから!」


「俺の勝ちだ。残念だが、おまえを冒険者として認めることはできない」


「もういいわよ! バカロラン! 厳しすぎよっ! あと空気読んでよ! 私、また来るから!」


 べっと舌を出したアルメリアは、どすどす、と足音を鳴らし町のほうへと帰っていく。


「好きにしろ」


 ちら、とこっちを見てはにかむと、たたたた、とアルメリアは走り去ってしまった。




「ロランさん、王女殿下とどういうご関係なんでしょう……? も、元カノ、とか……」


 試験後、ギルドに戻るとミリアに訊かれた。


「一緒に旅をして、魔王を倒したんです」

「あははは。なんですか、それー」


「冗談です。家庭教師……のようなことをしていたので、それで」

「ああ、なるほど~、それで。っぽいです! っぽさありますっ。だから眼鏡なんですね~」


 若干ズレたようなことを言うミリア。

 戦闘のいろはを教えていたのだから、ギリギリ間違いではないだろう。


 そのせいで、俺はしばらく王家の元家庭教師という変な肩書が増えた。

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