第11話一人足りない


 相変わらず俺に回される仕事というのは、書類整理が大半で、誰かの手がふさがっているときに窓口の受付をしたり、鑑定、査定の手伝いをしたりというものが多かった。


 あとは、アイリス支部長の指示で、冒険者捜索の仕事をしていた。

 捜索というよりは、結果的には冒険証を回収するだけになってしまったが。


「ううん……困りましたね……」


 窓口で応対しているミリアが唸っていた。

 むかいにいるのは、冒険者三人組。


 短髪で槍を持った男とローブを着た神官風の男、あとは、この前担当したニール冒険者だった。


 奥にいる俺と目が合い、ニール冒険者は小さく頭を下げた。


「あと一人……」


 ぶつぶつつぶやくミリアが席を外し、俺の机のそばにある棚までやってきた。

 手に取ったのは冒険者名簿だ。


「どうかしましたか?」

「ああ、ロランさん。ランクCのパーティクエストがあるんですが……思うように人数が揃わなくて」


 クエスト票を見せてもらうと、近隣の村を襲っている魔物を撃退するクエストだった。

 パーティクエストは、単独のクエストよりも大掛かりなものが多く、報酬も割高なのだ。


「あと一人なんです。けど、募集期限が今日までで……みなさん、やる気のある方ばかりで、せっかく集まってくださったのに申し訳ないなと思って……」


 今日やってきた冒険者で、適任そうな人物には声をかけたが、全員断られてしまったそうだ。


「期限が過ぎると、別の支部で再募集、でしたっけ?」

「はい、その通りです! 細かいところまできちんと覚えていて、偉いですね」


 にこり、とミリアは笑顔で褒めてくれた。


「ろ、ロランさん……いや――ロランの兄貴! ご、ご一緒してくれませんかっ!?」


 ニール冒険者が頭を下げた。


「え、僕ですか……?」


 兄貴ってなんだ。

 たぶん、年はおまえのほうが上だぞ。


「たしかにロランさんなら……けど、職員がパーティクエストを手伝うなんて、わたしは聞いたことありませんし……」

「ミリアさん、僕はやるなんてひと言も言ってませんよ?」


「あっ、そうだ。――支部長ぉ~?」

「何、大声出して」


 他の職員に指示を出していたアイリス支部長が、迷惑そうな顔をする。

 ミリアがアイリス支部長に事情を説明すると、即答した。


「いいわよ、問題ないわ」


 おいおい。


「それとも、魔物退治はできそうにない?」

「いえ……できますが……」

「そうよねぇ。『すごい魔物』だって倒しちゃったんだし」


 その『すごい魔物』こと黒猫は、俺の足下で昼寝している。


「前例がなくはないのよ。だから、頼めるかしら。……それに、あなたなら安心だもの」


 ひそひそ、と周りから声がする。


「なんであんなに支部長は信頼してんだ?」

「俺が知るかよ」


「『すごい魔物』って何?」

「グレイベアーのことだろ。そいつを単独で倒したからだよ」


「けど、単独で戦うこととパーティで戦うのは別だろぉ」

「ロラン君ってそんなに強ぇの?」

「支部長が面接してはじめて入った職員だ。実は元王国騎士団所属とか、何かあるんだよ」


 ああだこうだ、と変に勘繰られている。

 それがおかしいのか、アイリス支部長はくすりと品よく笑った。


「書類整理なんて退屈でしょ? 見たところ手も足りているようだから」


「……支部長の指示というのであれば、職員として承ります」


「そう。ありがとう。じゃ、お願いね」


「むむ……支部長とロランさん……おかしな信頼関係がありそうです……」


 ミリアは小難しそうな顔で、俺とアイリス支部長を交互に見ていた。


 席を立ち、ギルドから出ていく。

 冒険者ギルドの入口に、先ほどの三人組が待っていた。


「はじめまして、ロランです。今回は、よろしくお願いします」


 槍持ちの短髪男がため息をついた。


「はぁ。職員なんて寄越しやがって……まあ、クエストが受領できる状態ってのはありがてえが……おい、あんた、足引っ張んなよ?」


「わかりました。みなさんのご迷惑にならないように善処します」


 ちらっと神官も俺を一瞥した。


「まさかと思いますけど、手ぶらですか?」

「道具にこだわりませんので」


 その場その場で、武器を選ぶ。

 こだわらないほうが、生存率が上がる。


「手ぶらって、ナメてんのかよ……」

「私はヒーラーですが……余計な魔力を使わせないでいただきたいところです」


 期待はずれ、とでも言いたげな二人の目線だった。

 そんな中――。


「兄貴、よろしくお願いします! 兄貴とクエストができるなんて、光栄ですっ!」


 ニール冒険者がビシッと頭を下げた。


「兄貴って呼ぶの、やめてもらっていいですか?」

「じゃあ、師匠」

「余計嫌です」


 三人の雰囲気からして、クエストをするための一時的なパーティなんだろう。


 前衛一人に、後衛二人。

 俺は前衛をサポートしつつ、後衛を守る中衛をするとしよう。


「ラソン村を目指しましょう」


 神官の仕切りで、俺たち四人パーティは町をあとにした。


 ラソン村の付近に、見かけない魔物が多く出現するようになったようで、これを撃退、討伐してほしい、との依頼だった。


 三人はそれぞれこの前達成したクエストの話をしている。


 俺の強さをSSSとするなら、槍持ちはEだ。

 神官は……F。

 ニール冒険者はEマイナスってところだろう。


 ニール冒険者の冒険ランクはD。他二人はCランクだそうだ。


「で……肝心のあんたは何ができんだよ?」

「そうですね……何でも、と言っておきましょう。邪魔はしませんのでご安心を」

「ああ、そうかよ」


 村が近づくと、風に煤のにおいが混じっていることに気づいた。


「急ぎましょう」


 俺がみんなを急かす。


「なんでだよ?」

「一応、リーダーは私ですので、私が指示します」

「兄貴、どうしたんですか?」


 やはり。


「村の方角から黒い煙が上がってます」

「焚火じゃねえの?」


 ウォォォォォオオオオオオン!


 魔物の大きな遠吠えが聞こえた。

 さすがに三人は表情を固くした。


 遠くに赤い大型の獣が見える。

 あのサイズ、色……レッドウォルフか――?


「ウォォォォォオオオオオオン!」

「な、なんだ、あいつ――!?」


 槍持ちが三人の声を代弁した。

 レッドウォルフを見るのははじめてか?


「落ち着いてください」


 俺が先頭に立って倒してもいいが、『普通の職員』はそんなことはしない。

 それに、これは俺の冒険ではなく彼らの冒険だ。

 しゃしゃり出るのはやめておこう。


「レッドウォルフ――大型の狼タイプの魔物です。体毛が赤いこととスピードと攻撃力の高さが特徴です」


 落ち着けばこの三人でも対処可能だ。

 ……だが、もっと南に生息していたはず。


 神官が指示を出す。


「前衛は接近して攻撃してください! 射手は任意に射撃を――」

「ふ、ふざけんな! あんなのに近づけるワケねえだろ!」

「な――、それが前衛でしょう!?」


 ケンカしてる場合か。


「……来ますよ?」


 レッドウォルフが空にむけてまた遠吠えをする。

 するとこちらへ突進してきた。


「う、うぁああああああああああああ!?」


 敵に背をむけた槍持ち。

 ぐいっと胴当てを掴んで、逃げようとする槍持ちを俺の前に立たせた。


「落ち着けと言ってる」

「ふ、ふざけんなっ、食われるっ! オレだけ死ぬ――」


 ぱしん、と頭を叩いた。


「いて!?」

「その様子のままだと死ぬな」

「んだと!」


「槍を構えて腰を落とせ。敵の目をまっすぐ見つめろ」


「な、なんで――」

「いいからやれ」


 半泣きの槍持ちが、俺の言った通り槍を構えて腰を落とす。

 すると、レッドウォルフが突進の速度をゆるめた。


「ヴゥゥゥゥ……ッ!」

「ふ、ふぐう……。こ、これでいいのかっ?」


「いい子だ。そのまま見つめてろ。穂先は常に敵の正面で構えるんだ」

「わ、わ、わかった」


 ちらと後ろを振り返ると、神官は唖然としていて、何をどうしていいのかすらわかってなさそうだった。

 レッドウォルフは、スピードと攻撃力の高さに注目されがちだが、身軽な分毛や皮は柔らかく、簡単に刃が通る。


 それを承知のレッドウォルフは、目先の脅威である刃を一番警戒する。

 あとは、スピードに惑わされないようどっしり構えておければ、レッドウォルフはかなり嫌がる。


 どう攻撃しようか、と疾走から駆け足に、駆け足から小走りになったレッドウォルフ。


「射手!」

「ま、任せてください!」


 距離、敵の移動速度。

 前回のキラーファルコンの圧力に比べれば、なんてことないだろう。


「ッ」


 ニール冒険者が射た矢は、レッドウォルフに命中。


「グォォォォン!?」


 速いとはいえ、巨体である。近ければ命中もさせやすい。


「もう一発――!」


 第二射が鼻の上を貫いた。


「ギャウウウン!?」


 体をくねらせるようにレッドウォルフは倒れる。


「槍!」


 掴んでいた胴当てを離して背を押した、


「は、はい! い、行きます! うぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」


 熊ほどもある大型のレッドウォルフの体に、雄叫びをあげて槍持ちが刺突する。


「ギャウウ……」


 生の気配がレッドウォルフから消えた。


 槍持ちは尻もちをついて、「た、助かったぁ……」と泣いていた。


「職員さんの指示がなかったら、オレ、オレ……」


「攻撃しない、というのも勇気が要ります。よく頑張りました」


「あ、ありがとうございました!」


 ぽんぽん、と俺は槍持ちの肩を叩いて労ってやった。


「はじめて見る魔物だったけど、兄貴の言った通りだ……この人、本物だ……」


 だから、兄貴と呼ぶのはやめてほしい。

 神官は、まだ気が動転したままで、状況がよく呑み込めていなさそうだ。


「指示は、僕が出します。いいですか?」

「あ、は、は、はい……。お、おねがい、します……ぜ、是非」

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