第7話普通の家に住みたい


 明日は休日。

 事務室にいるミリアとモーリーの会話が聞こえてきた。


「ミリアちゃぁ~ん、明日休みでしょー? ご飯行こうよー、ご飯。休み被るの久しぶりでしょぉ~! オレ、いい店知ってんだ~」


 モーリーが言うと、ミリアが困ったように笑う。


「ええっとぉ……わたし、用事があるので……ごめんなさいっ」


 俺が明日は何をしようかと考えながら書類整理をしていると、


「ロランさんって、どこに住んでるんですか? 東町のほうですか?」


 俺の机のそばまでやって来たミリアが、そんなことを訊いてきた。

 東町というのは、住宅が多い比較的静かな区画だ。


「どこって……宿屋に毎日宿泊していますよ」

「ええええ!? り、リッチなんですね……」

「リッチなんですか?」


「はい。だって普通は、職場に通える距離の家に住んでる人がほとんどですし」


 衝撃を受けた俺は思わず復唱した。


「――『普通は、職場に通える距離の家に住む』!?」


「だって、宿泊費でお給料のほとんどがなくなっちゃいますよ? あ、もしかしてご飯ちゃんと食べてないとか? ダメですよ~。ご飯はちゃんと食べなきゃ。力出ないです」


「小うるさい小娘だのう」

「あれ、今女の人の声、しませんでした?」

「僕は聞こえませんでしたよ」


 例にもれず、机の足下で丸くなっているライラがつぶやいたのだ。


「家……たしかにそのほうが『普通』っぽいです」

「『っぽい』っていうか、それが普通です」


 今度探してみるか。


「あ。よかったら、わたしが色々と町や空き家をご案内します♪ この町、地元でよく知ってるんです」

「そうでしたか。それならお願いします」

「妾が住むに相応しい家だとよいが」


 またぼそっとライラがこぼした。

 面白くなさそうな顔をするモーリーを尻目に、俺とライラは明日の待ち合わせ場所と時間を決めた。

 ミリアは用事があるとさっき聞いたが、いいんだろうか。


 仕事帰り、疑問を口にするとライラが教えてくれた。


「会話を聞いていればわかるであろう。『用事』と言ったのは、遠回しな断り、方便だ」

「なるほど。そうすれば、角を立てることなく断ることができるのか」

「然様」


 それが女子のたしなみなのだ、とライラは言った。

 女は女で大変らしい。




 翌日。

 俺とライラが待ち合わせ場所の冒険者ギルドへ行くと、すでにミリアが待っていた。


「すみません。遅くなって」

「いえいえ、わたしが早く来ていただけで、時間ちょうどです。あ、猫ちゃん! ロランさんちの子ですか?」

「はい。この子にも新居を見せようかと思って」

「それはいいことですね」


 ミリアが触ろうとすると、ライラはぷいと顔を背けて俺の後ろへ隠れる。

 触りたいらしいが、ライラは付き合うつもりがないようだ。


 俺はミリアに町を案内してもらいながら、空き家をいくつか紹介してもらうことになった。


「わたしの家族は、ずっとこの町で暮らしてきたので、空き家の数からその持ち主のことまでだいたいわかるんですが、どういうお家がいいですか?」


「決まってます。『普通の家』です」

「……ええっと……豪邸を紹介するつもりはないので安心してください」


「静かなところがよい」

「わかりましたっ! ……あれ? 今しゃべったの……ロランさん?」

「はい、僕ですが」


 ライラがしゃべったのだが、そういうことにしておこう。

 んんんん? と首をかしげるミリア。


「ま、いっか」


 俺たちが最初に案内されたのは、住宅区画でもある東町の一軒家。


「わたしの家も、すぐそこで、歩いて一〇分かからないんですよ~! 最後に手入れされてから時間もあまり経ってないですし――ここなら、い、一緒に通勤できちゃったりして……てへへ」


 周囲のそこかしこに民家があり、庭はないが家自体は綺麗だ。

 ひと通り見るとライラが首を振った。魔王様はお気に召さなかったらしい。


「次、お願いします」

「ううう……はい……」


 あの家いいと思うんですけどねー? いいと思うんだけどなー? とぶつくさ言いながら、ミリアは先を歩く。


 次は、町外れにあるようだ。

 遠目で見ても、あれだろうなというのが容易に想像できるほど周囲に建物が何もない。

 庭の手入れもされておらず、雑草で地面が見えなかった。


「持ち主は元々冒険者さんだったみたいですが、ずーっと昔から空き家のようです。行方不明になる冒険者さんは、あまり珍しくありませんので、おそらく……」


 長年行方不明となれば、ギルド職員でなくても結末は想像に難くない。


 先ほどの住宅地で見た民家よりすこし大きい。

 周囲にあるとすれば、小さな川くらいだった。

 静かで吹き抜ける風が心地よく、ときどき小川のせせらぎが聞こえる。


 難点があるとすれば、家が古いことと町からすこし離れていることくらいか。


 ライラが尻尾をゆらゆらと動かしている。

 最近気づいたが、どうやらこの動きはご機嫌の仕草らしい。


「中をちょっと見てみましょう」


 ミリアが扉に手をかけた瞬間、不穏な気配を感じた。

 ライラも同じらしく、耳をぴこんと立てた。


 アンデッド系の魔物の気配だ。


「ミリアさんは待っててください」

「え? いいですけど……」


 ギルド職員は元冒険者が多いという話だが、全員がそうというわけではない。

 ミリアなんて、明らかに素人だ。


 扉を引くと、鍵がかかっていないらしく、ギイ、と音を立て開いた。

 盗賊か誰かが住処にしていたかもしれないな。


 中は外から見るよりも広い。

 窓から差し込む明かりがあるおかげで、部屋によっては明るい。が、暗い所は余計暗く見える。


「貴様殿、この部屋からだ」

「ああ」


 最奥の扉から瘴気のようなものが噴き出ていた。


「並みの人間なら正気を保てないレベルだが……貴様殿はさすがであるな」

「『普通』だろ?」

「何が普通なものか」


 中に入ると、人間の上半身のようなものが浮いていた。

 半透明な体。

 顔は人間のそれに近く、濃いレモン色をした目がひとつあった。


 ダークプラズマと呼称される魔物だ。


「ムォォォオオオオ!」


 瘴気を食らう厄介な敵だ。

 何度か戦ったことがあるが、魔法主体で戦うほうが速く倒せる。


 ……だが、ここは新居になる。

 流れ弾で破壊はしたくない。


「どうするのだ」

「見ていろ」


 魔力を左腕に集め、肘から下を魔力で覆う。


「ほう。そんな器用なことが……」


「ムァアアオオオオ!」


 俊敏な動きでこちらへ飛んでくるダークプラズマ。


「フン!」


 ずぼッ!


 俺の左腕はあっさりとダークプラズマの胸に穴を空けた。


「ァァァァァ……」


 断末魔の声を上げた敵は、触媒にしていた魔石を落としてうっすらと消えていった。


 俺の腕から湯気のように出る魔力の残滓。

 それが魔力を流すことをやめるとすっと消えた。


「妾たち魔族の中では、体の一部に魔力を纏うその技を『魔鎧(マギレガス)』と呼んでおる」

「魔力を纏うだけなのに、大層な名をつけるものだ」


「会得しておる者がすくないからのう。名前がご大層になるのも無理からぬこと」

「魔族は意外と不器用なやつが多いんだな」


「何を言う。そなたがおかしいのだ」

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