第20話道端の少女5


 メイリが無事冒険者となった翌日。

 ライラが付き添い、昼過ぎに冒険者ギルドへやってきた。


「ロラーン! クエストー!」


 奥にいる俺をメイリが大声で呼んだ。


「メイリちゃん、可愛い……」

「和むわぁ……」

「ちびっ子冒険者可愛い……」


 職員や他の冒険者たちが、ほんわかした顔でメイリを見ていた。


 ご指名された俺に気を遣って、職員が受付席を空けてくれた。


 俺はその職員に会釈をし、席に着く。


「初クエストだな」

「うんっ。いっぱいいーっぱい、『バックスラッシュ』したいっ」


 その技名にビクン、とモーリーが反応し、首をすくめて小さくなった。

 あの技がトラウマになったらしい。


「戦闘のあるクエストは、Fランクのメイリにはない。昨日説明しただろう」


 メイリの冒険証を預かりFランククエストを探そうとすると、外から大きな馬蹄がいくつも聞こえてきた。


 それから、ギルドの中に甲冑姿の騎士が五人入ってきた。


「見つけたぞ」


 視線の先にはメイリがいる。

 カチャカチャ、と甲冑を鳴らしながらメイリに近づいてくる。

 例外なく、貴族が持つ紋章をつけたフルフェイスの騎士たちだった。


 来ていた冒険者たちが声を潜めた。


「おい、あれって領主様んところの……」

「ああ、バルデル卿のとこの騎士団だ……」


 バルデル卿と聞いて思い当たるのは、バルデル・アルゴット男爵だった。

 俺たちの住むラハティと他いくつかの町村を治める領主だ。


 メイリがライラの後ろに逃げ込んだ。


「何かご用でしょうか」


 俺が訊いてみると、代表者らしい騎士が首を振った。


「騒がせて申し訳ない。この子を捜していたのだ」


 暗殺者を送るくらいだから、ある程度居場所は察知されていたと思ったが、今度は騎士の登場か。

 それにしても、送り主が領主だったとはな。


「バルデル様がおまえを待っている。帰るぞ」


 メイリは首を振った。


「い、イヤ……! メイリ……ここにいる」


 ばっとライラが手を広げて通せんぼをする。


「年端もいかぬ子を怖がらせて、それが騎士のやることか? 恥を知れ!」


 さすがは魔王。

 魔力がなくても魔法が使えなくても、迫力は一線級だ。


 周囲はその迫力に呑まれ、騎士がすこしたじろいだ。


「どのような手を使ってでも連れ帰るように、と主から仰せつかっている。そこをどけぇい!」


 そう言って腰の剣を抜いた。それに合わせ、他の騎士も剣を構えた。


 ギルド内が騒然としはじめた。


 騎士が剣を鞘から抜くというのは、それなりの覚悟を意味する。

 バルデル卿の命令はそれほど強いものらしい。


 確証はなかったが、暗殺者を差し向けたのもバルデル卿で間違いないだろう。


「丸腰の女子供相手に、剣を抜くとは……」


 俺はカウンターの向こう側へ飛んだ。

 メイリとライラの前に立った。


「控えろ! 冒険者ギルド職員が口を挟んでいいことでは――」

「騎士はもうすこし品のある連中だと思ったが」


 騎士はカッとなったのか、ぐっと剣を強く握った。


 領主というのは、地域によれば法律そのもの。

 カラスも白だといえば、その領地では白となる。


 それほどの強権を使ってでもメイリを連れ戻したいようだ。


 騎士が気合いとともに構えた剣を振り下ろしてくる。


 まばたきひとつの時間に、命のやりとりをする――。

 それは、俺にとっては朝のさわやかな散歩と何ら変わらない。


 握りしめた拳を騎士の顔面に叩き込む。

 フルフェイスの兜が砕けた。


 凄まじい音を立て、吹っ飛んだ騎士は背中を壁に叩きつけた。


「――ガハッ……」


 騎士は膝から床に倒れた。

 鼻と前歯くらいは折れただろう。


 呆気にとられた他の騎士たちはその場で固まっていたが、我に返った一人がギルドを慌てて出ていった。


 敵わないと悟れば逃げる。

 非常にいい判断だ。

 やつはきっと長生きする。


「おいおい……! 領主んとこの騎士を、あの職員ぶっ飛ばしやがった!」

「直轄の騎士をぶっ飛ばすってことは、領主に歯向かうってことだぞ!?」

「何考えてんだ。ガキ一人渡せば済むことだろ。領主の騎士に反抗するなんて――」


 冒険者の会話が聞こえる。

 俺が視線をやると慌てて口をつぐんだ。


「ふふふ、あはははは。痛快である」


 ライラだけが笑っていた。


「おい、おまえ!」


 床に倒れていた騎士が顔を上げた。

 案の定、鼻と口を血だらけにしている。


「ふむ。ずいぶんと男前になったな。どのような顔だったかは知らぬが」

「おい、ライラ、皮肉を言うのはやめろ」


 唾を飛ばしながら騎士が喚いた。


「バルデル卿の遣いの使命を妨害し、あまつさえ反抗するとは! これは反乱も同然! 死罪だ! 死罪!」


 ギルド内が、不穏にざわついた。


「よりにもよって、この男に死罪……ふ、ふふ、くふふ……」


 ライラだけが、笑いをこらえるのに必死だった。


「……死罪? いいだろう。殺してみろ」


 さっと移動した俺は、男の前でかがみこんだ。


「殺せるのならな」


 いつの間にか眼前にいた俺に驚いた騎士は、俺の圧に耐えかねて目を伏せた。


 そのときだった。

 小太りの身なりのいい男がやってきた。


「ようやくエイリアスを見つけたと思い馬車で待っていれば、なんたる醜態。情けない」


 さっき逃げていった騎士が呼んできたようだ。


「領主様だ……」

「バルデル男爵――」


 そうか。あいつが、バルデル卿か。

 見覚えのある顔だった。


「手間を掛けさせよって。帰るぞ、エイリアス」


 メイリはライラにぎゅっとしがみついて離れない。


「貴族よ、帰らぬ、と言っておるぞ」


 ライラを舐め回すように見るバルデル卿。


「ふふん~? 美しい赤い髪に、美しい顔立ち、美しい肢体……。おい、おまえ、エイリアスとともに来るがよい。存分に可愛がってやろう」


 にやぁ、と粘つく笑みを浮かべたバルデル卿が、ライラに手を伸ばす。

 パチン、とライラが手をはたき落とした。


「ぐ!? わ、私の手を叩きおって――不敬な!」


「黙れ下郎! 不敬は貴様のほうだ。……それに、妾の素肌に触れてよいのは、あの男だけぞ」


 ライラがこっちを指差した。


「あの男……? なんだ、ただのギルド職員ではないか」


 フンと鼻で笑うバルデル卿に、俺は小さく会釈をした。


「バルデル卿……兄上はご健在でしょうか」

「何を言い出すかと思えば。兄は、六年前毒を呷って自殺を――」


 兄が自殺したあとは、弟が爵位を継いだ。


 領主が変わり、前よりこの町はよくなったと、ミリアは以前言っていた。

 だからその兄は、あまりいい領主ではなかったのだろう。


 その兄のことを、俺はよく知らない。

 だが、野心家の弟には、とにかく邪魔だった。


 ……ご健在なはずがない。俺が殺したのだから。


 この男の依頼で、自殺に見せかけて。


 眼鏡をはずす。

 俺が誰だかわかったらしい。

 バルデル卿の顔が青ざめた。


「なっ――な、な、なんでこんなところに――っ!?」


 俺は柔和な笑みを作る。

 それが、バルデル卿は余程怖かったらしい。


 近づくと、ぺたん、と尻もちをついた。

 俺はこそっと耳打ちをする。


「このままエイリアスという子供を見逃してくれるのなら、これまであの子にした酷い行為は見逃してやろう。例の件についても永遠に口にしない。汚い手を使い爵位を継いだ領主だなんて、俺は誰にも言わない。秘密を守るのも、仕事のうちだからな」


 もっとも、もうそっちの仕事は辞めているが。

 バルデル卿は、何度も何度も大きくうなずいた。


「も、ももももも、もちろん! もちろん! それで構いません! あの子供は、ど、どうぞ、ご自由に! それと、あれについては、何卒宜しくお願いいたします……」


 ははー、と両手をついて領主は頭を下げた。


「「「「バルデル様!?」」」」


 部下の騎士たちに動揺が走った。


「あとそれと、僕、あそこの騎士様に死罪と言われたのですが」


 顔を上げたと思ったら、また思いきりバルデル卿は頭を下げた。


「――も、も、申し訳ございませんんんんんんんんんんんんん! 死罪などあるわけがない。あとで、私からキツく言い聞かせておきますので、何卒何卒……ご容赦のほどを……!」


 ざわざわと職員と冒険者たちが騒ぐ。


「な、なんだ!? 何がどうなった!?」

「騎士ぶっ飛ばして、殺してみろ宣言して……」

「領主に土下座させるなんて、ただモンじゃねえ」


 さすがに目立ち過ぎだった。

 俺はバルデスの腕を掴み、無理やり立たせる。


「もう、やめてくださいよ、領主様」


 俺は背をぽんぽんと叩き、ギルドの外まで送っていった。


「こ、今後は、何かお困りでしたら、なんなりとお申し付けくださいませ……!」

「いえ、結構です。それは、『普通』じゃないので」


 そう言うと、俺は走り去る馬車と騎士たちを見送った。

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