第15話評判のギルド職員


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」


 最近、書類整理ばかりだった仕事が、受付業務をすることが増えてきた。

 これが『普通』かどうかはともかく、俺の日常になりつつあった。


「あ、あの、アルガン職員さんですよね」

「……はい、僕ですが」


 名札にそう書いてある。

 自分でもたまに忘れるので、一度確認してから答えた。


「ああ、いえ、確認しただけです、すみません」


 慌てて冒険者は手を振った。

 俺が担当だと何かあるのか?


「ニール先輩から色々とお聞きしています」

「ニール冒険者から?」

「はい。あの人がすすめてくれるクエストを受ければ間違いないって」

「他人の言葉は鵜呑みにしないことをおすすめします」


 俺は軽く会話をしながら、冒険証を見てクエストを選んだ。


「アルガン職員がすすめてくれたクエストは、生存率がかなり高くて負傷率が低いって噂なんですよ」


 生存率が高い?

 ああ、それはあのせいか。

 地理地形が頭に入っており、クエスト地域に生息している魔物やその習性を把握している。


 討伐クエストだと、ひと言二言アドバイスをしているのだ。

 必需品、敵の情報、近くにある水場や、万が一の逃げ方。


 だいたいみんな無傷で報告にやってくる。


 その様子を興奮気味に語る冒険者たちの話を聞くのが、俺はどうやら好きらしい。

 楽しいとさえ思う。


 しかし、ニール冒険者は、外では先輩と呼ばれているのか。

 年を食ってるせいもあり、経験が豊富と見られるんだろう。


「なので、イイ感じのクエスト、お願いしますっ」

「かしこまりました」


 生存率が高いとはいうが、死んだ者は報告にこないので、成功率、と言い換えていいだろう。


 負傷率を気にするのは、冒険者なら誰でもそうだ。


「大怪我はなるべくしたくないんですよね……稼げなくなるから」

「存じております」


 全治一か月、二か月……それ以上の大怪我を負えば、その間は無収入になってしまう。

 どの仕事でもそうだが、とくに冒険者は仕事柄、怪我とは切っても切れない関係にある。


 選んだ討伐クエストを気に入ってくれたらしい冒険者は、早々にギルドをあとにした。


「最近、受付が板についてきたみたいで、安心して見ていられます」


 と、後ろでミリアが言う。


「ミリアちゃぁ~ん、あんなのオレにだって出来るわぁ~。余裕だわぁ~」

「モーリーさん、この仕事何年やってるんですか? 一〇年以上やってますよね、余裕でできないとヤバイですよね」


「……ねえ、なんでそんなに厳しいの? ……オレ、先輩だよ……?」


「ロランさんはここで働きだしてまだ一か月です。ときどき変なことを言ったりしますけど、仕事は完璧で、すごい評判いいんですから」


「いやいやw 笑わせないでよ、ミリアちゃぁ~んww オレだって冒険者からの評判マジでいいんだよぉー?」

「評判がいいのは、モーリーさんと懇意にしている冒険者さんだけに、でしょ?」


「………………しゃべってないで仕事しよ……ミリアちゃん、手、動かして。止まってるよ」

「……ムカ」


 次の冒険者を呼ぶと、ガラの悪そうな短髪の若い冒険者がやってきた。

 ドカッと椅子に座り、カウンターに足を乗せた。


「イイ感じのクエスト、頼むわ~」

「かしこまりました」


 奥にニール冒険者の姿が見えた。


「冒険者様のランクですと、Fランククエストだけとなり、魔物の討伐クエストはなく、本日ですと、薬草採取や荷運びの手伝いがありますが、いかがいたしましょう」


 あぁ? と若い男は俺をねめつける。


「いかがいたしましょう、じゃねえだろうが。もっとデカいクエスト出せよ。あんだろ?」

「いえ、冒険者様はFランクでございますので、ご用意させていただけるクエストも、それ相応のものとなります。ご了承くださいませ」


「アアン? こっちゃ冒険者サマだぞぉ~? おめえら、オレたちがいなけりゃ困るんだろ~?」

「それとこれでは、話が別でございます」

「つべこべ言ってんじゃねえよー!」


 その様子を見たニール冒険者が、急いでこっちにやってきた。

 スパーン、と若い冒険者の頭を叩く。


「いで!? せ、先輩っ!?」

「――職員さんに迷惑かけたらダメだろうがぁぁぁぁあああ!」


「す、すんませんっ!」


 ですよね? とでも言いたげに、ちらっとニール冒険者は俺に目線を寄越してくる。


「カウンターに足乗せんな、クソガキがぁあああ!」

「は、はぃぃぃい!」


 ですよね? とでも言いたげに、ちらっとニール冒険者は俺に目線を寄越してくる。


「職員さんがいなかったら、オレたちゃクエストを受けることができねえんだぞ? わかってんのか! Fランクがイキがんなよ!」


 ですよね? とでも言いたげに、ちらっとニール冒険者は俺に目線を寄越してくる。


 ニール冒険者の目線がうるさくて仕方ない。


「そ、その通りです! すんませんっ!」

「オレに謝ってもしゃーねーだろうが!」

「は、はぃぃぃい!」


 さっきまで見せていた態度を四分の一にした若い冒険者は、小さく頭を下げた。


「すんません……」

「何が『すんません』だ! 『ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした』だろうがァァァァアア!」

「ごっ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」


 ニール冒険者がさらに深く頭を下げさせた。


「うちの後輩がすみません、兄貴。地元の顔見知りの若いやつでして、あとでよぉーく言っておきます」

「あ、兄貴……?」


 ちらっと俺を見た冒険者が、目をむいた。


「えっ! 先輩がいつも言っているあの兄貴ですか!? たった四人のパーティでレッドウォルフを倒したっていう、あの……! お、お、オレ、その武勇伝何回も聞いてて! それに憧れて冒険者になろうって思ったんスよ! 兄貴さんがいなけりゃ、みんな死んでたっていうあの話! マジカッケーなって……」


「てめえが気安く兄貴って呼んでんじゃねえ!」


 いや、おまえにも兄貴呼びを許した覚えはないが。


「つーか何座ってんだ! 立て、オラァ! 何兄貴と対等ぶっこいてんだ!?」

「す、すんませんっ」


 いや、座ってくれたほうがやりやすいんだが。


 俺がクエストの説明に入ると、若い冒険者は中腰で両膝に手をやって、うんうん、とうなずいていた。


「了解です! 任せてください」

「兄貴、バカなやつですが、こいつのこともよろしくお願いします」


 ビシッとお辞儀をするニール冒険者に合わせて、若い冒険者もお辞儀をした。


「じゃあこのへんで、失礼します」

「し、失礼します」


 あ、と思い出した俺は声を上げた。


「ニールさん」

「はい!」

「Cランク昇格、おめでとうございます」


 先日俺が斡旋したクエストが完了し、ランクが上がったのだ。

 報告を受けたのが俺ではなかったので、言いそびれていた。


「ありがとうございます! 兄貴のお陰です……! 今後とも、ご指導のほど、何卒よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 また頭を下げて、ニール冒険者とその後輩は去っていった。

 時間になり、俺がミリアと受付を交代すると、ちょうど事務室に出てきていたアイリス支部長に声をかけられた。


「最近、あなたがよく担当している冒険者たち、どんどん強くなってるわね」

「力量のすこし上のクエストを斡旋しているので、度胸がつくんでしょう」


 度胸というのは戦意でもある。

 成功すれば、それは自信に繋がる。

 それを繰り返せば、実力になる。


「冒険者の力量を見極めるのが、いっちばん難しいのよ。けど、力量の上なのね? すこし間違えれば失敗しちゃうでしょう」


「はい。おっしゃる通りです。だから、そのためのアドバイスで、知識で経験です」


「ふうん。さすがね」


 上品に微笑んだアイリス支部長が、颯爽と事務室をあとにした。

 職員たちがざわつく。


「素直に部下を褒めている、だと……!?」

「支部長って、褒めることができない病気だとずっと思ってたわ……」


「俺たちには塩対応なのに……」

「新人のロラン君にだけはデレてね? ズルくね? なんで?」


 窓際でいつもの書類整理をしていると、閉館の時間になった。


 俺の机までやってきたミリアが、こっそり手紙を置いた。


『今日これからお時間ありますか? どこかにお食事いきませんか?』


 すこし考えて返事をしたためる。


『すみません、今日はちょっと都合が悪いので』


 それを受け取ったミリアが、「むううう……」と唸っていた。


「ロラン、今日、これからどうかしら?」


 帰り際、廊下でアイリス支部長に捕まった。


「猫の世話があるので、すみません」

「ぐっ……、また猫……!」


 今日、ライラは職場には来ていない。


「じょ、上司の誘いを断るとはいい度胸ね……! あ、そうそう、仕事の話もしたいのだけれど――予約しておいたエレガントでラグジュアリーなお店で、ゆっくりお酒でも呑みながらどう?」


「仕事の話であれば、業務中にお願いします。失礼します」

「くっ……変にマジメ……!」


 俺はぷるぷる震えているアイリス支部長をかわし、ギルドを出ていく。


 家でライラが待っている。

 最近暇が過ぎたせいか、料理にハマっているのだ。


 俺が味なんてどうでもいいと思っているせいか、口にしたものをだいたい美味いと言う。

 それで機嫌をよくした彼女は、ここ数日、毎日夕飯を作って待ってくれているのだ。


 俺が家に帰ると、玄関先で出迎えてくれたライラは、満面のドヤ顔で言った。


「ふふふん、貴様殿、よく聞くがよい! 今日の夕飯は自信作である!」


 目をつむって何かを待っているライラの唇に、ちゅ、とキスをする。

 足りないときはもっと長くなるが、今日はあっさり終わった。


 そして、夕食。食卓に並んだ飯を食う。

 風呂に入り寝て、ときどきライラを抱いて、また朝になれば仕事へ行く。


 これが、俺の最近の――『普通』かどうかはよくわからないが――日常である。






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