第13話『普通』は尊いもの
ずるずる、とサラマンドラの尻尾を掴んで、俺は村まで運んだ。
その頃にはもう消火活動は終わっており、燃えている建物はなかった。
村人たちは一様に疲れたような顔をしていた。
「あ、兄貴! どこ行ってたんですか」
俺は入口らへんに置いてきたサラマンドラを指差した。
「あいつを狩ってきました。村を燃やした犯人です」
「うぉぉ! デカッ! 兄貴一人でこいつをっ!?」
「やべえよ、こんなの出てきたらチビっちまうぜ……」
「私も、まず間違いなく逃げていたでしょうね……」
三人とも物珍しそうにサラマンドラを見物しはじめた。
「リーダーの方ですか?」
中年の男に声を掛けられ、うなずいた。
「はい。僕はロランと言います。クエストでこの村に。……ともかく、鎮火したようでよかったです」
「ああ、クエストで……。私は、この村の長をしている者です。皆様には大変お世話になりました」
「いえ。村を襲ったという魔物を倒しました。ご確認いただいてもよろしいですか? アレです」
三人がまだ見物しているサラマンドラを指差した。
「あぁ、あぁ、そうです、そうです……! あの大トカゲと赤い狼が村を攻撃してきて」
「安心してください。あれが例の退治してほしい魔物だったんですか?」
まだ若い村長はうなずいた。
「はい。週に一度ほどでしょうか。食われた者も大勢いて……」
「そうでしたか……遅くなってしまい、申し訳ありません」
村長は首を何度も振った。
「聞くところによると、赤い狼も来る途中で倒してくださったというじゃないですか。あなたたちは村の恩人です」
話を聞いていた三人が、まんざらでもなさそうな表情をしていた。
気持ちはわかる。
迷惑をかける存在を排除して感謝されるというのは、悪い気はしない。
ありがとうございます、と村長は頭を下げながら俺の手を握った。
俺は村を案内してもらいながら、これまでの様子を聞かせてもらった。
「ずっとあの大トカゲと赤い狼に怯えて暮らすのだろうか、と村の者たちも不安に思っているところだったんです。被害がゼロというわけではありませんでしたが」
焼けた家。全焼して炭同然の建物。
それらには、まだ少し熱を感じる。
人の気配が感じられない空き家。
村を捨てて移住した人が何人もいるそうだ。
「あの魔物たちの襲撃がはじまるまでは、どこにでもある、小さな小さな普通の村だったんです」
「たしかに、それほど大きくありませんね」
「はい。……移住した者たちの気持ちもわかるのです」
「襲撃に怯えて暮らすのは、『普通』なら我慢できません」
「ええ……それもあります。赤い狼は……上位の? 何か強い立場の魔物だったんでしょうか?」
「レッドウォルフですか? 知能が高いほうなので、種族によりますが、言うことを聞く魔物もいるでしょう」
そうでしたか、と村長はまたすこし暗い顔をした。
「豚に似た人型の魔物……オークというんでしょうか」
「はい、それが?」
「襲撃のたび、赤い狼が連れてきたのです。やつらは、食料を荒らし、女を犯し、戦う男を殺していったのです……それはもう、酷いありさまでした。村を捨て、移住するのも当然です……」
「…………」
あの視線――。
「……みなさん、『普通の暮らし』をされてたんですよね」
「ええ。質素ですが、普通のどこにでもあるような生活を送っておりました」
そうか……。
俺が憧れ、求めている『普通の生活』を、か。
「村長さん、もう大丈夫です。魔物は襲撃してくることはありませんし、元の生活に戻れます。出ていった人も、噂を聞いて帰ってくるかもしれません」
「そうですね。改めてお礼を言わせてください」
「いえいえ、もう十分お気持ちは伝わりました。……あのサラマンドラ、皮は硬いですが、剥げばなかなかいい肉になるんです。よければ、どうですか?」
にっと村長は笑った。
「それはいいですね。悪さをしたサラマンドラを食べてやりましょう」
それからは、酒やその他ご馳走の準備が村をあげてはじまり、小さな宴会が催された。
メインディッシュは、俺が切り分けたサラマンドラの各種部位の肉だ。
もも肉が一番人気で、大人から子供までみんな美味そうに食べてくれた。
見た目は少々アレだが、肝臓、心臓、横隔膜などの内臓が大人たちには人気だった。
ひとしきり食事を楽しんだ村人たちは、俺たちのところへやってきて、口々に礼を言った。
なんというか、この雰囲気はミリアの家に似ている。
……そうだ。
この気分……『温かい』だ。
そんな人たちが住む村だったのだ。
「兄貴、俺たち英雄みたいな扱いですよ」
「それだけ、この村が苦しんでいたということです」
「オレ、あのとき職員さんの指示に従ってよかったぁ~。あのままなら、オレ……」
「そうですね……私も何もできませんでしたが……こんなふうに喜んでくれる人たちがいるんですよね。職員さん、私、もっと頑張ります」
みんな肉にかぶりつき、注いでもらった酒を呑む。
あまり質のいい酒ではなかった。
だが、自分たちが助けた人たちの喜ぶ姿を見ながらの酒は美味い。
アルメリアたちと旅をしていたときのことを思い出した。
あのときも、魔王軍の手に堕ちた町を解放すると、こんなふうに歓待してくれた。
「みなさんのぉ、お陰なんれすよぉ、ほんとにねえ、あの、感謝……しててぇ」
俺たちの近くに千鳥足でやってきた村長は、相当できあがっているようだった。
ニール冒険者に絡み、槍持ち、神官と絡んでいく。
気になることがあったので、俺は一時席を外した。
あの視線と同じ気配が村の近くまで来ている。
かけていた眼鏡をしまうと、さっきまで感じていた温かい気持ちはなくなり、胸の内がしん、と冷えた。
「いるんだろ。出てこい」
「なあ、あんた! 何者? 冒険者?」
こいつが視線の正体か。
現れた男は肩まである茶髪に、両耳にいくつもピアスをしていた。
身に着けている防具は上等なものだった。
「別に俺が何者でもいいだろう」
「つれねえー。あんたの戦い、見せてもらったよ。オレのサラマンドラとレッドウォルフをやっちまうなんて、ただモンじゃねえだろ?」
かかか、と悪意なく笑う冒険者。
「誰かが使役した魔物だとは思ったが、貴様か……」
「そ。オレ。ああ、名乗ってなかったな」
「聞く気はない」
会話をする気もない。
だが、確かめたいことがあった。
「つれねえー。かかか。魔物使いをやってるAランク冒険者なんだが、オレ、強い仲間を捜してるんだよねぇー」
「だからなんだ」
「サラマンドラもレッドウォルフも、弱ぇしもう要らねえんだ。また強い魔物を使役すりゃいいし。……で、強い仲間を捜しているオレとしては、一石二鳥の作戦を考えたんだ」
「――もういい、わかった、それ以上しゃべるな」
不思議そうな顔をした男は、楽しそうに続きを語った。
新しい遊びを思いついた子供のように。
悪意のかけらもなく、その遊びについて教えてくれた。
「村を襲えば誰かしら冒険者来るっしょ? 騎士団や貴族の私兵はこんな村に来ねえし。でぇー、そいつらとオレの魔物を戦わせるんだ。魔物より弱いんなら仲間にする必要ねえし、弱いやつにキョーミねえから」
「……その襲撃で村がどうなったのか、知ってるか」
「シラネ。別にいーじゃん。魔王軍の残党の仕業ってことでさぁー。だって、ほら、オレはAランク冒険者で、いろーんなクエストでいろーんなやつらを救ってきたんだ。ちょっとくらいよくね?」
「……」
「てーか、むしろオレのパワーアップに繋がるんだから、役に立ってるっしょー。ちんけな村、大活躍」
「貴様が奪ったのは、彼らが日々ずっと積み重ねた『今日』だ。その『普通』は、誰かに奪われていいものではない」
「弱かったら死ぬ。それだけのことっしょー。戦乱が終わって早くも平和ボケかよー。勘弁してくれよー」
「誰かの『普通』を奪う者を、俺は許さない」
俺が知っている『普通』は、平穏で、尊くて、温かい。
それを得るのがどれほど大変か、俺はよく知っているつもりだ。
「許さない――? 結構結構、じゃあオレをどうすんの?」
「殺す」
「かかか。さすがにオレだってタダで殺されねえぜ? 魔物がいなくたって、オレ、単独で戦えっし」
「死人がよくしゃべる」
「は――? ――っ!?」
かはっと血を吐いた男が、二、三歩たたらを踏み、白目を剥いて仰向けに倒れた。
痙攣しながら泡を吹く男を俺はじっと見ていた。
「戦闘評価、D」
目の前にいた俺の攻撃を目で追えていなかった。
それどころか、攻撃されたことすら異変が起きないとわからないとは。
これがAランク冒険者とやらの実力か。
「他人の『普通』を奪い踏みにじった罰だ」
やがて男は事切れた。
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