第14話孤独の癒し方
俺はまた眼鏡をかけ村に戻った。
人間の血肉に惹かれる夜行性の魔物は多い。
明日の朝には、謎の肉片に変わっているはずだ。
まだ村では、騒ぐ声や歌う声、ときどき指笛の音も聞こえている。
「兄貴……」
俺の帰りを待っていたらしいニール冒険者が、膝をついて頭を下げた。
「お、オレを弟子にしてくださいっ」
「嫌です」
「えぇぇぇ……即答ぉぉぉ」
「村長さんが寝床を貸してくれるそうなので、お言葉に甘えましょう」
「さっき――、その……すみません……いなくなったからどこ行ったんだろうって思って……」
「……」
「お、オレは何も見てないし、聞いてませんからっ」
「じゃあ、そういうことでお願いします」
まだ頭を下げるニール冒険者の隣を通り過ぎる。
「オレ――! もう三三歳で、うだつの上がらない低級冒険者で、でもなんかデカイことやりたいなって思ったから冒険者になって――でも、ずっとDランクで……」
「ニールさん、僕が教えたとして、それで得られる技術なんてほんの初歩です」
「な、何でもやりますから! だから――」
「風邪、ひきますよ」
そう言って、俺は村長宅で用意してもらったベッドに入った。
ライラはどうしてるだろう。
まあ、ギルドにいれば、ミリアあたりが餌をやってそうだから、大丈夫だろうが。
翌朝、俺たち即席パーティは惜しまれながら村をあとにした。
朝まで呑んでいた槍持ちと神官は、酒臭い息で村人たちに別れを告げていた。
ラハティの町まで帰ってくると、冒険者ギルドに顔を出し、クエストの報告をする。
「あ、ロランさん! お疲れ様です~。どうでした、首尾は?」
担当のミリアが窓口でにこにこしながら応対してくれた。
その後ろにちらっと見えた黒猫は、かなり不機嫌のようで、ずっと俺を睨みっぱなしだった。
「問題ありませんでした。みなさんが優秀だったので」
「そうでしたか。よかったです」
「違いますよ!」
と槍持ちが割って入った。
「オレたち、全然足手まといで、このくらい問題ないだろうってイキがってたんです……けど予想外に強い敵が出てきて……パニックになって……」
あとを神官が継いだ。
「想定外の敵にも、職員さんは非常に冷静で、指示も的確で、私たち、無傷で格上のレッドウォルフを倒せたんです」
「え!? レッドウォルフ!? み、みなさんのランクだと、全滅してたかもしれませんね……」
「兄貴は、オレたちの命の恩人でもあるし、なんか、不思議な安心感があるっていうか……ともかく、戦いのときはこれ以上ないくらい冷静で頼りになるんです」
「あ~それわかります~。ロランさん、あまりそんなふうに見えないですけど、いざってときは、すっごく頼りになりますよねー!」
うんうん、とミリアが大きくうなずいている。
その言葉に、三人も「「「わかるわぁ~」」」と大きくうなずいている。
しゃべりながら、クエスト完了の手続きをミリアがした。
「ロランさんは、特別手当と報酬がお給料をもらうときにいただけますからね~」
「そうなんですか?」
「はい。クエストに同行する際は危険が伴いますので、その分お金がもらえるんです。同行したクエストランクにもよりますが、翌日はお休みになります。なので、ロランさんは今日お仕事はお休みですよ」
「あんな簡単なことをしただけで、翌日が休みで、報酬だけじゃなく特別手当が出るんですか?」
「「「「簡単なことじゃないですよ」」」」
みんなの声がそろった。
「何が『簡単』だよ、兄貴。サラマンドラまで出てきたんだぜ? レッドウォルフにサラマンドラ……ランク通りのパーティだったら、対策と討伐に一週間以上はかかってるぜ?」
「さ、さ、サラマンドラっ??? なんですか、それっ、聞いてないですよっ」
かくかく、しかじか、と槍持ちと神官が説明する。
「そんな魔物が出てくるんなら、もっとクエストランクを上げないと対処できないはずです。そ、それにっ! そうと知っていたらロランさんを送り出したりしませんでした……危ないですし……わたし、心配です……」
あとの細かい報告や手続きは三人とミリアに任せることにして、俺は支部長室へむかった。
ノックをすると、中から声が聞こえる。
「失礼します」
「お帰りなさい。ミリアの声が大きいから、だいたいの話は聞こえてたわよ。大活躍だったそうね」
すすめられたソファに座り、俺は今回の同行クエストを一から説明した。
「そう……魔物使いのAランク冒険者が……許せないわね」
「クエストランクの高低は僕にはわかりませんが、ミリアさんの反応からしてもっと高くてよかったんでしょう」
「私たち冒険者ギルドに依頼するときは、ランクに応じた手数料や報酬を用意する必要があるの。村の窮状を鑑みるに……Cランクが精いっぱいだったのかもしれないわ」
クエスト票を思い返すと、どういう魔物が襲っている、という細かい状況は記されていなかった。
だから、嘘を言っているわけではない。本当のことも言っていないが。
「そこらへんは情状酌量の余地があるわね。ランクを決めるのは、こちらの仕事でもあるのだけど……」
ううん、とアイリス支部長は小難しそうに眉根を寄せた。
「あ、それで、使役している魔物に村を襲わせた自己中魔物使いは、そのあとどうなったの?」
「行方不明です」
すこし考えたアイリス支部長が、口元だけで笑った。
「…………ふふ、そう。冒険者が、行方不明なんて、よくあることよね」
書類に何かを書き込むと、その手を止めて顔を上げた。
「今回のお礼というわけじゃないのだけど……あなた、今日お休みでしょう。夜、食事でもどう?」
「いえ、今日は」
「お、おごるから」
「そういうことではなく」
「そこらへんの酒場じゃないのよ? お高くてエレガントでラグジュアリーなお店で」
「猫の世話があるので、すみません」
「ね、猫に負けた……! 私が誘えば男なんて即答で行くって言うのに……っ」
「はあ……」
「もういいわよっ、さっさと帰って休みなさい」
手にしていた羽根ペンを折ったアイリス支部長に部屋から追い出された。
廊下を歩きながら、俺はいきなり降って湧いた休日をどう過ごそうか考えていた。
んぁぁぁぁぁ~~!
獣の鳴き声がして足下見ると、毛を逆立てている黒猫がいた。
「妾をほうっておいてずいぶんと楽しい夜を過ごしたそうだのう! 聞いておったぞ! 宴だったそうだな!? 妾は、あのミリアとかいう小娘にさんざん追い回され、仕方なく味気ない猫飯を食ったというのに……! ストレスで毛が抜けてしまうわっ」
「悪かった。何か買って帰ろう」
「フン……肉と酒だ。それ以外は認めん」
「承知した」
ギルドを出て、開店したばかりの店を色々と回って、町外れの家に帰る。
傍若無人な魔王の要望に応えたせいで、肉も酒もかなり値の張るものを買わされた。
特別手当と報酬がもらえるそうなので、大した痛手でもなかった。
家に帰り、元の姿に戻したライラと、肉を食い酒を呑む。
ソファに隣同士で座る俺とライラ。
ぽつぽつ、と昨晩のことを俺はしゃべった。
「もしかすると、自分の意思で他人を殺したのは、はじめてかもしれない」
「ふふ、貴様殿は意外と細い神経をしているらしい。どうだ? 自発的な殺しは。命令や任務という他人から与えられた理由でなく、自分が殺しの動機を明確に持ち、そして殺した気分は」
「あまり、いいものではないな。今後も、なるべくなら避けて通りたい」
「生娘のような甘いことを言う。ふふふ」
葡萄酒の入ったグラスを手に、ライラは低い声で笑う。
昼にもならない時間。
ライラは葡萄酒をジュースのように呑んでいく。
「これが、過去最強といわれた魔王を倒した男なのだと思うと、不思議でならん」
どうしてしゃべってしまったのだろう、と思う。
酒に酔っているわけでもない。
「何とも思わないと、俺はずっと思っていた」
「魔王を倒し、もう一か月近くも『普通の暮らし』とやらを送っておる。……そなたの考えが変わってきたか――それか、暗殺者としてのそなたとロランで分離しはじめているのかもしれぬな」
「かもしれないな」
仕事は守秘義務が当然のように発生する。
だからというわけでもないが、誰かと繋がりを持つようなことは極力避けてきた。
暗殺者として独り立ちしてからは、ずっと孤独だった。
「魔王も魔王で、孤独なものぞ。常に最終決断と責任を求められる。ライラではなく『魔王』として存在せねばならん。……そなたの孤独を理解できるのは、世界で妾だけなのかもしれぬ」
そして、その『魔王』は俺が殺した。
王の孤独と暗殺者の孤独では質が違うかもしれないが、孤独であることはたしかだった。
だから俺はライラに話してしまったのかもしれない。
ライラの腰に腕を回すと、彼女も俺の首に両腕を回した。
抱きしめ合い、長い長いキスをした。
「ライラ、おまえといると、不思議と『温かい』になる」
何度も瞬きをするライラが、頬を染めた。
「そ、そ、そうであるか。よ、よかった………………そのう、妾は…………あの、その……妾も……そなたといると……『温かい』に、なるぞ…………?」
なぜか小声でモジモジしながらそう言った。
全然こっちを見ようとしないので、顔を覗こうとすると、両手で顔を覆ったライラだった。
……なぜ隠す……。
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