第6話受付業務

 昼休憩後は、ミリアに冒険者ギルドの業務を教わった。

 これといった専門知識のない者は受付からはじめるそうだ。

 先ほど仕事をしくじりかけたモーリーのように、冒険協会の資格を取れば、配置が変わることもあるらしい。


「どう? 彼」


 俺を面接したアイリス支部長が、長髪をなびかせやってきた。


「あ、し、支部長! お、お疲れ様です」


 ミリアが慌てて頭を下げる。


「ロランさん、言動が変わってるところがありますけど、とーっても優秀です! わたしの言ったことを、すぐに覚えてくれるし、教えてて楽しいです♪」

「そう、ならよかった」


 クールそうな落ち着いた口調のアイリス支部長。

 彼女が姿を現しただけで、現場の空気が引き締まった。


 初対面がアレだったからわからなかったが、ミリアの様子からして、厳しい上司のようだ。

 不思議な感じがする。


 俺にパンツを脱がされ穿かされ、震えていたというのに。


「ロラン、私はそれほどミスに寛容ではないわ。心するように」

「今日は下着、大丈夫ですか?」


 言った瞬間、アイリス支部長がお尻に手をやる。


「っ! あ……。だ、大丈夫よ! からかったわね……!」

「穿いてないなんてことがあれば、一大事ですから」

「くぅぅ……!」


 また顔を赤くするアイリス支部長。

 ひそひそとまわりの職員が話している。


「支部長が取り乱してるぞ……?」

「あの新人、何者なんだ……?」


 それはそうと、俺は思い出したことがあった。


「ミリアさんから聞いたんですが、失敗しても死ぬことはないとか」

「……? 当たり前でしょう」


 ミスに不寛容と言ったが、それなら十分寛容だろう。


「ちゃんと覚えるのよ」


 マニュアルが書いてる紙束を顎で指して、アイリス支部長は事務室を出ていく。


 前職のときは、一秒ほどで建物内部の構造を記憶することもあった。

 だから覚えることに苦労はしなかった。


「わたしが冒険者さんの応対をするので、見ててくださいね」


 ふんす、と張り切って席に着くミリア。


「今は、覚えることがロランさんのお仕事です」


 もうすべて記憶したんだが……。

 とはいえ、現場の上官にあたるミリアが見ていろ、と言うのだから、逆らうことはできない。


 三〇代半ばの無精ひげの男が、むかいに座った。

 ミリアが頭を下げる。


「いらっしゃいませ。 本日はクエストをお探しですか? かしこまりました。では、冒険証のご掲示をお願いいたします」


 さすがは慣れている。流暢にマニュアルにあった言葉を話している。

 男も慣れている様子で冒険証を渡した。


 現物をはじめて見るが、これが冒険証か……。

 手の平に収まるサイズだ。

 左上に冒険ランクのアルファベット、名前、あとはクエストランクごとの受領数と成功数が実績として記してある。


「……」


 男の瞬きの回数が増えた。


「Dランク冒険者様ですね。今日はどのようなクエストをご希望でしょう?」


 ほっと小さく男は息をつく。


「……ああ、ランクはDのクエストを。今日中に終わりそうなやつを頼む」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 椅子をくるんと回転させ、ミリアは棚の前であれこれと要望に沿うクエストを探す。


「いいですか、ロランさん。こんなふうにして、冒険者さんに合いそうなクエストを見つけてご紹介するんです。……うん、これなんかちょうどいいです」


 一枚のクエスト票を取りだしたミリアは、自分で納得したようにうなずく。

 それから、もう一度冒険証を確認した。


 ――やっぱり変だ。


「それ、見せてもらっていいですか」

「え? 冒険証ですか? いいですけど」


 冒険証をまじまじと見る。

 爪先ほどの小さい魔法痕がかすかにあった。


「これ、偽物ですよ」


「え? ええええええええええ!?」


 冒険証は、クエスト実績やランクを偽れないように反魔法素材でできている。

 ――と、マニュアルにはあった。

 だから、魔法痕があること自体おかしい。


「魔法痕? そんなのありませんよ? ………………あ。あった。こんなに小さいのに、よく気づきましたね」


「男が緊張と弛緩を繰り返していたんで、何かあるなと思いました」

「キンチョーとシカン、ですか。なるほど」


 わかってなさそうだ。

 ミリアがちらっと男を見て声を潜めた。


「でもどうして偽造なんて……そうまでして冒険がしたいんでしょうか」


 そういうタイプには見えないが、理由はもっとシンプルだろう。

 マニュアルには、冒険者になるための条件が記してあった。


「重罪を犯した者は冒険者になれません」


 試験をパスすれば誰にでもなれるらしい冒険者だが、例外は存在する。


 魔力の波長は指紋と同じで、一人一種類。変えることはできない。

 だから、冒険者試験時の魔力測定で波長を照合し、リストに登録してあるものなら、人相を変えようが名前を変えようが重罪人だとわかる。


 それは冒険者ギルド側の都合というより、依頼主へ配慮した規則のようだ。


「オイ、さっきからこそこそと何してんだ? さっさとしろよ!」


 男ががなり声を上げたせいで、ギルド中の注目を集めた。


「あ! あの! こ、こここ、これ、偽物ですよねっ! ダメですよ偽物は!」


 テンパってるのか怒ってるのか、よくわからないミリアの応対だった。


「何言ってんだ! しょうもねえこと言ってるとバラしちまうぞ? ああッ?」

「うぅぅぅ……でも、その……こ、ここに魔法痕があるので……偽物なんじゃないかなーって……」

「アホかおまえ。冒険してりゃ多少傷ついたり汚れたりするだろうが!」


 傷つくことも汚れることもあるだろうが、魔法痕だけはつかない。

 本物ならな。


「うぅ……そ、そうです、かね……」


 おろおろ、と狼狽えたミリアに、後ろからモーリーが声を出す。


「ミリアちゃん、謝って、謝って。そうすりゃ大丈夫だから」


 聞こえていたミリアが頭を下げた。


「た、大変、失礼いたしました……」

「失礼いたしました、じゃねえだろ!」


 怒鳴り声に、ミリアが泣きそうになる。

 謝ったあとはどうするのか、と後ろに目をやった。

 身振り手振りで対応を変わってくれとミリアは示すが、それを見た頼りになる先輩、モーリーはさっと目をそらした。


「さっき大丈夫って言ったじゃないですかぁ……」

「ミリアちゃんの謝り方に問題あったんだよ。そんなふうに言えとは、オレ言ってねえし……」

「ぇぇぇ……」


 なるほど。

 こちら側がしっかりしていないと、悪意を持つ者に好き放題されてしまう、というわけか。


 見ていられないので、割って入ることにした。


「冒険者様、こちらの冒険証が偽造かどうか、念のため調べさせていただきます」

「フン。やってみろよ。違ったらどうする?」


 答える前に、俺はミリアから受け取った冒険証を、指先に灯した炎で燃やす。


 男がニヤっと笑うのが見えた。


「そんなことしたって無駄無駄! それは本物なんだからな!」


 うっすらと虹色の膜が冒険証を包んだ。

 高レベル防御魔法『バリアー』か。

 反魔法素材の本物なら『バリアー』すらかけることができないんだが、その矛盾にも気づいてないらしい。


 わかりやすくしてやろう。

 火力を強めると、ボッと冒険証が炎に包まれた。


「あ、ああああああ! 一五万もした冒険証が――! あ」


「冒険証の売買は禁じられております。売買された冒険証や他人の冒険証は無効です。もちろん、魔法で燃える偽の冒険証も無効です」


「高レベルの防御魔法をかけてもらってたんだぞ!? そんな指先程度の炎で破られるなんてッ!」


 暗殺者だからといって、魔法が使えないわけじゃない。

 状況に応じて最善の『殺し』をする。


 短剣で刺殺することもあれば、魔法でドカンとやることもある。

 後者はあまり経験はないが、備えだけはしている。


「き、騎士団の人に連絡をしないと――」


 ミリアが言うと、男が背中をむけて逃げ出した。

 偽造の冒険証をどこで手に入れたか、訊き出す必要があるだろう。


 俺はカウンターから飛び出し、男を捕まえて床に押さえつけた。


「く、くうううううう……」


 ぱちぱち、とギルド中から拍手が起きた。


 ん? 俺に対する拍手か?


 男を縄で縛り、やってきた騎士団の団員に引き渡し、あとを任せることにした。


「ロランさん、すごいです。ババって感じで、捕まえちゃって。あと、助かりました。ありがとうございます。わたし、怖くてつい……」

「いえ。何事もなくてよかったです」


「初日なのに……この落ち着きと頼りがい……不思議な人です」


 うんうん、とうなずくミリアの熱い眼差しを感じた。

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