第10話行方不明の冒険者


 覚えたクエスト票通り、俺は森を進む。

 なんでも、Eランククエストを受けたはいいが、報告期限を大幅に過ぎている冒険者がいるそうだ。


『ロラン、あなたには、その冒険者の捜索及び冒険証の回収をやってもらうわ』


 と、今日は出勤早々にアイリス支部長から仕事を承った。


 可能なら捜索し連れ帰り、無理なら冒険証だけでも持って帰る、というのが今回の仕事だ。


「ロランさん、わたし今日クッキー焼いてきたんです。どこかでひと休みしませんか?」


 ついてきたミリアが鞄を軽く叩く。


「まだ森に入って三〇分も経ってないですよ。休憩はあとです」

「フン、相変わらず頭の中がお花畑だのう」


 退屈だから、と今日はライラもついてきている。もちろん黒猫の状態でだ。


「ロランさんちの猫ちゃん、可愛いですね~。ご主人様が心配なんでちゅか?」


 うにゃあ! と爪を振り回し、ミリアから逃げるライラ。


「あう……嫌われてしまいました……」


 足下にやってきたライラに小声で訊いた。


「俺のことが心配なのか?」

「フン。妾より強いそなたを心配するなど無駄なことであろう」


 それもそうだな、と俺は足を進めていく。

 どうしてミリアがついてきているのかというと、そのクエストを冒険者に斡旋したのがミリアだったからだ。


「わたし、いつもこういうことは、冒険経験がある職員に任せてたんです。けど、毎回責任を感じてないわけじゃなかったので、今回はご一緒させてもらいました」


「とはいえ、『クエン花の蜜採取』はEランククエストです。ミリアさんが責任を感じることもないと思いますが……」


 変にテンションが高いのは、落ち込んでいることの裏返しなんだろう。


 クエスト報告期限から一週間。

 不慮の事故に巻き込まれたか、それともトんだか。

 ……クエストを無断放棄することを『トぶ』というらしい。

 トぶともう二度と冒険者として活動できないきまりだ。


 クエン花の蜜は、回復薬を作るときに必要な素材のひとつ。


 クエスト票で指定されている場所はこの森。

 余所で採取してきても問題ないが、身近な場所で採取しようと考えるのが自然だろう。


「Eランク冒険者になったばかりの男の子でした。どこ行っちゃったんでしょう……今日と明後日、その二回の捜索で見つからなければ除名処分になってしまいます……違う町の冒険者ギルドでの報告もありませんし……」


「死んでおるにきまっておろう。死体探しとは、まったく律儀な仕事だ」

「なんてこと言うんですか! ――あれ? 今妾さんの声が……?」

「いや、僕が言いました。声真似。上手でしょ?」

「すごい、お上手ですーっ!」


 くふふ、と足下でライラが笑った。


「何の変哲もない森ですが、迷ったのであれば、どこかで体を休めているかもしれません」

「えと、えと、洞窟があったはずです――」


 地図を出そうとしているミリアに俺は「それならこっちです」と先導する。


「覚えてるんですか?」

「ええ。ひと目見れば、だいたいのものは記憶できます」

「す、すごいです……」

「その分、翌朝には忘れます」


 そういうふうに訓練されているからな。

 情報によっては危険なものもある。

 場合によっては、覚えっぱなしというのはよくなかった。


 その洞窟にやってくると、不穏な気配が漂っていた。


 魔物か何かが巣にしてしまったのかもしれない。


「ふむ。獣系の魔物の気配だ。ねぐらになっていると知らず、奥へ進んでしまったかもしれぬ」

「ああ、ありえそうだ」

「一人二役……?」


「ミリアさんは、ここで待っててください。おそらく魔物がいます」

「ロランさんは大丈夫ですか? 危なくないですか?」

「問題ないです。陽が傾きはじめても戻らなければ、ギルドへ帰ってください」

「わ、わかりました……じゃ、じゃあクッキー、持っていってください」

「ありがとうございます」


 突き出したクッキーを受け取り、洞窟の中へ入る。

 クッキーを一枚ライラに食べさせた。


「ふむ、悪くない」


 相変わらず上から目線のライラだった。

 二枚、三枚と欲しがるあたり、気に入ったらしい。


 俺も一枚食べたが、舌触りもよく甘すぎない美味いクッキーだった。


 冒険者ギルドの情報では、この森の洞窟はそれほど奥深くはない。


「うむ、獣のニオイがする。この季節だとあ奴の可能性もあるな……」


 鼻の中でむあっとする饐えた獣のニオイがした。

 先に行くにつれて、どんどん強くなっていく。


「グルルルルル……ッ!」


 のっし、のっし、と奥から熊型の魔物が現れた。

 目を血走らせ、吐く息は荒い。


「グレイベアーか。ずいぶん興奮しておるようだ」

「ライラは、例の冒険者がいるかどうかを見てきてくれ」

「仕方ないのう」


 たったった、とグレイベアーの脇をライラが通り抜けていった。


 誰もおらず、グレイベアーと一対一。


「ルォォォォオオオア!」


 咆哮と同時にグレイベアーが立ち上がった。

 全長で二メートル以上はありそうだ。


 グレイベアーが腕を振るうと、俺の鼻先を鋭い爪が通過。


 ザンッ! と地面が大きく裂けた。


 なかなかのパワーとスピードだ。

 それに好戦的で殺気も十分。

 戦い慣れてないなら、腰を抜かしていただろう。


 このまま放置すれば、誰かがこの爪の餌食になってしまう。


「ふん」


 手刀で爪を斬り落とす。


「グォ――!?」


 何が起こったのかわからない、とでも言いたげなグレイベアー。


「ふん」


 今度は口めがけて拳を放つ。

 ガギンッ、と牙が数本折れた。


「グォォォ!?」

「もう一発」


 もう一度グレイベアーの牙を折ると、怒りが頂点に達したのか、大きく吠えはじめた。


「ギュォォオオオウウウウ!」


 ……動物の本能で俺のほうが強いとわかったはずだが、戦意は衰えないな。


 仕方ない。

 すっと背後に回り込むと同時にジャンプ。振り返るよりも早く首筋に手刀を叩きこんだ。


「っ……」


 どおおん、とグレイベアーはその場に崩れ落ちた。

 グレイベアーの子供が陰から現れた。どうやら俺が倒したのは母熊のようだ。


「きゅう……」


 子熊は、母熊を鼻でつんつんと突いている。


 子育て中の母熊だったということか。

 道理で気性が荒いわけだ。


「きゅー、きゅー」

「安心しろ、眠っているだけだ」


 邪魔をしてしまったのはこちらのほうだからな。

 俺は、奥に冒険者がいるかどうかを確認させてほしいだけだ。

 討伐が目的ではない。

 ただ、ここにグレイベアーがいる証拠として、切り落とした爪と折った牙だけはもらっておこう。


 あれだけ痛めつけておけば、人間は怖い相手、と覚えておいてくれるはずだ。

 今後積極的に襲うことも減るだろう。


 爪と牙を集め終わると、ライラが走って戻ってきた。


「貴様殿! 見つけた! まだ息がある――」

「よし、案内してくれ」


 こっちだ、と走るライラを追うと、一番奥で壁に背をもたせている少年がいた。

 水をひと口ずつ、時間をかけて飲ませると、うっすらと目が開いた。


「職員さん……?」


 冒険証を確認すると、失踪中の少年冒険者であることがわかった。

 少年を背負い、俺は洞窟をあとにした。


 外傷はこれといって見当たらない。

 グレイベアーがいると知らず中に入り、出てこられなくなったんだろう。


 Eランク冒険者にグレイベアーの相手は荷が勝ち過ぎている。


「ミリアさん、この子でしょう。多少衰弱しているようですが、大丈夫なようです」


 よかったぁ……、と大きくミリアは息を吐き出した。

 いつの間にか眠っている少年を確認して、目尻に涙を浮かべた。


「見つかってよかったです……本当に。ロランさん、ありがとうございます、本当にありがとうございます」


「俺は別に何も。洞窟ならいるかも、と思っただけですよ」

「いえいえ、普通は応援を呼んだり他の冒険者さんに依頼したりするのに、ロランさんは危険を顧みずに――」


「なに……!? 『普通』はあのとき中には入らない……!?」


「え? え? だ、大丈夫ですよ、結果オーライです。ロランさんが勇気があってたくましいということなので」


 ……そういうことならいいが。


「ああ、これ。グレイベアーの爪と牙です。洞窟で襲ってきたので懲らしめておきました。当分人間を襲うことはないでしょう」

「グレイベアー……。――え、あのグレイベアーですか!?」

「はい、グレイベアーです」


「この森で、一番凶暴で難敵のグレイベアーじゃないですかっ! Aランククエストで討伐対象だったはずです。この時期は凶暴化すると有名ですので……」


 なるほど、そういうことか。


「それなら大丈夫です。凶暴化するのは子育てをしているからで、近くを荒らしたりしなければ襲うこともありません」


「ほへえ~。そういうことだったんですか……ロランさん、冒険者さんじゃないのに、すっごいお詳しいですね!」


「ま、まあ……旅をしていたので」


 嘘はついていない、嘘は。


 冒険者ギルドに帰ると、まず少年を医者に診せた。

 どこも異常がないそうで、しばらく安静にしていれば、元気になるだろうとのことだった。


「ロランさんが、あの少年を洞窟から救ってくれたんです!」


 おお、とギルド内がどよめき、拍手が鳴った。


「あの森の洞窟から? やるな、新人!」

「グレイベアーも倒したんだろ? 本当に冒険素人か?」


 職員の先輩たち(モーリーを除く)から俺は手荒い歓迎を受けた。


 後日、体力が回復した少年がお礼を言いにきた。


「命の恩人です。本当にありがとうございました!」

「今度は気をつけてくださいね」

「はい!」


 誰も殺してないのに、感謝される『普通の仕事』というのも、悪くない。

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