第5話報復
俺の席を用意するとミリアが言い出し、帰ってきたモーリーが顎で示した。
「新人の席はそこでいいだろ。みんなの邪魔すんじゃねえぞ」
そこは窓際の席で、書類やら何やらがどっさりと乗せられていた席だった。
ミリアに先ほど「モーリーさんも先輩ですし、これから一緒に働く仲間です。仲良くしてくださいね」と言われた。
「わたしも机のお掃除手伝います!」
「ミリアちゃん、やんなくていいよ、こいつのためにそんなの。どうせ支部長にクビにされるに決まってんだから」
その言からして、アイリス支部長はなかなか厳しい上司のようだ。
「え、けど」
「いいの、いいの。あ、オレの仕事手伝ってよ」
「ええと……」
俺がうなずくと、ミリアは小さく会釈してモーリーの仕事を手伝いはじめた。
「整理整頓……『普通』っぽくていい」
「何が『普通』なものか」
声がして足下を見ると、ライラがいた。
どこから入ってきたんだ。
「何しにきたんだ」
「決まっておろう。貴様殿を笑いにだ」
「いい性格してる」
「妾は魔王だからのう」
机の下でライラは黒い尻尾をゆっくり揺らしている。
「伝説の暗殺者が、月給一五万リンで働くとは、これほどおかしいこともない」
猫の姿だから、時間を持て余したというところか。
書類を整理整頓しながら、小声でライラと話す。
「暗殺は今してない。前職と今の職を比べるつもりはない」
「ほほう、血も涙もないキリングマシーンが、真っ当なことを言う」
「フン。何せ、『普通』……だからな」
「ドヤ顔がいちいち鼻につくのだが」
改めて働いている職員を見ると、ミリア、モーリーの他は一〇名ほどの小さなギルドだ。
机は各人専用のものがあるようで、四つごとにまとまっている。
受付窓口は三つ。今は二つが埋まっていた。
誰でも受けられるクエスト票が貼られている掲示板の前で、冒険者たちの談笑が聞こえる。
「勇者様が魔王を倒したって話、知ってるか?」
「ああ、聞いたぜ。これで大きな戦乱はしばらく起きないだろう」
「だが、魔物討伐のクエストが減っちゃ、こっちは商売あがったりなんだがなあ」
「違いねえ」
最前線からも遠く、戦禍を被ることのなかったこの町は、襲撃に遭いそうな町に比べて危機意識は低かった。
今ごろ、アルメリアたち勇者パーティは王都で凱旋パレードに祝勝パーティと大忙しなんだろう。
「勇者が倒した、ということで、本当によいのか?」
「ああ。名誉も功績も興味がない。名を残すなんて、それこそ暗殺者失格だろう」
「ふむ、それが一流の流儀というやつか」
「味もそっけもなく、好機も危機すらもなく、ただ息をするように標的を殺す。それだけだ」
もったいない、とライラがつぶやいて、丸くなった。
粗方机の上を片付け、スペースを確保したとき、ミリアがそれに気づいた。
「片付けるの早いですね、ロランさん」
「いえ、『普通』……ですから」
「え、なんでドヤ顔……? ま、いいです。お昼休憩なので、一緒にご飯を食べましょう」
こちらを一瞥したモーリーが席を立ち、裏口から外へ出ていった。
「お弁当持ってきてないんですかー? だったら、わたしのを半分あげます♪」
「いえ、悪いですから、外で食べてきます」
にゃおにゃお、と机の下でライラがうなずいている。
人前ではしゃべらないようにしているようだ。
いつも食事をしている店があるので、ギルドを出てそこへ行こうとすると、冒険者らしき男二人と女一人に道を塞がれた。
「おい、兄ちゃん。どこ行こうってんだ?」
「昼食を食べる……ところ、です」
「ちょっと顔貸せや」
「おまえ、オレたちの仕事にケチつけたらしいなぁあ?」
なるほど。
さっきエモギソウを持ってきた男とその仲間ということか。
モーリーとこいつらは、何かしら繋がりがありそうだ。
冒険者は、誰が裏で検査をしているかまで知らないだろうし。
「テメェのせいでクエスト失敗しちまったじゃねえか」
そうならどこかで様子を見てそうなものだが……、いた。
後ろの物陰に隠れながら、モーリーがこっちを窺っている。
あの男からすれば、俺がやられればそれでよし。
撃退すれば口裏を合わせてあることないこと吹聴して回るだろう。
穏便に済ませなければ。
「どこ見てんだ、ァアン?」
「僕は、お昼ご飯を食べるので、仕事が終わってからでお願いします」
じゃ、と俺が通り過ぎようとしたとき、肩を掴まれた。
「『じゃ』じゃねえだろ! ナメてんのか、オラァ!」
拳が飛んできた。
戦闘ではなく、あくまでケンカで鍛えただけの、大振りの一撃。
要は、暴力だと認識されなければいい。
一度だけ殴られよう。
だがそれでは、この冒険者たちは、職員を下に見て今後も無茶な要求を通そうとするだろう。
それはよくない。
動物と同じだ。痛い目を見れば、多少イヤな思い出として残る。
男の拳が頬に直撃しそうなところを、すこしズラし頭で受ける。
メギッ!
頭蓋骨伝いに変な音が聞こえた。
手の甲の骨は案外弱い。あの音、折れたな。
「あ! あッ、うううう……ッ、くう……」
手を押さえて涙目になる冒険者。
あの様子じゃ、手の甲から骨が突き出たかもしれん。
医者ぁぁぁ~と涙声で走って行ってしまった。
あそこまでするつもりはなかった。
素人相手に可哀想なことをしてしまった。
もう一人の男が中段蹴り放つ。
食らってやってもいいが、昼休憩の時間は限られている。
さっさとご飯を食べて、俺は『普通の仕事』がしたい。
とはいえ、暴力もダメだ。
モーリーが見張っている。
……『貧血』でも起こしてもらうことにしよう。
スキルを発動させて移動する。
モーリーは、まだ俺のいた場所をじっと見つめていた。
背後に立ち、軽く首筋を叩くと、ガクッとその場で倒れた。
「あれ……あいつ、どこに――」
きょろきょろする男にも『貧血』を起こしてもらう。
ぱたり、とその場で倒れた。
「あ、あんた何者……!? た、ただの職員じゃないでしょ!?」
勝ち気な女冒険者が指差していった。
瞬きする度に俺が違う場所にいれば、警戒をしたくもなるだろう。
「いえ、至って『普通』の新人職員です」
「う、嘘よっ。ただの職員にあんな動きができるはずが――」
町の往来で騒がれるのも困る。
混乱している彼女を路地へ連れていく。
その速度についてこれず、「え、何ここ」と女冒険者はあたりを見回していた。
「さっきのは、僕と貴女だけの秘密ってことで……」
壁に彼女を押しつけて、じいっと瞳を見つめる。
ぽ、と頬を染めた。
俺の拘束から逃げるつもりがないのか、まったく身動きしない。
「は、はい……今後も、よろしくね……」
女冒険者はうっとりした顔で言った。
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