第22話スキルの使い方


 メイリがいなくなり、数日が経った。

 俺はいつも通りギルド職員として仕事をし、ライラは家でごろごろ過ごしたり、それに飽きれば俺に言って猫に姿を変えて職場に遊びにきていた。


「ロランさん……最近、元気ないですね?」


 例のごとく書類整理をしていると、ミリアがそう言った。


「元気ないですか?」

「はい。やっぱりメイリちゃんがいなくなったから……?」


 そうなのだろうか。

 そもそも元気がないという自覚がなかった。


 職場のみんなには、預かっていたメイリは親元に返した、と説明していた。


「胸の内側が、ちょっと悲しい、という不思議な気分です」


 メイリがいなくなってから、『温かい』を感じなくなったのはたしかだ。


「ロランさん、それ、寂しいって言うんですよ?」


 なるほど。この感情を寂しいというのか。

 それなら、きっとそうなのだろう。

 見つからなかったパズルのピースを見つけたような、すっきりとした気分になった。


 この数日、俺とライラは寂しかったのだ。


 メイリと貴族のバルデル卿のいざこざについて、俺はアイリス支部長に説明を求められ、支部長室で二人きりのときにすべてを話した。


 ギルド内であそこまで大暴れ――みんなはそういう認識らしい――をした俺を叱る気だったようだが、事情を聞いたあと、むしろ褒めてくれた。


『暗殺者っていうより、正義の味方みたいね、あなた』


 正義の味方は仕事で人を殺したりしないと思ったが、それは言わずに呑み込んだ。


「あの――! もう一回だけお願いします! 僕、もっと魔法頑張るし、勉強するんで――」

「そう言われても……」


 受付で少年が受付嬢に頭を下げていた。


「冒険者になりたいんです!」

「試験不合格は不合格なので、また今度試験を受けに来てください」


 その会話を気にしていると、ミリアが教えてくれた。


「この前、冒険者試験を不合格になった子なんですけど、それに納得がいかないみたいで。昨日も来てたんです」


 冒険者試験は、重罪人でなければ誰でも受けることができる。

 試験官が素質ありとみなした者、一定の水準に能力が達している者を合格とする。

 不合格者が再試験を受けられるのは、半年後――と職員マニュアルに書いてあった。


 不合格者が成長するだろうというのを見越して、半年という期間に設定しているようだ。


 冒険者試験の結果をまとめた書類をめくる。

 メイリのあとに試験を受け、不合格になった者は一人しかいなかった。

 ゼペットという一四歳の少年。


「……」


 ふむ。なるほど。

 記載されている情報は、名前年齢、得意武器、スキル(判明しているのなら)、魔力測定数値、試験官の名前などだった。


「もうギルドが閉館する時間なので、今日はお引き取りください」

「……はい……」


 しょぼん、と肩を落としてゼペット少年はギルドを去っていく。


 ギルド閉館の時間になり、仕事を終わらせた俺は、事務室を出ていく。

 後ろからミリアの声が聞こえてきた。


「あ、あれ――? ロランさん、見ませんでした?」

「アルガン君ならさっき帰ったけど」

「えぇぇ~、帰るの早すぎです……ご飯、ご一緒したかったのにぃ」


 ゼペット少年が、ギルドの入口にある石段に座り込んでいた。


「半年後じゃダメなんですか?」


 顔を上げて、俺に気づいた。


「職員さん……。はい。早く冒険者になって、母さんに楽をさせてあげたくて……」


 一攫千金……たしかに冒険者というのは、夢のある仕事だと思う。

 だが、博打と同じで、それを得られる者は一握りもいないのが現状だ。


「僕に力がないせいで、試験、落ちちゃって」


 試験官は、他の男性職員だったが、別段おかしいところは何もなかった。


 ゼペット少年は、この町出身で、母親と細々と生活をしているそうだ。


「勇者様が魔王軍と戦っているのを、僕、遠くから見たことがあるんです。それに憧れたっていうのもあります。剣で、魔物や魔族の大群を薙ぎ払って――すごかったんです」


 それで、得物が剣なのか。

 アルメリアも、俺がパーティに合流したときは、剣の扱いは下手くそで、剣技は才能頼みで非常に雑だった。


「気になって、ゼペットさんの試験結果を見せてもらいました。……スキルが『貫徹』というものなんですね」

「はい。それを知ってから、勇者様に憧れているのもあって剣を選んだんです。でも、こんなスキルじゃ全然使い物にならなくて……もっとすごいスキルを僕が授かっていたら」


 誰でも何かしらのスキルを得られる。例外も存在するが。

 俺が『影が薄い』であるように、ゼペット少年は、『貫徹』だった。


「使ってみせてくれませんか? スキル」

「え? いいですけど……」


 創意工夫。

 どんなゴミスキルでも使い方による。

 それに、俺と違い、そこまで悲観するようなスキルじゃない。


 不思議そうな顔をするゼペット少年と町の空き地へやってきた。


「じゃあ、いきます」


 剣を鞘から抜いて、構える。

 隙だらけの、微笑ましいともいえる構えだった。


「ハァッ!」


 両手に握った剣を突き出す。

 発動したスキルが、淡く切っ先を光らせた。

 それから、二度三度、斬る、突く、薙ぐ、と振りを見せてくれた。


「文字通り、『貫徹』は貫くことに特化したスキル。――突くタイミングでスキルを使っているんですね」

「はい!」


 俺が言うと、嬉しそうに返事をした。


 あたりを見回し、ちょうどいい物を発見した。


「これでスキルを使ってみてください」

「え~。けど、これ、武器じゃないですよ……?」


「使い方はわかりますか?」

「わかりますよ、バカにしないでください」


 不満そうに持ち手を握った少年は、スコップを地面に突き刺した。


 ザグン――。


「わわ、奥まで入っていく……!」


 思いきり地面に刺したせいで、柄の途中までスコップが入っていった。


「す、すごい」

「そういうことです」

「え、そういうことって……じゃあ僕の武器は――スコップ? だ、ださい……超だせえ……」


 がっくりと両膝を地面についてうなだれた。


「穴を掘る、というのは、非常に重要です。セーフティゾーンがない森の中や洞窟の中、これがあれば安全に休憩所を作ることができます。掘った土や岩を材料に壁を作ることもできます」


「た、たしかに……!」


 ザクザクザクザク、とプリンをスプーンですくうように、ゼペット少年は簡単に穴を掘っていった。


「戦えないですけど、便利といえば便利ですね」

「戦うだけが冒険じゃないでしょう?」


 そうですね、とゼペット少年は笑った。


「試験官に冒険者経験があるなら、スコップとスキルの相性による実用性は確実に認めてくれます」

「ううう……でも、僕、半年後まで試験を受けられなくて」

「よその町で受ければいいじゃないですか。この町にこだわる必要はないでしょう」


 冒険者になった町でしかクエストを受けられない、という決まりはない。

 志望者は、どこの町でも試験を受けることができる。


「え、いいんですか? よそで受けても」

「この町からすこし離れますが、受けられますよ。今日お願いしていた受付嬢が言っていたのは、試験のやり直しはできない、ここでまた受けるなら半年後、と言いたかったんだと思います」

「そうだったのか……。色々教えてくれてありがとうございます!」


 ぺこり、とゼペット少年は頭を下げ楽しそうに走り去って行った。


 別の道具……スコップではなく武器の使い方を教えようと思ったが、試験をパスするだけならスコップで十分だろう。

 スコップを武器にしている冒険者なんていない。

 その希少性は必ず目を惹くはずだ。




 再びギルドに姿を見せたのは、一週間後だった。


「職員さん!」


 奥にいる俺をゼペット少年は呼んだ。

 手には、冒険証が握られていた。


「僕、試験官にすごい褒められたんです! スキルの活かし方やそのアイディアはこれからもきっと活きるだろうって! 僕が考えたわけじゃないから、どうしてもお礼が言いたくて!」


「それは、よかったですね」


「特殊なクエスト……地中にある鉱石を見つけたり、発掘したり、道を作ったり、そういうクエストは割もいいから頑張れって言われました」


 武器の使い方を教えようと思ったが、たぶんこれでいいんだろう。

 母親を悲しませるような冒険者にはならないだろうから。


「今後の活躍が楽しみですね」

「や、やめてくださいよ!」

「あのとき教えても付け焼刃になると思ったので言いませんでしたが……槍の扱いも覚えておきますか?」


 ちょっとだけ考えて、首を振った。


「僕は僕なりの冒険をしていきます。必要なら、そのときまた覚えます」


 にっと笑う少年に、俺も笑みを返した。


 スキル『貫徹』では、きっと英雄になることはできない。

 だが、そういう冒険者がいても俺はいいと思う。

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