第23話想定外の来訪者


 いつものように仕事をしていると、ギルドの外が物々しい雰囲気に包まれた。

 ガチャガチャ、と甲冑の騎士が何人も闊歩している。


 また領主の騎士団かと思ったが、紋章が違う。

 このフェリンド王国の紋章を持つ騎士団だった。


 あの紋章を持つ騎士団がうろつくということは――。


 嫌な予感がして、俺が席を外そうとすると、バーン! とギルドの正面の扉が開けられた。


「ここね――!」


 勝ち気な青い瞳に、長い金髪。あのころとまったく変わらない勇者の服装。


 眼鏡をきちんとかけ直し、なるべくそっちを見ないようにゆっくりと席を立つ。


「おぉ……ゆ、勇者様だ……!」

「アルメリア王女殿下――」

「え――、あのお方が!?」


 ツカツカツカ、と受付まで速足でやってくると、恐れおののくミリアにアルメリアは訊いた。


「お騒がせしてごめんなさい。ここにロランって人がいると聞いて――」


 事務室から出るまで、あとすこしというところだった。


「いたぁあああああああああああああああ!」


 大声にそっと後ろに目をやると、アルメリアは俺を指差していた。


「いえ、人違いです」

「何で逃げようとするのよ! 眼鏡かけてるし……変装のつもり?」


 俺は観念してため息をついた。


「何の用だ……ですか?」


 ふん、と鼻を鳴らすアルメリア。

 決まっているわ、とでも言いたげだ。


「冒険者になりに来たわ」


 頭痛がしてきたので、俺はこめかみを押さえた。


「ご遠慮ください」

「なんでよっ! どうしてっ! 誰でもなれるんでしょ?」


 ばんばん、とカウンターを叩く。簡単にヒビが入った。


「ひぃぃぃ~ん」


 ミリアが涙目で恐れおののいている。


 どうしてアルメリアがここに……?

 やっぱり、『アレ』は失敗だったのか?



 時間をさかのぼり、ランドルフ王にメイリの件で借りを作ったときのことだ。


 俺はランドルフ王に相談された。


「我が娘にして第一王女、勇者アルメリアのことだ」

「……アルメリアがどうかしたか」


「魔王討伐後、無事帰還したはいいが、さっぱり元気がない。親しい侍女がワケを訊くと、どうやらとある者がいなくなったせいだ、と言う。この戦いが終わったあとは一緒に楽しく暮らす、という約束もしたとかで……」


「なるほど。戦後の混乱期だ。人の行方がわからなくなるのも無理のない話。その者を俺が捜せばいいんだな?」


「違うわ! おまえだ、おまえ! おまえのことだ」


 要約すると、俺がいないからアルメリアの元気がないらしい。

 それを、当の本人である俺にどうにかしてほしい、とランドルフは言った。


 俺はそんなおかしな約束をした覚えはさっぱりないが、ともかく、借りを作った以上は返さなくてはならない。

 アルメリアは、俺がどこかでまだ生きているだろう、という希望を持っていた。

 事実そうだ。


 だが、それでは俺は『普通の生活』を送れない。

 勇者兼王女に付き合っていれば、『普通』から遠ざかるばかりだ。

 俺は今の生活を気に入っているしな。


 一度その相談事を持ち帰り、ライラに俺は意見を訊いた。


「ふむふむ。難儀な男よな、そなたも」


「戦後の話をした覚えはないんだが、ともかく、俺がそういう約束をしたとアルメリアは思っている。そして、約束相手の俺は消息不明で、あれ以降ずっと落ち込んでいるらしい」


「まあ、そなたほどのよい男、他の女子(おなご)が放っておかぬのも無理はない。であれば――こういうのはどうだ?」


 ライラが提案した作戦はこうだ。


「そなたは、その勇者となるべく関わり合いにはなりたいくないが、そやつはそなたとの再会を望んでおる。そして王の依頼は、勇者王女の元気を取り戻すこと。それならもう、いっそ死んだことにすればよい」


 そうすれば、今後関わろうと思わなくなるし、しばらくは元気がないだろうが、いずれは立ち直ってくれる。


「戦死者への悲しみは、時間が癒してくれる」

「ん。いい手だ」

「ふふん。そうであろう」


「だが、どうすれば俺が死んだと思い込むんだ?」

「位階七等の魔法に、『リアルナイトメア』という幻覚魔法がある」

「なるほど。それを使い思い込ませるわけか」

「然様」


 聞いたことのない魔法だったが、俺はライラのレクチャーを受け、あっさり習得した。


「うむむむ……こうも簡単に覚えられると、魔族の沽券にかかわるというか……末恐ろしい男だ……」


「『リアルナイトメア』……俺が主人でおまえは犬だ」



「…………わんっ♡ わんわん! うぅ~、わんっ♡」



 じゃれようと飛びついてくる四足歩行のライラをかわす。


 ふむ。

 幻覚でもあり催眠でもあるわけか。

 魔法能力がゼロのライラには効果てきめんだった。


 元に戻すには、術者の解除、もしくは位階七等以上の浄化魔法の使用が必要だという。


「わうわうっ♡」


 ペロペロペロペロペロペロ。ちゅっちゅ、ちゅっちゅ、ちゅっちゅ。


「わかった、わかった」


 パン、と顔の前で手を叩き、ライラを正気に戻す。


「? ~~~~~! 妾を辱めおったな! く、屈辱……!」


 効果がよくわかったので、俺はその日のうちに王都にむかい、王城のアルメリアの部屋に忍び込んだ。


 ベッドでよく眠っているアルメリア。顔を見るのは久しぶりだった。

 その目尻から、つ、と涙を流した。


「ロラン……」

「……」


 俺はもう暗殺者ロランではない。ギルド職員のアルガンさんだ。

 すこし揺らぎそうになった気持ちを律し、アルメリアを起こす。


「……え――だ、誰っ? ……ロラン……?」


「『リアルナイトメア』……ロランは死んだ。魔王と刺し違えたんだ。その場に死体がなかったのは、手負いのまま脱出したからだ。だが、途中で力尽きた。もう一度言う。ロランは死んだ」


 魔法にはかかった。手応えはライラのときと同じだ。

 虚ろだった青い目が元に戻る。


「なんで……?」


 喉をしゃくらせ、アルメリアが泣きはじめた。


「やだ……ロラン……一緒にいてって……一緒にいてほしいって言ったのに……約束もしたのに……やだよぅ……いなくならないで……」


「それを伝えにきた。あと、落ち込んでいる暇があるなら、国をよりよくするため働け。以上だ」


 ぐすぐす、とまだ泣き止まないアルメリア。


「……大好きだった……っ。いきなりそんなこと言われても……ロラン……っ」


 約束……。

 そういえば、ひとつだけ思い出した。

 俺が、いつもアルメリアを子供扱いするから、彼女は半ば怒りながら勢いでこう言った。


『この戦いが終わったら、き…………キス……して』


 まだ幼さを残す少女の言葉に、俺はイエスを返した。

 背伸びしているように見えて可愛らしかったのだ。


 あのときに比べて、今は背が伸びた。髪も伸び艶やかになった。胸は小さいままだが。


「ひとつだけ、約束を果たそう」


 目元をごしごしこすって子供のように泣くアルメリアの手を掴む。

 涙の痕を指の腹で拭う。

 背中に腕を回し抱き寄せる。


 優しく唇を奪った。

 俺が知る限りでは、アルメリアはこれがはじめてになる。


「……元気でな、アルメリア。おまえの活躍を祈っている」


 熱に浮かされたように、ぽけーっとしているアルメリアに言い残し、俺は窓から外へ飛び出した。

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