第19話道端の少女4
謎の暗殺者を倒してから数日が経ったが、あれからとくに異変は起きなかった。
「ロラン、技の名前はないの?」
小さな枝を短剣に見立てて、シュッシュ、とメイリが突き出してくる。
「ない」
会話をしながら、俺はメイリの突きをかわしていく。
筋がいいのか、メイリは俺の教えたことをどんどん覚えていった。
体の使い方や武器の扱い方。回避と防御、攻撃のリズム。
乾いた砂に水が吸収されるかのように、教えれば教えるほど、上手く飲み込んでくれる。
「技名など不要だと思うが、付けたければ付けるといい」
「じゃあ、『バックスラッシュ』!」
口にしたメイリは、ザザザザ、と俺の背後へ回る。
教えた通りなら、逆手に持った短剣(今は枝だが)で斬りつけてくるところだろう。
前を向いたまま、俺は背後にいるメイリの細腕をガシッと掴んだ。
「うえ!? なんで! こっち見てないのに!」
メイリの表情は当初に比べずいぶん明るくなった。
「技の名前なんていちいち言うから、それに気を取られるし、相手にも警戒される」
「だってだって、だまったままは、カッコよくないもん」
それで死んでいれば世話はない。
ズボッと俺は人差し指でメイリの白い頬を突く。
「これで、メイリ、おまえは二五三回死んでいる」
頬を膨らませ、涙目でメイリは唸る。
「むううううううう……ロラン、きらいっ!」
全然手を抜かない俺に嫌気がさしたらしいメイリが、枝を投げつけてくる。
「甘い」
飛んできた枝を俺は手で弾き飛ばした。
「猫ちゃ~ん! ロランがぁ~」
シートを草むらの上に敷いて、特訓を見学しているライラのところへ、メイリが走っていった。
「妾は猫ではないと何べん言えば……! メイリ、これは遊びではない。あやつの言う通りであるぞ?」
ぎゅ、とメイリがライラに抱きつく。
まんざらでもないらしく、ライラも抱きしめてやり頭を撫でた。
「ロラン、強い……」
「ん。妾を倒した唯一の存在である。メイリのようなガキんちょには負けぬ」
「んんんんんん」
自分の味方をしてくれないライラを、メイリがぽこぽこ叩いた。
あははは、と声を上げてライラが笑う。
「しかし、すこし見ぬ間にずいぶん身のこなしが軽くなった。さきほどの『バックスラッシュ』とやらも、力強さこそないが、鋭いよい攻撃であった」
「ロランが、教えてくれて……何回もアドバイスしてくれたから……」
「意地の悪い男ではあるが、戦闘技術においては世界どこを捜してもあやつに比肩する者はおらぬ」
そう言って、ライラは持って来ていた茶を飲む。
「そろそろよいのではないか? 客観的に見れば、十分な力量だと思うが」
「俺からすれば、まだまだだが……冒険者試験をパスするには十分かもしれないな」
きょろきょろ、と俺とライラを交互に見るメイリ。
話がよくわかってなさそうだったので、俺は冒険者になることのメリットを説明しておいた。
「メイリ、冒険者になるの?」
「自分のペースで冒険をしていけばいい。嫌なら、別のことをしてもいい」
今なら、素人の暴漢に襲われても対処できるくらいの力はある。
自衛力も体力もついたので、冒険者でなくてもよかったが、
「なるっ」
と、メイリは乗り気だった。
本人がやる気なので、俺たちは冒険者ギルドへ移動する。
「あ~、ロランさん! と、妾さんとメイリちゃん。今日はお休みなのにどうしたんですか?」
受付にいたミリアが声をかけてきた。
手を繋いでいたメイリが、ささっと俺の後ろに隠れた。
「今日はこの子の冒険者登録をしに」
「メイリちゃんの冒険者登録でしたか。……え!? そんなにちっちゃいのに!?」
「ええ。力量は十分かと」
「たしかに、冒険者試験を受けることもできますし、パスすれば登録もできますけど」
心配そうなミリアだったが、手続きを進めていく。
名前、年齢、スキルなどを受付表にメイリは書いていく。
メイリは、文字が書ける。
以前はそれなりの教育を受けてきたのだろう。
「魔力測定と実技試験があるのですが……今日の試験官は……。――モーリーさん、冒険者試験ですー」
冒険者経験のある職員が日ごとに交代して試験官を務めている。
今日は、モーリーの日だった。
「えー? 試験? いいけど、そんなチビっ子でも、オレまじ手加減とかしねえから」
ハン、とメイリを見て鼻で笑うモーリー。
それを見て、メイリがむっとして眉をしかめた。
「元Cランクのオレが試験官って、チビっ子もついてねぇなぁ~」
かぁ~、とモーリーは楽しそうにおでこを叩いた。
「加減は無用です」
「わかってる、わかってる。夢見がちなチビっ子に、現実を見せて? 諦めさせてやるのも? 職員の仕事っつーか?」
あー、ツレーわ、とモーリーは終始楽しそうだった。
自分よりも弱い立場の者を攻撃するのが好きなタイプらしい。
チラチラ、とライラを見ながら、意識しまくりのモーリーはキメ顔で言う。
「冒険ってのは、チビっ子が思っている以上に危険だからよぉ~、力のないやつをきちんと落としてやるのも優しさっしょ」
上着を引っ掴んで木剣を手にしたモーリーは、肩で風を切って外に出ていった。
後ろ姿だけはカッコいい。
ライラに良い所を見せる気でいるようだ。
「貴様殿、妾はもう笑う準備はできておるぞ」
「やめてやれ」
元Cランク冒険者のあとをついていき、町の外にある平原までやってきた。
魔力測定はこれが終わってからするそうだ。
「武器でも魔法でも何でもありの冒険者試験だから。好きにやっちゃってくれよな?」
木剣を肩に担いでとんとん、と叩く。
俺は短剣をメイリに渡した。
「これを使え。この日のために買っておいたものだ」
「ロラン……ありがとう」
メイリにも扱いやすいように、と選んだ短剣。刃渡りは一五センチもない。
危ないから、鞘に収めたまま使うように言っておいた。
ふんす、と気合を入れたメイリが、小さな手で柄を握り構えた。
「……大丈夫であろうか……」
親心のようなものが、ライラだけではなく俺にもすこしだけあった。
ザッ、とメイリが動く。
小柄で機敏、というのは、暗殺者で重要な要素のひとつだった。
「大丈夫だろ」
「ああ、いや、そっちではなく――」
ライラが続きを言おうとしたとき、モーリーが木剣を振り下ろした。
「ヌンッ!」
ザ、と走る軌道を変えてメイリは攻撃を回避。
……あの動きは――。
モーリーの背後を見事取ったメイリ。
一瞬にして視界からメイリが消え、モーリーは後ろにいることに気づいたが、もう遅い。
「『バックスラッシュ』!」
バチン! と短剣がモーリーの尻に直撃。
「うぎゃあああああああああ!? ケツ、ケツが――」
「『バックスラッシュ』!」
また死角に移動し攻撃するメイリ。
「いでぇぇぇぇええええ!?」
「『バックスラッシュ』!」
「うぎゃあああ!? なんでケツばっかりに!?」
ダメージを与えた箇所の攻撃は敵が嫌がる――今日そう教えた。
「『バックスラァァァァァァッシュ』!」
「も、もうやめて――お願いだから――」
木剣を投げ出し、降参したモーリー。
このあと、魔力測定を冒険者ギルドで行った。
基準値にはギリギリ届かない魔力量だったが、成長の伸びしろを見込んで試験は合格となった。
その晩は、ささやかに合格祝いをした。
「あのね、あのね! ロランがいったとおりだったよ! すごいの! メイリ、バンバンって攻撃できて!」
興奮気味に語るメイリの話を、俺とライラは夕食を食べながら聞いていた。
この気持ちを俺は知っている。
『温かい』だ。
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