第9話クエスト斡旋


 隣で寝ているライラを起こさないように、俺はベッドを抜け出た。


 冒険者ギルドに到着し、仕事の準備……といっても今のところ書類整理ばかりだが……ともかく、プロとして、支度を終えた。


「おはようございます、ロランさん。今日は窓口やってみましょうか」

「わかりました。では、今日は窓口で冒険者にクエストを斡旋します」

「はーい。わからないことがあれば、わたし、自分のデスクにいるんで聞いてくださいね」

「了解」


 窓口を開けると、さっそく一人の冒険者が俺の前に座った。


「今日はクエストを受けに来た」

「かしこまりました」


 冒険証を借り、目を通す。

 名前はニール。年齢は三三歳。ランクはD。


 結構な数のクエストをこなしてきたようで、EとFランククエストの実績がかなり多い。

 得物は弓、か……。


「こちらのEランククエストでいかがでしょうか」


 ミリアがやっていたように、クエスト票を前にして説明する。

 ニール冒険者は首を振った。


「Dランクの討伐クエストを頼む」


 俺から見ると、冒険者はEランクもDランクも大差がなく、どちらだったとしても弱い。

 差があまりわからないが、彼の上限はDランククエストなので、要望に応じ、その中から探すことにした。


 得物が弓のニール冒険者に合うとすればこれか。


「『害鳥キラーファルコンの撃退』……これでいかがでしょうか」

「ああ、それを頼む」


 手続きに入る前に、待ったをかけた俺は、ミリアの机に行く。


「どうかしましたか?」

「このクエスト……Dランクにしては難しすぎませんか」


 Dランク冒険者ならDランククエストを受けられる。

 だが、キラーファルコンは、個体差がかなりある。モノによってはかなり手強い。


「ううん、そうですかね……? キラーファルコンは以前も討伐クエストが出て、ランクはDでしたので」

「冒険者がいいっつってんだから、それでいいんだよ。やらせとけよ。別に違反してねえんだしよ」


 と、ミリアの向かいに座っているモーリーが口を出してきた。


「ロランさんが心配なら、やめておけばいいんじゃないですか?」

「ですが、個体によっては弱いのもまたキラーファルコンの特徴でもあります。自信をつけるには最適とも言えます――」

「うおい! オレは無視かよ!」


 クエストをもう一度探してみたが、Dランクで討伐クエストはこれしかなかった。


 改めて手続きをして、ニール冒険者に冒険証を返すと、彼はギルドをあとにした。


 すこし不安だ。

 俺がはじめて担当したクエストと冒険者でもある。


 ミリアに窓口を一時的に任せ、俺は席を立つ。

 裏口を出たところでアイリス支部長に声をかけられた。


「どこへ行く気?」

「担当した冒険者のクエストの行方を見守りに。すこし席を外します」

「ギルドマスターからあなたのことを小耳にはさんだわ。……名前、変えていないからすぐわかったわ。……聞いていた人物像より、ずいぶん優しいのね」

「それはそれなので」

「……ふうん。私は、ここで誰とも会ってないし誰かと会話なんてしてないから、そういうことでよろしく」


 背をむけたアイリス支部長に、俺は一度頭を下げてギルドを去った。

 眼鏡をはずし胸のポケットにしまう。

 ライラいわく、眼鏡の着脱で雰囲気と人相が変わるそうだ。


 クエスト票にあったおおまかな場所へと走っていくと、丘の上でニール冒険者が弓を引いているところを目撃した。


「キィィィィイイ!」と鳴き声を上げて空を旋回するキラーファルコン。

 道を行きかう商人の荷物を襲うので困っている、ということで討伐クエストになっていた。


 見たところ、かなり大型だ。

 速度とクチバシの威力は並み以上だろう。


 ニール冒険者が、ビョン、と放った矢は外れ、気づいた敵が一気に滑空してくる。


「う、うぉぉぉぉぉおお!?」


 ニール冒険者が武器を投げ出し頭を抱えた。

 キラーファルコンが頭上をかなりの速度で飛び去った。


 危なっかしい……。

 敵は大型のキラーファルコン。

 まともに戦えば苦労するのはわかるだろう。


 おそるおそる頭を挙げたニール冒険者は、また弓を構え、狙いをつけてはやめて、狙いをつけてはやめてを繰り返した。


「遠目だとわかりにくいが、キラーファルコンの空中での速度は、魔物の中でも十指に入るほどに速い。地上からの射撃など当たらないだろう」


「なんだよ、あんた」

「通りすがりの…………冒険者だ」


 ミリアに窓口業務を任せたままだ。

 助言してさっさと立ち去ろう。


「空のハンターであるキラーファルコンだが、無防備になる瞬間がある」

「そ、そうなのか! それは、いつなんだ?」

「獲物を狙っているときだ」


 これはキラーファルコンに関わらずそうだ。

 ハンターは、自分が常に追い立てる側。自分が狙われているとは、なかなか思い至らない。


「じゃあ、餌を置いて食べにきたところを――」

「敵は動くものに反応する習性がある。飼い慣らされていないなら、肉片を置いたところで見向きもしないだろう」

「ウサギか何かを捕まえて……でも、ここらへんに小動物はなかなかいないな……」

「ちなみに、人間を食うときがある」

「うげえ」

「おまえもさっき、自分で経験しただろう」

「経験? 矢をかわされたことか?」

「その次だ。おまえを狙っただろう?」

「まあ…………え、もしかして――」

「そうだ。それが手っ取り早い」


 キラーファルコンの気配からして、あれは獲物を狙ったというよりは、完全に殺す気だった。


「む、無理だって! こっちにむかってくるアイツ、めちゃくちゃデカいし怖いんだぞ!?」

「頭から無理と否定するな」

「むう……」


 数ある武器の中で弓を得物に選び、現在Dランク。

 他の武器よりは自信がある、ということだ。


「おまえの弓の腕と、あとは勇気が試される。それが嫌なら、どこかにいる小動物を生きたまま捕まえて、ここまで連れてくることだな。……まあ、この程度で撃ち落とす自信がないのなら、射手なんてやめてしまえ」

「わかった。やってやるよ! オレだって、弓ひとつでここまでランクを上げてきたんだ。やってやる……!」


 腹をくくったらしい。

 何度か深呼吸をして、矢をつがえる。


 狙いはもちろんキラーファルコン。

 これで当たれば御の字だが、無理だろう。


 放った矢はあっさりかわされ、ギンとニール冒険者を睨んだ敵が、一気に迫る。


「キィィィィイ!」

「……ッ」


 慌てながらも、トチることなく再度弓を構え直した。

 ニール冒険者の目がさっきとは色が違う。


 絶対に当たるという距離までキラーファルコンを引きつける。


 勝負は一瞬。

 その突進の恐怖に耐える必要があるが――あの目なら大丈夫だろう。


 結果を見ることなく、俺は職場へと戻った。




 離れたのはだいたい一時間と少しくらいだっただろうか。

 眼鏡をかけ直して、柔和な表情を作る。


「ロランさんっ、大丈夫ですか?」


 俺の姿を見ると、泣きそうな顔でミリアが訊いてきた。


「大丈夫……? 何がですか?」

「だって、だって、支部長が、トイレから出てこないってさっき言ってて」


 ここは合わせておくことにしよう。


「ああ、大丈夫です。おかげ様でよくなりました」

「よかったです~」


 モーリーがまた横から割って入ってきた。


「おい、新人。ミリアちゃん心配してたんだぞ。体調管理も仕事のうちだっつーの。ねえ、ミリアちゃん」

「どうせ、妾さんが変な物をロランさんに食べさせたんでしょう」

「いや、あいつは甲斐甲斐しく料理をするようなタマじゃないですから」


「……ねえ、二人して何で無視すんの? オレ、二人より先輩なんだよ? おかしくない??」


 俺が戻ったので、窓口の業務をミリアと交代する。

 数人の冒険者にクエストを斡旋したあと、ニール冒険者がやってきた。


「これ、討伐の証……キラー・ファルコンの羽!」


 一応、検分役に羽を渡し、調べてもらう。

 キラーファルコンのそれに相違ないとの結果だった。


「おめでとうございます。クエスト達成です」


 マニュアル通り手続きを終えて、報酬を渡す。


「今回のクエストで、オレ、もっと頑張れそうな気がしてきました」

「それはよかったです。今後も宜しくお願いします」


 俺が頭を軽く下げたとき、こそっと「……ありがとうございました」と礼を言われた。


「何のことですか?」

「いえ、何でもないです」


 小さな笑みを浮かべて、ニール冒険者は去っていった。

 今度眼鏡を外すときは、髪型も変えようと思った。

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